32.似ている
ゆらゆらと揺らめきながら、海底から浮上してきた黒い腕。
見開かれた赤い眼は、真っ直ぐに僕達を射貫く。
周囲の腕にも赤い眼が見開かれ、僕達に幾つもの視線が注がれる。
威圧感。圧迫感。
まるで首元を掴まれているかのような息苦しさが襲ってくる。
「……どうやら裏手にもいる。囲まれているな」
淡々と魔使君が告げる。
どうやら、山の向こうにも黒い腕がいるようだ。
この島を囲むように揺らめく黒い腕。
まるで逃げ場を無くすようにたたずんでいる。
「騾?£縺ヲ」
「――え」
まるで複数の言語が重なったかのような言葉。
言語として認識出来ない言葉を、黒い腕が発した。
それは以前の、壱番の領域内でも耳にした言語。
生者には認識出来ない。つまり――死者の言葉。
「ねぇ! 今――」
僕が口を開いたその瞬間。
黒い腕が大きく体を撓らせ、その大きな手のひらで勢いよく砂浜を叩きつけた。
「――!」
何とか直撃は避けれたけど、その衝撃と舞い上がった砂煙で大きく吹き飛ばされた。
「ゲホッ・・・・・・ゲホッ・・・・・・」
咳き込みながら起き上がる。
目の前に広がっていたのは、大きく抉られた砂浜。
直撃したのなら――……。
想像しただけで、背筋を冷や汗が伝う。
「吉岡君。もう少し後方へ」
「え、う、うん。わかった」
冷や汗をかいた僕に、魔使君は下がるよう指示を出す。
彼の指示に従い、山の一段目を登る。
そこへ追い打ちをかけるように、荒れた海が津波となって襲ってきた。
あっという間に抉られた砂浜を呑み込んでいく。
僕が目を覚ましたヤシの木も、音を立て、蒸気を上げながら呑み込まれて――。
・・・・・・おかしい。
何故ヤシの木は蒸気を上げているのか。
それに聞こえてくる音は、へし折れる音よりも、溶けるような・・・・・・。
「ねぇ、魔使」
「あぁ。海水が酸に変化している。それも、かなり強力な酸だな」
「酸⁉」
思わず声を上げる。
この島は海で囲まれている。その海が強力な酸だったなんて・・・・・・。
「まさか弐番は、ここで僕達を殺す気・・・・・・?」
「いや、違う」
僕の予想を、魔使君は即座に否定する。
「山以外何もない島。我々を攻撃してくる黒腕。逃げ場を無くす酸の海。なら目的は――……」
そこまで口にして、魔使君はチラッと頂上を見上げる。
「まさか・・・・・・誘導してる、って言いたいの?」
委員長の答えに、魔使君は小さく頷く。
「弐番は随分と効率的なようだ。動かずとも、食料が勝手に自分の元へ来るよう領域を作り上げたらしい」
そう言われてみれば、確かに思い当たる節はある。
あの黒い腕。
初撃は不意打ちだったのに、僕の少し前を叩きつけた。
避けられたんじゃなく、初めから当てる気が無かった・・・・・・?
それに、酸になった海だって。
海岸線が引き上げられたとは言え、僕達の居る山まではあと一歩届かない。
その後も、黒い腕は何度も振りかぶっては殴りかかってきた。
けれどどれも寸前を掠めたりするだけで、直撃を狙った、命の危機を感じるような一撃はなかった。
――・・・・・・物足りない。
そんな思いが、僕の心に湧き上がってくるのを感じる。
誘導されているのは分かっている。
この先に七不思議その弐番が待ち構えているも分かってはいる。
けれど、物足りない。
向かってくる腕を躱しながら、津波のように襲ってくる酸の海を避けながら、僕は壱番の領域であった事を思い出していた。
あの領域で、僕は魔術を駆使して戦った。
一歩間違えれば命を落としていただろう戦闘。
体中を魔力が巡っている感覚。
血管の隅々まで満ちていく全能感。
僕の居場所は、やはり此処なのだと確信したあの瞬間を――・・・・・・。
気がつけば、もう山の中腹。
海面はかなり上昇していて、先程まで僕達がいた砂浜は、波に呑まれ海底になっている。
波は何度も山の麓を削り、溶かし、呑み込んで。
この山が階段のように段々になっていたのは、今までもこうして誰かを追い込んできたからなのだろう。
「繝?繝。縲√ム繝。?√◎繧御サ・荳願。後▲縺。繧?ム繝。?」
黒い腕の攻撃も激しさが増していく。
それでもその攻撃は僕達に当たる事はない。
「・・・・・・ねぇ魔使。頂上に着く前に、やっぱり聞いておきたいんだけど」
「聞く、とは何を?」
山を登りながら、先を進む魔使君を委員長が呼び止める。
「何って、弐番の本質の事よ」
情報収集の時から魔使君だけ理解出来て、突入前に「もう忘れろ」と言われた弐番の本質。
「貴方は理解までは至れないって言った。そこはもう良いわ。これ以上追求しても、どうせ貴方は何も言わない」
魔使君は結局、僕達に本質が何かは教えてはくれなかった。
ただ一言、無理だと切り捨てて。
「そう分かってて何が聞きたい」
「魔使、貴方がどうして弐番の本質を理解出来たのかって事よ」
問答を繰り返しながらも、登る足を止めはしない。
弐番がいるであろう頂上が、近づいている。
「私たちは一歩立ち止まった。そこで立ち止まるなら無理だと貴方は言った。なら貴方は何故その一歩を越えることが出来たの? 何故貴方は弐番の本質を理解出来たの?」
先を行く魔使君を睨み付けながら、委員長は追求する。
その言葉はかなりの語気を纏っていた。
その力強さに観念したのか、軽くため息をついた魔使君はゆっくりと答えた。
「・・・・・・単純な話だ。私と弐番は似ている。弐番と私の根底は同じだからな」
「弐番と、同じ・・・・・・?」
見たことがない弐番と、魔使君が似ている。
だから、魔使君は弐番の本質を理解出来た。
・・・・・・そういえば、彼は僕にも弐番の本質が理解出来るだろうと言っていた。
と言うことは僕も、弐番と、そして魔使君と似ているって事・・・・・・?
「――頂上か。まず私が行く。様子を見て、君達は上がってくると良い」
僕が思案している間に、ようやく頂上が見えてきた。
恐らく、と言うか間違いなくこの先に弐番がいる。
慎重に段取りを決め、今、魔使君が登り切る――。
「――・・・・・・二人とも、上がって来い」
少し経ち、頂上からそんな声が聞こえてきた。
一応警戒しながら慎重に登り切る。
そこにあったのは――・・・・・・。
「・・・・・・家?」
そこにあったのは骨組みが木、屋根が藁で出来た小さな木造建築だった。




