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丑三つ時に惡魔は嗤う  作者: Shatori
3.我が胎を満たす、朱い赫い臓物よ
34/36

31.南国

「……行ってきます」


 時刻は午前一時を過ぎた頃。

 周りの家の明かりは消え、誰も居なくなったかのように感じるほど静かな夜。

 七不思議討伐のため、僕はそっと家を抜け出した。


 こんな夜中に出歩いているのは僕だけだ。

 コツ、コツ、と僕の靴音だけが微かに木霊する。

 反響する靴音を聞きながら、僕の頭は七不思議弐番の事でいっぱいだった。


「弐番の本質、か……」


 数時間前、放課後の空き教室。加茂忠行の遺した巻物を発見し読み解いた後、魔使君が(こぼ)した言葉。


『君なら弐番(こいつ)の本質が分かると思ったんだが、そうか。分からないか』


 何故人を襲い、何故人を喰らうのか。

 そう疑問を口にした後に発された彼の落胆。

 それはつまり、この問いに対する答えこそが弐番の本質。


 あれからずっと考えていた。

 抑圧された環境にいたが故の反動――。

 満足に食事ができないほど貧しかった――。

 人を食うことを強制された――。

 それらしい理由はいくつか考え付いた。


 ただ、解せないのは、僕が理解できないと分かった時の魔使君の落胆。

 彼は、僕も本質を理解できると考えていたことだ。


 ……何故僕には本質を理解出来ると思ったのか?

 勿論、僕にはカニバリズムの趣味は無いし、人肉を食べようという気持ちすら湧いてこない。

 もし仮に、僕が弐番と同じ立場だったとしても『人を食べる』なんて選択はしない。いや、選択肢にすら無いだろう。

 僕は彼にそう思われているんだろう……?


「こんばんは、吉岡くん。ボーッとしてたらぶつかっちゃうよ」

「え・・・・・・あ、委員長」


 声をかけられてようやく気がついたが、いつの間にか学校の裏門に着いていたようだ。

 委員長が声をかけてくれなかったら、きっと気づかずにしばらく歩き続けていただろう。

 そんな委員長の服装は、前回と同じ動きやすいスポーツウェア。

 しかし髪型が違う。

 前回はポニーテールにしていたが、今回の委員長は長い髪をお団子に纏めている。

 最近気がついたが、普段ヘアアレンジをしていない委員長のこう言う姿は新鮮だ。

 ポニーテールも似合っていたが、今回のお団子も凄く似合っている。


「どうしたの? 凄い考え込んで」

「え⁉ ・・・・・・いや何も考えてないよ」

「そんなわけないでしょ⁉ ブツブツ言いながら通り過ぎようとしてたのに」


 あ、何だ。そっちのことか。


「・・・・・・弐番のことを、ね」

「やっぱりその事よね」


 どうやら委員長も弐番について考えていたらしい。

 けれども結論は僕と同じ。わからない。

 何故弐番は人を襲い、何故人を喰らうのか。

 僕達は、回答を出せないでいた。

 腑に落ちないのはやはり、倫理観や道徳。

 人が人を喰う。その禁忌に足を踏み出すほどの何かがあるはずなのに、その『何か』が見えてこない。


魔使(あいつ)には何が視えているのかしら」

「おや、また私が最後か。まだ丑三つ時の三十分前だというのに、君達は集合が早いね」


 良いことだ、と少し笑った後、僕達を数秒見つめた魔使君は感嘆を漏らした。


「あれからずっと考えていたのか? 殊勝だな。だがもう()()()()()

「……何ですって?」

「その一歩で止ってしまうなら、もう無理だ。理由を知ったとしても、理解までは至れない。なら無駄だ。意味がない。だからもう忘れるべきだ」


 その言葉はどこまでも冷酷だった。けれど悪意などは一切感じない。ただ事実を述べるように、淡々と彼は告げた。


「それじゃ、行こうか」


 言いたいことだけを言って、魔使君は一人でさっさと行ってしまった。


「・・・・・・何それ。ほんっと自分勝手」


 委員長はため息交じりに吐き捨てると、すぐさまその後に続く。

 それから少しして、置いて行かれないよう僕も裏門を飛び越えた。



 今回の目的、弐番の結界があるのは『中央階段』。

 全学年の教室がある第一校舎にあり、生徒教師問わず、多くの人間が毎日利用している。


 ・・・・・・まさか、怪異を封印している結界がある場所だったなんてね。


 校舎内に侵入した僕達は、そのまま階段を上り、四階へやってきた。


「今回は確か、手順踏まないといけないんだよね」

「えぇ、少しめんどくさいけど」


 僕の言葉に、踊り場にいる委員長が同意する。

 過去の記録を読み解いてわかったのは、弐番の結界は特別だ、と言うこと。


『三階踊り場に発生する結界に入るには、まず四階に上がり、そこから踊り場の結界に向けて落下しなければならない』。


 幾つもの記録に、そう書かれていた。


壱番(まえ)はそのまま入れたのに、なんで弐番(こんかい)はこんな手順が?」

「恐らく()()()()と同じだろう」


 隣の魔使君が見解を述べる。


「先の音楽室と違い、階段(ここ)は多くの人間が利用する。被害を抑えるために、他よりも隔たりを強固にしたのだろう。その境界線を越えるため、()を連想させる『四』と『十三の階段』を手順として組み込んだんだろうね」


 四。死を連想させるという数字。

 十三の階段。絞首台に上る階段の段数と同じとして不吉とされている数字。

 どちらも丑三つ時のように死や彼岸と結びつきがある。

 死を纏う事で、彼岸に近づいた存在へなる。

 そうすることでようやく、弐番が封じられている結界へ足を踏み入れることが出来る、という訳だ。


「なるほどね……」

「さてと。二人とも、そろそろ時間よ」


 彼の見解に納得すると同時に、踊り場で確認を行っていた委員長が四階に上がってきた。


「役割は前回と変わらない。戦闘は魔使、核探し及び破壊は私と吉岡くんで行う」


 ――空気が一変する。

 ケタケタとナニカが嗤う声が、廊下中に木霊する。

 階下から吹く風が、僕の首に不快に纏わりつく。

 暗い夜はより深く、より冥く校舎を塗りつぶす。


 午前二時。丑三つ時。


「――『我が血に応じ、その門を開き給へ』」


 その言葉に呼応するように、空間に波紋が広がっていく。

 やがて踊り場は光を失ったかのように黒く染まり、中からぼんやりと黒い球体、弍番が封じ込められている結界が浮かび上がってきた。


 と同時に、結界がドクン、と脈動した。

 前にはなかった鼓動。

 違和感を覚えるよりも早く。

 結界の表面が歪み、黒い手が溢れ出る。


 まるで氾濫した濁流のように溢れ出た無数の黒い手は、勢いのまま僕を呑み込んだ。

 腕を、足を、胴を、首を。

 生気を一切感じない手が僕を掴む。


「――っ!」


 抵抗できない。

 引き摺り込まれる。

 僕に纏わり付く手は、がっしりと絡みつき離れない。


「吉岡くん!?」


 委員長が伸ばす手に、応えることは出来ない。

 次第に視界も、音も、光さえも、塗りつぶされていくかのように消えていく。

 溺れるような息苦しさを抱えたまま、やがて僕は意識を失った――・・・・・・。





 ◇ ◇ ◇




「――……ん」


 ジリジリと熱されるような暑さに目を覚ます。

 穏やかに風で揺れるヤシの葉。その隙間から覗く、雲一つない青空に、灼熱の太陽が浮かんでいる。

 起き上がると、目の前にはどこまでも続く青い海が広がっていた。


「あ、起きた。良かった」


 横を向くと、ヤシの木にもたれながら木陰で涼む委員長がいた。


「気絶してたけど、大丈夫? 何が起きたか覚えてる?」

「えぇと、確か……黒い手に纏わり付いて、それで……」

「吉岡くんが引き摺り込まれた後、私たちもすぐに結界に入ったの」


 結界に入ったまでは良かったが、どうやらスポーン位置が空中だったそう。

 魔術の扱いに長けている委員長と魔使君はともかく、僕は空中で気を失っていた。

 落ちていく僕をすぐさま回収し、近くの砂浜に寝かせてくれていたらしい。


 やっぱりここは結界内……怪異が創り出した領域で間違いないようだ。

 まるで南国。壱番(ひだる)の豪華絢爛な街とは随分違う。

 封じられているとは言え、怪異達は結界内を侵蝕し、自らの領域を形成していると委員長は以前言っていた。

 ・・・・・・まさかここまで違うなんて、思わなかった。


「……そういえば魔使君は?」


 周りを見渡しても、白い砂浜だけ。

 どこにも人影は見当たらない。


「あぁ、あいつには探索に――」

「ん、目覚めたか」


 噂をすればなんとやら。

 委員長の言葉を遮るように、魔使君が山の裏手から現れた。


「この島全体を一度周ってきた」


 そう言いながら魔使君は、かけていたサングラスを木の棒へと変化させ、砂浜に簡単な絵を描き出した。


「この領域は非常にシンプルな造りだった。飛樽のとは大違いだ」


 砂浜に、この領域の略図が描かれた。

 どうやらこの領域にある島は、今僕達がいるこの島だけ。

 周りを、何処までも広がる海に囲まれている。

 そしてこの島には、建物はおろか、人影すら見当たらない。ただ砂浜が広がっているだけ。

 しかし。


「この島の中心には()がある」


 そう、この島には山がある。

 標高は・・・・・・百メートルくらいかな。

 まるで超高層ビルのようにそびえ立つ山が、この島の中心にある。

 階段のように段々になっていて、登ることは出来そうだ。


「十中八九、頂上に何かあるわね……。もう登ったの?」

「いや。何かあるのは分かりきってるから、一度戻ってきた」


 当たり前だけど、下からじゃ頂上に何があるかは全く見えない。

 それにしても、何もない島に唯一ある山。

 こんなの僕でも分かる。


「……どう考えても罠、だよね?」

「罠でしょ」

「罠だろうね」


 珍しく三人の意見が揃う。

 そりゃあ、唯一行ける場所に何も無いわけがない。

 恐らく七不思議弐番もそこにいるだろう。


「バカ正直にこのまま行くのは論外として……魔使、空から偵察できる?」

「あぁ。でき――」


 魔使君は、途中で言葉を止めた。

 その目はどこか遠く――穏やかな海を映している。


「・・・・・・魔使?」

「――来る」



 直後、領域全体が大きく揺れた。

 穏やかな海は荒れ、雲一つなかった青空を暗雲が埋め尽くしていく。

 響き渡る海鳴りは、体の芯を震わせるほど重く、深い。


「――っ!」


 荒れる波間に、ぼんやりと黒い影が浮かび上がった。

 ゆっくりと。まるで首長竜が身を起こすように、ソレは姿を現す――。


 海中から姿を現したのは、巨大な()()()だった。


 ふたつ、みっつ・・・・・・。後を追うように、黒い腕は次々と海中から浮かび上がってくる。


 ゆらゆらと海藻のように揺らめき、それらの手のひらに、雷が走るように亀裂が入る。

 食い破るように亀裂は広がり、そして――。



 こじ開けるように、ギョロリと赤い眼が見開かれた。



 海を、空を、島を。赤い眼はギョロギョロと、領域内にある物全てを見回し――・・・・・・。


 やがて、獲物を見つけたかのように。

 僕達に焦点を合わせた。

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