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丑三つ時に惡魔は嗤う  作者: Shatori
3.我が胎を満たす、朱い赫い臓物よ
32/36

幕間.情報提供

 少し時は遡り、GW(ゴールデンウィーク)中頃。

 ある一室で男は目覚めた。


「――……う」


 上体を起こし周囲を見渡すが、辺りには何もない。

 あるのはただ、静寂と暗闇だけ。

 まるで箱の中に押し込められたようだ。


 自分以外の気配は感じない。ここには自分一人だろう。


「――おーい。誰かいないか・・・・・・?」


 そう叫んでみるが、返答はない。


 この暗闇に少し目が慣れてきた。

 子鹿のように足が震える。一体どれだけ眠っていたのか。

 改めて周囲を見渡すが、何もない。この部屋に見覚えはない。記憶にない。


 ・・・・・・いや、それ以上に。


「・・・・・・俺は、一体・・・・・・」


 その時だった。

 突如として光が襲う。

 前後左右、あらゆる角度から光に照らされた。


 暗闇に慣れた所に眩しい光を当てられてしまい、視界は白く塗り潰されてしまった。

 震える足はバランスを崩し、男はその場に蹲るしか出来ない。


 徐々に視界は元に戻り、ゆっくりと顔を上げる。

 暗闇は晴れ、部屋の全貌が明かされた。


 前面がガラス張り。・・・・・・いや四方全てがガラスの壁。

 白い床には所々滲む朱が目立つ。

 ガラスの向こう、ライトの先は影になっていてよく見えない。


 ガラスの向こうには何があるのか。男が確認しようと一歩踏み出した、その時だった。


「――いっ!」


 ズキン、と頭痛がした。

 まるで頭の内側に棘が生えたかのような、鋭い痛み。つい顔が歪んでしまう。


「目が覚めたようだね。やぁ、おはよう」

「――……だ、誰だ⁉」


 ガラスの向こう、暗闇の中から声がした。若い声だった。

 同時にコツコツと靴音が近づいてくる。

 やがて暗闇から姿を現したのは、少年だった。

 歩く度に揺れるほど柔らかなプラチナブロンドの髪に、まるでエメラルドが埋め込まれていると思うほど鮮やかな翠眼の少年。

 背丈からして高校生ぐらいだろうか。

 随分と整った顔立ちで、こんな状況でなければきっと、その美貌に見惚れていただろう。


「それとも、()()()()()()()()()()()()()?」


 脳にこびりつくかのような不快な声。

 少年……いやあの()()の声を聞く度に、ズキンズキンと頭痛は酷くなっていく。


「お、お前は誰だ⁉ ココは何処だ⁉ 何故俺はこんな所にいる⁉」


 頭痛に苦しみながらも、男は一気に疑問をぶつける。

 しかし、その過程で男は()()()に気が付いた。


「……いや、そうだ。そもそも俺は()()?」


 欠落していたもの。それは()()()()()だった。

 男は、自らの名前がわからなかった。

 男は、自らが何者なのかわからなかった。


「そこまで記憶が混濁してるか。……まぁいい。一先ずは()()()()はじめましてといこうじゃないか」


 そして少年(ガキ)はニタリと口角を上げる。


「私の名は魔使恵(まつかいめぐみ)。――君を()()()()だ」

「――……はぁ? 何、言って」


 目の前の少年が何を言っているのか理解できない。

 理解不能、恐怖、混乱。後ずさった男を再度頭痛が襲い来る。


「魔使、恵……。俺を、殺した……。生意気な、ガキ……」


 無意識にそう呟く。

 軋む頭でその言葉を何度も何度も反芻する。






 ――そして。


「――……思い、出した。あぁ、思い出したぞ」


 頭痛の果て、奥底から溢れ出す記憶。

 かつて自身が君臨していた記憶。

 無能共を支配し、太平を成した記憶。


 男の名は飛樽(ひだる)。かつて物乃木高校に巣食う怪異、通称『七不思議』その一角を担っていた存在。

 封印の内で自らの領域を展開し、自らより劣る無能を支配し、仮初の栄華を誇っていた。

 そんな領域内にやってきた取るに足らない小童三人。

 その三人の内の一人。飛樽を打ち倒したのが、今目の前に居るこの――。


「魔使恵!!!」


 怒り、憎しみ。渦巻く感情のまま、力のままにガラスの壁を殴りつける。

 大きな鈍い音を響かせるものの、ガラスには傷どころかヒビ一つ付かない。


「落ち着けよ。ようやく目が覚めたんだ。少し話そうじゃないか」


 パチンと指を鳴らした魔使に呼応するように、部屋の中に椅子が現れた。

 ガラスの向こうでは魔使も椅子に腰かけている。

 座れ、ということなのだろう。

 ガラスの壁を破壊できなかった今、男、改め飛樽には座る以外に選択肢はない。


 木製の簡素な椅子だ。床に固定されていて、ガラスを砕くのに使えない。


 舌打ちでせめてもの発散をしながら、飛樽は大きく腰を下ろした。


「ますは質問に答えよう。『ここが何処か』『何故ここにいるか』だったね」


 飛樽が席に着いたのを確認してから、魔使はゆっくりと口を開いた。


「その部屋は私が検体(きみ)の為にあてがった部屋だ。どうだい? 居心地は」

「良い訳ねぇだろ馬鹿にしてんのか? 牢獄だろここは」


 家具の一つもないで、四方全てがガラス張り。おまけに床には朱が滲んでいる。そんな環境にいる飛樽は文句を垂れた。


「牢獄かどうかは検体(きみ)の行動次第だがね」

「は? どういう意味だ」

「それはまた後程話すさ――」


 早々に話を切り上げて次の質問へ。


「次。何故ここにいるのか。正確に言えば検体(きみ)()()()()()()()()。言わばバックアップだ」

「・・・・・・ばっく、あっぷ?」

「・・・・・・要は七不思議壱番、飛樽の記憶を持った別個体だ」


 聞き慣れない言葉を辿々しく聞き返す飛樽に、魔使は再度説明する。


「あの日、あの瞬間、七不思議飛樽は(まさ)しく死んだ。それは覚えているね?」

「・・・・・・」


 返答はない。しかし、飛樽は無意識に首元を摩っていた。


 首元に刃が降り注いだ感覚が残っている。

 冷たく、そして鋭い物体が首を裂くあの絶望を覚えている。

 身体(からだ)が粒子となって消えゆく喪失を覚えている。

 痛みも、憎悪も、あの時あの瞬間に感じたものは今でも鮮明だ。


検体(きみ)が消滅する直前、身体から魂を抽出した。魂を核とする怪異(きみたち)にとって、記憶などの情報は全て魂に集約されるからね」

「……魂、だと?」


 飛樽の身体が粒子となって消えゆく中、魔使は飛樽の魂を回収していた。

 粒子となって消滅していく中、魔使がランプを揺らしたのは魂を抽出するためだった。


「そうして抽出した魂を、作成しておいた肉体にいれたのが今の検体(きみ)だ」


 つまり、今この場にいる飛樽は、七不思議その壱番として君臨していた存在ではなく、その記憶を持った別の存在である。


「・・・・・・そんな事が、可能、なのか?」

「可能だから今検体(きみ)はそこにいる」


 問いただしてみても、その言葉に動揺はない。陰りもない。嘘偽りなどではないのだろう。

 であるならば。


「――・・・…何が目的だ」

「話が早くて助かるよ」


 睨み付ける飛樽とは対象に、魔使は嬉しそうに目を細めた。


「端的に言うと情報が欲しい。戦闘データだけではない。七不思議壱番、飛樽の過去。それに他の七不思議についての情報も欲しい」


 多くの怪異は、自らを形成する憎悪に塗り潰され知性、理性を失ってしまう。

 そのため、確立した自我を持ち、理性も、知性も持った飛樽は貴重な被検体であった。


 だが魔使のそんな思惑を、飛樽は鼻で笑い飛ばす。


「ハッ、下らねぇ。誰が貴様の指図に従うかよ」

「そうかい? 大人しく従う方が身の為だが」


 話は終わりだ、と飛樽は立ち上がり、ガラスの壁へと近づく。

 ただの膂力だけでは砕けなかった。ならば次は魔力を込めるだけの話。


 ぐっと拳を握り、魔力を込める――・・・・・・。


「――?」


 しかし魔力を込められない。いやそれどころか、この肉体に()()()()()()()


「残念だが、君はもう魔力を使えないよ」


 その様子をニヤニヤしながら眺めていた魔使が説明する。


「その部屋の天井から、検体(きみ)の魔力を常時吸い続けている」


 魔使が指差す先、牢獄のような天井は中にいる者の魔力を吸収し続ける。

 吸収した魔力を電力へと変換し、部屋全体を明るく照らす。

 なお、電力を消費しない時間帯では、変換せずに貯蓄する仕組みになっている。


「あぁ、そうだ。()()無いと思うが、自死だけはしてくれるなよ。その肉体を作るのも手間がかかるのだから」


 一応、念のため。その程度の忠告だった。

 だがその内容は、飛樽にとって、自身が置かれている状況を理解するには十分だった。

 奴は魂を回収する術をもっている。

 例え死んだとしても、また魂を回収され、新たな肉体に入れられるだけ・・・・・・。

 つまり死んでも奴からは逃げられない。


 ――それに。

 ・・・・・・そうだ、確か奴はこう言っていた。


『そこまで記憶が混濁してるか。……まぁいい。一先ずは()()()()はじめましてといこうじゃないか』


 三度目。

 一度目は領域内で会った時のことだろう。・・・・・・では二回目は?

 奴とは初対面で会い、殺し合い、その果てに俺は殺された。

 なら、二回目はいつだ?


 その時、床にこびり付いた朱が目に入る。

 滲んではいるが、あれは血の朱だ。


()()無いと思うが、自死だけはしてくれるなよ』


 先程の魔使が言った言葉。()()。そして覚えのない二回目の対面。


「・・・・・・魔使」

「何かな」

()の俺は、死んだのか?」

「お前に利用されるかよ、と言い残して自らの首を掻っ切ったよ」


 酷く悲しそうに魔使は語る。しかし、それはどこか玩具が壊れたかのような、そういった喪失感を感じさせる。

 ――・・・・・・やはり、死でも魔使から逃れることは、出来ない。


「……何を答えれば良い」

「ありがとう、助かるよ」


 睨み付けこそすれ、しおらしくなった飛樽に満足そうに口角を歪ませる魔使。


「有益な情報を提供してくれるなら、叶えられる範囲で検体(きみ)の望みを叶えよう。衣服でも、食事でも、女でも口にするが良い」


 拷問でもされるのかと身構えていた飛樽にとって、褒美があるという事は予想外だった。


「随分と待遇が良いんだな」

「従順な相手を冷遇する必要など無いだろう。それに、その方が次も期待できる。ただし、虚言を語ろうものなら・・・・・・分かっているね?」


 ニコニコしていた魔使の表情が一気に陰る。

 その表情が意味しているものは、嫌でも察せられる。


 一度自身を殺した相手に従うのはかなり癪だが、それ以外に選択肢が無いのも事実。


 はぁと大きく吐き出して、ドカッと乱雑に腰掛ける。


「良いだろう。今は大人しく飼い慣らされてやる」

「仲良くやろう。検体(きみ)とは、長い付き合いになるだろうから」

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