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丑三つ時に惡魔は嗤う  作者: Shatori
3.我が胎を満たす、朱い赫い臓物よ
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33.最短距離

「……家?」


 思わず声が漏れる。

 七不思議弐番が待ち構えているはずの山頂にあったのは、みすぼらしい小さな家が建っていた。

 茅葺き屋根。丸太の骨組みに、雑に打ち付けられた板材。

 まるで昔話で見たような、古い木造建築。


 少し予想外――・・・・・・いやいや、弐番が座って待っているとでも?

 首を振り、感じた違和感を即座に否定する。

 ここは七不思議が展開した領域の中だ。

 気を緩めてはいけない。警戒を怠るな。


 慎重に、二人の後を追って山頂に登った。


 直後、唸るような地鳴りと共に、海面の上昇が止まった。

 高層ビル程の高さをしていた山はほとんど海に呑まれ、残された陸地は、山頂の平地だけとなった。


「……役目は終わった、か」


 周囲を軽く一瞥してから、魔使君は呟いた。


 山頂へ追い込むという目的を達成したからだろう。

 海に浮かぶ黒い腕の姿は、もう何処にもない。

 空は晴れ渡り、波も落ち着きを取り戻し、穏やかな景色へ戻っていた。

 まるで何事も無かったかのような――。



「――おんや。お客さんだなんて、久しいねぇ」



 しわがれた声。軋む木材の音が近づいてくる。


 弐番だ――……。


 強張った体が警鐘を鳴らす。


 視線を向けた引き戸がゆっくりと開かれ――。



 顔を覗かせたのは、六,七歳ほどの小さな女の子だった。

 しかし。


「おんやまぁ、三人もいたんだねぇ」


 口から出たのは、老婆のようなしわがれた声。

 あまりの不釣り合いさに、思わず息を呑む。

 重くなる空気が、感じた違和感を確信に変える。


 この幼い女の子こそが、七不思議その弐番――・・・・・・!


「ここに来るまで疲れたじゃろ? ちょうど儂が汁物作ってたけんな、さ。入り」


 そう言って、少女は穏やかな笑みを浮かべて、中に入れと手招きをしている。


 何をしてくるか分からない。

 どう出るのが正しいのか。

 チラリと二人に視線を送ると、委員長と目が合った。

 どうやら彼女もどう動くか迷っているらしい。

 残る魔使君の背中へと視線を移す。

 すると彼は、何の迷いもなく言い放った。


「せっかくだ。お言葉に甘えよう」


 そうしてさっさと玄関へ入っていく。


 警戒していないかのように、ニコニコと笑顔を浮かべている。

 一体何を考えているのか。呆気にとられていると。


「どうした? 二人とも。お言葉に甘えて入ろうじゃないか」


 玄関口で魔使君が僕らに問う。

 ニコニコと笑っているが、一切笑っていない翠眼が僕と委員長を見下ろしている。

 その眼が「考えがある」と告げている。

 何を考えているかは分からないが、一先ず僕達も家の中へ入ることにした。


 ◇ ◇ ◇


 畳が敷かれた部屋の中央には囲炉裏が置かれ、天井からは鍋を引っ掛けるための鉤が吊るされていた。

 奥には台所があり、石を加工して作られた(かまど)にお釜が置かれている。

 外観と同じように、中も古い造りだ。


「じゃあ儂は汁物入れてくるでな。そこでゆっくりしときぃ」


 囲炉裏を囲うように僕達を座らせ、女の子・・・・・・もとい弐番は奥の台所へ消えていった。


「・・・・・・ねぇ。罠、だよね? のこのこ付いてきて良かったの?」


 聞かれないようできるだけ小さな声で、魔使君に尋ねる。


「勿論、核の手掛かりを探るためだ」


 同じように小声で、魔使君が答える。


「周囲を海で囲まれ、唯一の陸地であるこの島にはコレといって何もない。なら残るこの家には核、もしくはその手掛かりがあるだろう」


 ……なるほど。手掛かりを求めて懐に潜り込んだのか。

 虎穴に入らずんば虎子を得ずってやつ?


「・・・・・・だとしても。ここまで何もないと、手がかりも見つかるか怪しくないかしら」


 委員長が辺りを見回しながら問いかける。

 周りを見ても、この部屋には()()()()

 棚などの生活必需品も、押し入れすらないのだ。勿論、壁には何も掛かっていない。


「ふむ、そうだな。恐らくは――」

「ほりゃ、お待たせぇ。儂特製の豚汁じゃで。熱いから気をつけて飲むんじゃよぉ」


 魔使君が何かを言いかけたところで、襖を開けて弐番が帰ってきた。

 持っているお盆にはお椀が三つ乗っていて、美味しそうな匂いがふわりと鼻孔を抜けていく。

 箸もそれぞれ配られた。


「さ、あったかい内にお食べ」


 ニコニコと穏やかな笑みを浮かべたまま、弐番は僕達を見る。

 毒でも入っているのかな。

 七不思議弐番・・・・・・怪異から出された食べ物が果たしてまともなものなのだろうか。

 そんな考えが頭を巡って、回って。

 いつの間にか僕の手は震えていた。


「いただきます」


 冷や汗をかく僕を横目に、魔使君が手を合わせ、お椀を取ろうと手を伸ばす。








 その瞬間を待っていたかのように、弐番の袖が揺れる。

 弐番の手には、隠し持った(かんざし)

 刹那。それは空気を切り裂いた。

 微かに捉えた残像。動く軌跡。向かう先は弧を描き、魔使君の喉へ――。









 ――・・・・・・しかし。

 魔使君に触れた瞬間、簪はひしゃげ、粉々に砕けて散った。


「――あぁ⁉」


 驚愕の声を漏らす弐番。

 動揺して生まれた隙。魔使君は見逃さなかった。

 パチンと指を弾くと、弐番の顔の前の空間がぐにゃりと歪み、捻れて炸裂した。

 巻き起こった爆発は、弐番を勢いよく吹き飛ばし、石造りの竈に叩きつけた。


「もう茶番は終わりか?」


 嘲笑うかのような声。しかし返事はなく、代わりにビリビリと肌を揺らす怒号が響く。

 ガラガラと音を立てて崩れていく竃の中から、ゆらりと弐番が立ち上がる。


「お前ぇら・・・・・・今までのとは違うなぁ?」


 その手には鈍く光る肉切り包丁。

 刃先が僅かに赫く滲んでいる。

 直後、激しい金属音と火花が舞う。

 残像を残し駆け出した弐番の突進。それを魔使君が魔力で防ぐ。


 殺意だけを乗せた一撃。虚を突いてきた魔使君への報復の一閃。

 しかしそれは悠々と受けられた。

 少しの鍔迫り合いの後、弐番は後方へ飛び、壁に張り付いて僕達を見下ろした。


「・・・・・・ヒ、ヒヒヒ。なぁお前ぇらぁ、一体どんな味がするんだぁ?」


 口元のよだれを拭いながら、弐番は顔を歪める。

 その狂気的な笑みは、捕食者のもの。

 壁に張り付きながら見下ろすその目は、僕らを品定めするかのよう。


 首元を締め上げるかのような殺意に、冷や汗が背筋を伝っていく。


 ――なのに。


 恐怖の底で、ふつふつと湧き上がる胸の高鳴り。

 まるでこの瞬間(とき)を待っていたかのよう。


「吉岡くん」


 咄嗟に委員長に引っ張られ、僕達は一カ所に固まった。

 弐番の強みは速度。

 各個撃破を防ぐため、魔使君の側へ身を寄せる。


 ソレを見た弐番は前傾姿勢になり壁を蹴り出し――・・・・・・。


 閃光。


 反応するよりも早く、魔使君が魔術で弾く。


 弐番が壁を蹴った次の瞬間には、肉切り包丁の切っ先が眼前まで迫っていた。


 弾かれた弐番は、縦横無尽に部屋中を駆け巡る。

 首を狙った横薙ぎ。胴を狙った逆袈裟。心臓を狙った刺突。

 壁を駆け、床を這い、まるで重力から解放されたかのような立体的な攻撃。

 四方八方から雨のように斬撃が降り注ぐ。


 それら全てを魔使君は弾いていくが、弐番の攻撃は激しさを増していく。


「さぁさぁさぁ! 何時まで保つかのぉ!」


 弐番のスピードは頂点に達し、遂にはその姿すら捉えられなくなった。

 反射する包丁の光が、美しい白い軌跡となって残るのみ。

 前後左右、更に上も。速度にものを言わせた攻撃が止らない。


「・・・・・・加茂茜」

「何よ!」


 一方的な攻撃を受けながら、悠然と口を開いた魔使君に、委員長が素早く反応する。


「この狭い部屋は奴に有利だ。吹き飛ばせ」

「――了解! ・・・・・・てか私に命令しないで!」


 悪態をつきながらも、委員長は魔術を発動。


「――吹き飛ばせ! 『炸裂する火種(ホウセンカ)』!」


 部屋の中央、囲炉裏の中にホウセンカが芽吹く。

 あのホウセンカはかつて空き教室で見た魔術。実が爆発するという単純な物だが、威力は絶大。

 その爆発でこの家を吹き飛ばすつもりだろう。


 そんなホウセンカに何かを感じ取ったのか、弐番は獣のように空中で身を翻し方向転換。そのまま一気にホウセンカの根元を切り裂いた。


「何しようとしてたか知らねぇが、トロいぞ小娘ぇ!」

「・・・・・・速いわね。けど残念。一手遅い」



 空中に切り飛ばされたホウセンカが発光――・・・・・・。



 ズンと響く音を出し、ホウセンカは爆発した。


 反射的に覆った手を解きながら目を開くと、部屋どころか家そのものが吹き飛んでいた。


「ふむ、上出来だ」

「アンタ自分で出来たでしょ。なんで私に」

「出方を見たかった。何をしてこようとも、すぐに対応できた方が、君も良いだろう?」


 呆気にとられた僕をよそに、二人はそんな言い合いをしていた。


「さて・・・・・・二人とも、あれを」


 魔使君が指差す先に目線を向ける。

 そこにあったのは木の板・・・・・・いや、扉だ。地下に続く隠し扉。


「地下、この下はどうやら空洞になっているようだ。核があるとすればこの下だ」

「お、おぉ……」


 巻き起こる粉塵の中、ぼんやりと映る人影。


「おおぉおお前らよくも……よくも儂の家をぉ……!」


 隠し扉の前に、怒れる弍番が立ち塞がる。


「分かった! あの下に行けば良いんだね!」

「あぁ、最短距離で行こう」


 確認のため目的を口にしたのだが、絶妙に噛み合っていない気がする。

 すると魔使君はくるりとコチラを向き、ガシッと僕と委員長の肩を掴む。

 その顔は満面の笑み。はっきり言って嫌な予感しかしない。


「言っただろう? この下は空洞だと。ならば愚直にあの扉を通って行く必要は無い」


 肩を掴む手に力が入る。


「ちょ、あんた何するつもり!?」

「じゃ、頑張って」


 直後、空中に放り出されたかのように、足下の感覚が消えた。


「えちょ、はぁ?」


 地面は確かにそこにある。けれど触れない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 まるで僕達だけ世界から切り離されたかのように、あらゆるものをすり抜けていく。

 けれど重力だけは確かに存在していて、容赦なく僕達を引きずり落とす。


「ちょ魔使! これ――」


 そんな叫びも虚しく、僕と委員長は山の中へ()()()()()()——……。


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