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丑三つ時に惡魔は嗤う  作者: Shatori
3.我が胎を満たす、朱い赫い臓物よ
35/36

32.似ている

 ゆらゆらと揺らめきながら、海底から浮上してきた黒い腕。

 見開かれた赤い眼は、真っ直ぐに僕達を射貫く。

 周囲の腕にも赤い眼が見開かれ、僕達に幾つもの視線が注がれる。


 威圧感。圧迫感。


 まるで首元を掴まれているかのような息苦しさが襲ってくる。


「……どうやら裏手にもいる。囲まれているな」


 淡々と魔使君が告げる。

 どうやら、山の向こうにも黒い腕がいるようだ。

 この島を囲むように揺らめく黒い腕。

 まるで逃げ場を無くすようにたたずんでいる。


「騾?£縺ヲ」

「――え」


 まるで複数の言語が重なったかのような言葉。

 言語として認識出来ない言葉を、黒い腕が発した。

 それは以前の、壱番の領域内でも耳にした言語。

 生者には認識出来ない。つまり――死者の言葉。


「ねぇ! 今――」


 僕が口を開いたその瞬間。

 黒い腕が大きく体を(しな)らせ、その大きな手のひらで勢いよく砂浜を叩きつけた。


「――!」


 何とか直撃は避けれたけど、その衝撃と舞い上がった砂煙で大きく吹き飛ばされた。


「ゲホッ・・・・・・ゲホッ・・・・・・」


 咳き込みながら起き上がる。

 目の前に広がっていたのは、大きく抉られた砂浜。


 直撃したのなら――……。

 想像しただけで、背筋を冷や汗が伝う。


「吉岡君。もう少し後方へ」

「え、う、うん。わかった」


 冷や汗をかいた僕に、魔使君は下がるよう指示を出す。

 彼の指示に従い、山の一段目を登る。


 そこへ追い打ちをかけるように、荒れた海が津波となって襲ってきた。

 あっという間に抉られた砂浜を呑み込んでいく。

 僕が目を覚ましたヤシの木も、音を立て、蒸気を上げながら呑み込まれて――。


 ・・・・・・おかしい。

 何故ヤシの木は蒸気を上げているのか。

 それに聞こえてくる音は、へし折れる音よりも、溶けるような・・・・・・。


「ねぇ、魔使」

「あぁ。海水が酸に()()している。それも、かなり強力な酸だな」

「酸⁉」


 思わず声を上げる。

 この島は海で囲まれている。その海が強力な酸だったなんて・・・・・・。


「まさか弐番は、ここで僕達を殺す気・・・・・・?」

「いや、違う」


 僕の予想を、魔使君は即座に否定する。


「山以外何もない島。我々を攻撃してくる黒腕。逃げ場を無くす酸の海。なら目的は――……」


 そこまで口にして、魔使君はチラッと頂上を見上げる。


「まさか・・・・・・誘導してる、って言いたいの?」


 委員長の答えに、魔使君は小さく頷く。


「弐番は随分と効率的なようだ。動かずとも、食料が勝手に自分の元へ来るよう領域を作り上げたらしい」


 そう言われてみれば、確かに思い当たる節はある。

 あの黒い腕。

 初撃は不意打ちだったのに、僕の少し前を叩きつけた。

 避けられたんじゃなく、初めから当てる気が無かった・・・・・・?

 それに、酸になった海だって。

 海岸線が引き上げられたとは言え、僕達の居る山まではあと一歩届かない。


 その後も、黒い腕は何度も振りかぶっては殴りかかってきた。

 けれどどれも寸前を掠めたりするだけで、直撃を狙った、命の危機を感じるような一撃はなかった。




 ――・・・・・・物足りない。




 そんな思いが、僕の心に湧き上がってくるのを感じる。

 誘導されているのは分かっている。

 この先に七不思議その弐番が待ち構えているも分かってはいる。

 けれど、物足りない。


 向かってくる腕を躱しながら、津波のように襲ってくる酸の海を避けながら、僕は壱番の領域であった事を思い出していた。

 あの領域で、僕は魔術を駆使して戦った。


 一歩間違えれば命を落としていただろう戦闘。

 体中を魔力が巡っている感覚。

 血管の隅々まで満ちていく全能感。


 僕の居場所は、やはり此処なのだと確信したあの瞬間を――・・・・・・。




 気がつけば、もう山の中腹。

 海面はかなり上昇していて、先程まで僕達がいた砂浜は、波に呑まれ海底になっている。

 波は何度も山の麓を削り、溶かし、呑み込んで。

 この山が階段のように段々になっていたのは、今までもこうして誰かを追い込んできたからなのだろう。


「繝?繝。縲√ム繝。?√◎繧御サ・荳願。後▲縺。繧?ム繝。?」


 黒い腕の攻撃も激しさが増していく。

 それでもその攻撃は僕達に当たる事はない。


「・・・・・・ねぇ魔使。頂上に着く前に、やっぱり聞いておきたいんだけど」

「聞く、とは何を?」


 山を登りながら、先を進む魔使君を委員長が呼び止める。


「何って、弐番の本質の事よ」


 情報収集の時から魔使君だけ理解出来て、突入前に「もう忘れろ」と言われた弐番の本質。


「貴方は理解までは至れないって言った。そこはもう良いわ。これ以上追求しても、どうせ貴方は何も言わない」


 魔使君は結局、僕達に本質が何かは教えてはくれなかった。

 ただ一言、無理だと切り捨てて。


「そう分かってて何が聞きたい」

「魔使、貴方がどうして弐番の本質を理解出来たのかって事よ」


 問答を繰り返しながらも、登る足を止めはしない。

 弐番がいるであろう頂上が、近づいている。


「私たちは一歩立ち止まった。そこで立ち止まるなら無理だと貴方は言った。なら貴方は何故その一歩を越えることが出来たの? 何故貴方は弐番の本質を理解出来たの?」


 先を行く魔使君を睨み付けながら、委員長は追求する。

 その言葉はかなりの語気を纏っていた。

 その力強さに観念したのか、軽くため息をついた魔使君はゆっくりと答えた。


「・・・・・・単純な話だ。私と弐番は()()()()。弐番と私の()()()()()だからな」

「弐番と、同じ・・・・・・?」


 見たことがない弐番と、魔使君が似ている。

 だから、魔使君は弐番の本質を理解出来た。


 ・・・・・・そういえば、彼は僕にも弐番の本質が理解出来るだろうと言っていた。

 と言うことは僕も、弐番と、そして魔使君と似ているって事・・・・・・?


「――頂上か。まず私が行く。様子を見て、君達は上がってくると良い」


 僕が思案している間に、ようやく頂上が見えてきた。

 恐らく、と言うか間違いなくこの先に弐番がいる。

 慎重に段取りを決め、今、魔使君が登り切る――。






「――・・・・・・二人とも、上がって来い」


 少し経ち、頂上からそんな声が聞こえてきた。

 一応警戒しながら慎重に登り切る。

 そこにあったのは――・・・・・・。





「・・・・・・家?」





 そこにあったのは骨組みが木、屋根が藁で出来た小さな木造建築だった。

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