表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
丑三つ時に惡魔は嗤う  作者: Shatori
3.我が胎を満たす、朱い赫い臓物よ
33/36

30.託された救い

 GW(ゴールデンウィーク)も明けてすぐに始まった中間テストも、あっという間に過ぎ去った。

 その全ても返却され、教室はテストの出来に関する話題で持ちきりだ。


 そんな時、ピロン、と僕のスマホにメッセージが届いた。


『放課後 集合』


 委員長から送られてきたメッセージは、たったこれだけ。

 しかし僕には、「なぜ」なのかも「どこへ」なのかもすぐに分かる。

 むしろ、この連絡を心待ちにしていた。



 ◇ ◇ ◇



 放課後。早速四階の空き教室へ向かう。

 学生の本分は学業だ、と委員長が言ったことで、七不思議討伐は中間テストが終わるまでお休みしていたから、空き教室に向かうのは久々だ。


「・・・・・・それにしても」


 調査が先延ばしになるから魔使君がごねるかと思ったけど・・・・・・意外にも賛成してあっさりと中断を受け入れたのには驚いたな。

 なんて事を考えていると、集合場所に到着だ。

 ドアを開けると、そこには既に魔使君がいて、程なくして委員長もやって来た。


「……揃ってるわね。それじゃあ始めましょう。七不思議弐番討伐へ向けた情報収集と作戦会議を」


 委員長は素早い手つきで鞄の魔術を解き、中から古びた書物やら巻物を机の上に並べていく

 しかし。


「なんか……数少なくない?」


 並べられた書物達は全部で二十程。前回の壱番に関する書物達は三十は越えていた……。


「これで全部か?」

「えぇ……。魔力を使って探してるからこれで全部」


 魔使君の問いかけに、自信なさげに委員長は答える。


「ふむ。なら個体差があるのか、壱番(ひだる)よりも情報を持ち帰るのが困難だったか或いは……」


 ぶつぶつと考察を口にしながらも、魔使君は本を手に取りパラパラと読み始めた。

 さて僕も何か読み始めようか。

 そう積まれた書物に手を伸ばしす――。


「――えぇっと、委員長? 僕の顔に何か付いてる・・・・・・?」

「え⁉」


 何度もコチラを見てくる委員長に、思い切って尋ねてみた。

 ソワソワ、チラチラとコチラの様子をうかがう姿が視界端に映る。

 気にするなという方が無理な話だ。


「あ、えーと・・・・・・体調、大丈夫かな、って」


 なんとも歯切れが悪い。


「何で?」

「いやほら、貴方結界内に初めて入ったでしょ? 私達は大丈夫だけれど、何か異常とか・・・・・・。それにほら! 吉岡くん魔力切れ起こしてたでしょ?」


 それからも委員長は言い訳のように理由を並べていく。

 要するに、体調が心配で聞くタイミングを計っていたのだそう。


「心配ありがとうでも大丈夫だよ。あれ以降特に問題ないし、魔術も使えるしね」

「そ、そう? なら良かったわ」


 笑って答えると、委員長は安心したかのように一息ついた。


「気になる事があったらすぐに言ってね。体調だけじゃなくてもね」


 念を押すように委員長はそう言った。

 それなら言葉に甘えて、前々から聞いてみたかったことを聞いてみよう。


「それだったら委員長」

「何かしら」

「七不思議って、そもそも何?」

「――……え」


 目を丸くした委員長は、錆びたロボットのようにゆっくりと魔使君に視線を送る。


「言ってないよ。聞かれてなかったし、何よりそれ以上に話すべき事が多かったからね」


 本から目を外すことなく、魔使君は淡々と告げる。


「――……私、言わなかったっけ……?」


 コクリと頷くと、委員長は顔を覆いながら天を仰いだ。


「……少し長くなるけど、いい?」


 漏れ出た言葉に頷くと、委員長は過去を語ってくれた。


 ◇ ◇ ◇


 ――平安初期。それは唐の文化と日本の文化が絡み合い、日本独特の文化が生まれ始めた時代であり、数多くの疫病が蔓延し、多くの怪異が(ひし)めく混沌の時代。


 そんな時代の中、魔術を駆使し、怪異を祓う男がいた。

 男の名は葛忠行(かずらただゆき)。後に加茂忠行(かもただゆき)と名を改め、京を中心に怪異を祓い、日の本の安寧に貢献した男である。



「加茂⁉ それって……」

「えぇ。加茂家初代当主。私のご先祖様ね。『空を操り、恵みの雨を降らせた』とか『一撃で山に穴を開けた』とかって逸話が残ってて、それはもう凄い魔術の使い手だったらしいわよ」



 ――卓越した魔術で数多の怪異を祓ってきた忠行だが、平安の世に蔓延る全ての怪異を祓えたわけではなかった。

 強大な力を持つ怪異を、完全に祓う事が出来なかったのだ。

 祓うことは出来なくても、せめて被害は出させまいと、強力な怪異を結界内に封じ込めるという苦肉の策に出た。

 いずれ自身の代わりに祓ってくれる者が現れると信じて、忠行はこの世に(なな)つ結界を遺したのだった。

 そして悪用されぬよう、周囲に被害をもたらさぬよう見張りとして、加茂家から代々『管理者』を選出するようになった。


 ――それから幾刻かが経ち。

 この地に学び舎を建てる事が決まった。

 全国に点在していた結界のちょうど中間地点であったこともあり、設立される学び舎に(なな)つの結界を集約させる運びになった。


「その学び舎が物之木高校(このがっこう)?」

「えぇ。この学校、結構歴史が深いのよ」


 ――しかし。封印されているといっても、所詮は結界内に閉じ込めているだけ。

 管理者が被害を抑えたとしても、内部から漏れ出た魔力を感じ取れる人間は、少なからず存在した。

 その者達にとって、漏れ出た魔力は怪奇現象という形で視界に映る。

 やがて幾人が、校内の漆カ所で怪奇現象を目撃したと訴え始める。

 その噂は瞬く間に広がり、いつしか『七不思議』と呼ばれ、広く知られることとなる――・・・・・・。



「――加茂忠行が祓えず、未来へ託した怪異達。それが七不思議。……ごめんなさい、禄に説明しないまま怪異討伐に連れ立たせてしまって」

「全然。行くって決めたのは僕だし、そもそも聞かなかったし」


 ……聞くタイミングがなかった、が正しいんだけどね。

 あの時は転校生の魔使君に、怪異、魔術に委員長との戦闘。そこから一気に七不思議壱番討伐に動いていたからね。それどころじゃなかった。


「――ん?」


 そんな事を考えている時だった。

 積まれた書物の一つ、ある巻物がやけに目を惹く。

 特段目立つ所はなく、他の巻物と見た目に大差は無い。

 なのに何故か気になって仕方がない。


 手に取って結び目を解いてみる。


「わ」


 思わず漏れた声に、委員長と魔使君も覗き込む。

 紙がかなり色褪せていて、所々破れている。更には筆で書かれたような文字は、へにょへにょで他の文字と繋がっていて、なんて書いてあるのかわからない。

 そう、まるで、古典の教科書に出てくるかのような文字。


「……これ、何?」

「少しいいかな」


 戸惑う僕は、巻物を魔使君へと渡した。

 受け取った彼は巻物を開いていく。


「これは……加茂忠行が書いたモノのようだ」

「加茂忠行ぃ⁉」


 魔使君が指差す先。巻物の末尾には確かに、へにょへにょとした文字で『加茂忠行』と書かれていた。

 加茂忠行なんて、ついさっき委員長から聞いた、七不思議達を結界に閉じ込めた張本人だ!


「え、これ本人⁉」

「分からない。でもこれって、平安の『かな文字』よね?」


 もし本当に本人が書いたものなら、この巻物にはとんでもない情報が書かれているんじゃないか?

 例えば戦闘方法とか、能力とかがわかるかもしれない……!


「え、平安時代って千年も前でしょ⁉ え、マジで本物⁉」

「魔使、何が書いてあるの⁉ 役に立ちそうなこと書いてある⁉」

「ええい今から読むんだ静かにしろ!」



 ◇ ◇ ◇



 帝から命を受け、私は部下二名を連れて廃村を訪れた。

 この村は二年ほど前、流行病によって壊滅したのだが、この近辺での神隠し被害の報告が相次いでいた。

 その原因究明、そして解決のため私が選ばれたのだ。


 到着したのだが、廃村を一言で表すなら地獄であった。

 病により倒れたであろう死体が道にうち捨てられ、ハエが集り、村全体を死臭が覆っている。


 そんな中、死体の側で蹲る人影を発見した。

 近づいてみると、それは少女であった。

 まさかこんな廃村に生き残りがいようとは。

 部下が一人馬を下り、保護しようと少女に近寄った。


 その瞬間だった。

 部下の首がパックリと開かれ、ボタボタと異常なほどの血が溢れ出す。

 更には傷口を押さえようとした手を斬り飛ばす。

 その光景に呆気にとられる我々を、そして死が迫り焦る部下を見て、少女はケタケタと笑った。

 その口元には乾いた血がこびり付き、足下の死体は、神隠しに遭ったと報告されていた旅人であった。

 しかし、全身がズタズタに斬り刻まれている。流行病で倒れたのではない。


 その瞬間理解した。

 神隠しとは、この少女が引き起こしたものであったと。

 こんな廃村で少女が生き残れていたのは、この村の人、そして近くを訪れた旅人を喰らっていたからだと。

 であるならば、この少女はただの童に非ず。人の道を外れた畜生なれば。

 これ以上道を踏み外さぬよう、私は戦闘を開始した。



 しかし、少女は強かであった。そして速かった。

 人の道を外れたが故に、人の膂力を凌駕していた。

 私は、少女を終わらせることが出来なかった。

 せめてもの思いで結界に閉じ込めることで精一杯だった。


 部下一名の命と馬三頭を犠牲にしたにも拘わらず、私は討ち取ることが出来なかった。

 身勝手だが、繁栄した遥か未来、コレを読む者に彼女を託したい。

 どうか、どうか。これ以上あの子が道を踏み外さないよう。

 せめて人として終われることを願う。


 ◇ ◇ ◇


 魔使君によると、巻物にはこう書いてあるそうだ。

 書いてある内容から、恐らく加茂忠行が書いたモノで間違いないだろうとの事。

 分かったのは、七不思議その弐番は『人を喰らい、道を踏み外した果てに堕ちた少女』である事。そして異常に素早い事。


 委員長から聞いた話の通り、七不思議とは、加茂忠行が祓えなかった怪異達――・・・・・・。


「素早いんだったら、白虎を喚ぶ方が良いかしら」

「いや、それは良くない」


 後ろではもう作戦会議が行なわれている。


「何でよ」

「魔力消費が激しすぎる。相手は動けない君を間違いなく狙ってくるだろう。強力な切り札を防御に専念させるのはあまりに勿体ない」

「だったら――」


 二人が話し合う中、僕はもう一度巻物を手に取っていた。

 気がつかなかったが、巻物を魔力で保護している。平安時代に書かれたモノが残っているのは、この護りのおかげなのだろう。

 加茂忠行。何百、何千年先までこの願いを託すつもりだったのかな……。


 ――それにしても。


「何でこの子は道を踏み外したんだろう」

「――え?」


 ボクの呟きに委員長が反応した。


「人を襲って、人を食べるなんて……どれ程のことがあったら、そんな――」

「分からないのか?」


 僕の問いを遮って、魔使君が口を開く。


「君なら弐番(こいつ)の本質が分かると思ったんだが、そうか。分からないのか」


 少し残念そうに彼は言う。


「・・・・・・それで、いつ討伐に向かう?」

「え、教えてくれないの?」

「聞いても理解出来ないだろうし、それに、疑問に思えることが幸せなんだよ」


 委員長も分からないようで、僕達は目を見合わせつつも、今後の作戦を練ることにした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ