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丑三つ時に惡魔は嗤う  作者: Shatori
3.我が胎を満たす、朱い赫い臓物よ
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幕間.揺らぐ不可侵、誓う殺意

 下校時間を迎え、影が校舎を染め上げていく。

 しかし静寂は訪れず、コツ、コツと階段を上る靴音が反響する。

 魔使恵は空き教室を後にした脚で、階段を上っていた。

 その先にあるのは屋上へ続く扉。

 安全上のため施錠されており、誰も踏み入れることは出来ない開かずの扉。

 しかし、魔使はその扉を、まるでそこに()()()()かのようにすり抜けた。


 落ちても尚眩しい日の光に目を細めながら、その翠眼は先客を捉えていた。


「こんな所でコソコソしていたとは……。正面から堂々と行けば良いのに」


 魔使のその言葉を受けて、先客、加茂茜はギロリと睨み返す。


「面と向かって『貴方ちょっと怪しいから監視するわ!』って? 言えるわけないでしょ。自分は監視されてるって思いながら生活するのって、気分悪いでしょ!」

「でも監視はするのだろう?」

「そ、それはする、けど――……あ! 吉岡くん出てきたわよ!」


 痛いところを突かれ目を泳がせた茜は、校舎から出てきた吉岡悠馬を発見。

 即座に手のひらに魔力を集中させ、魔術を展開する。


風に乗る白き追跡華(タンポポ)


 手のひらからポコポコと、白い綿毛を携えたタンポポが芽吹く。

 それにふぅっと息を吹きかけると、幾つもの綿毛が風に乗って飛んでいく。


 風に乗る白き追跡華(タンポポ)

 魔力によって生み出した綿毛を飛ばし、対象を追跡する魔術。

 追跡対象に動きがあると感知し、茜に情報が送られてくる。

 綿毛自身は内包された魔術で周囲の風景に溶け込むため、追跡対象にバレる事は無い。


「とりあえずこれで、彼が何をしようが分かるようになった……けど、魔使」

「何かな」


 綿毛が吉岡の追跡を開始した事を確認した茜は、フェンスにもたれかかり夕空を見上げる魔使に疑問をぶつける。


「吉岡くんにわざわざ何者か問わなくても、貴方なら彼が何者かすぐわかるんじゃないの?」

「あぁ、分かるとも。その気になればすぐにでも」

「だったら――」

「だが、()()に意味などない」


 茜の言葉を遮りながら、魔使は断言する。


「……意味がないって、どういう事?」

「確かに私なら、彼が何者かなどすぐにわかる。だがそれはあくまで『事実』であり、ただの『情報』だ。自分が何者かという問いに、真に解答を出せるのは本人だけ。彼が導き出した解にこそ意味が生まれるのだ」


 そして魔使はふっと顔を綻ばせる。


「彼は一体どんな解へと辿り着くのだろうか……。――あぁ、楽しみだ」


 その顔は、まるで遠足を楽しみに待つ子供のような。純粋で、何処までも澄んでいて、混じり気のない輝きを放つ笑みだった。

 その顔に、茜は目を丸くする。


「……貴方、そんな顔できたのね」


 今まで茜が見てきた魔使の笑みは、必ず思惑が隠れていた不適な笑み(もの)だった。これほど、幼さを感じさせるほどただ純粋な笑みを見たことがなかった。


「私とて笑うさ。事実、今この瞬間に心躍っている。……あぁ、やはり人は人と交わってこそだな」


 その言葉に、茜は()()()を覚えた。


「――魔使恵。貴方、一体何者なの?」


 達観した、高尚なこと言うと思えば、先程のような幼さを垣間見せる。

 その矛盾。二面性を魔使の中にも見出していたのだ。

 その問いに対し、魔使は――。


「今、それを聞くのか?」

「――え?」


 顔は空を見上げたまま、目線だけが隣の茜へ向けられる。

 深淵が顔を覗かせる。

 踏み込んでは行けない領域だと、本能が告げる。


「もう君は私の力を頼ってしまっている。何者か分からない私の力を。それは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からに他ならない」


 一切目を逸らすことなく、茜の眼を見据えたまま魔使は語る。


「その理由がなんなのか、私は興味がないし知ろうとも思わない。私達の盟約はそういった不可侵の上に成り立っている。そうだろう?」


 片や相手が何者であるのかを差し置いてでも力を欲した。

 片や相手が力を求める理由を知らずとも、自らの目的のために力を貸した。

 そこにはお互いが踏み込まないという不可侵があった。

 それ故に(わだかま)りを生むこともなく事が進み、それ故に七不思議壱番を祓うに至ったのだ。


「その上で、今一度問おう。私が何者であるか、と私に尋ねるのか?」

「――……さっきの発言、忘れてちょうだい」


 その言葉に、その圧に、そして魔使の力を失う可能性に、茜は引き下がるしかなかった。


「賢明な判断だ。ではこれからも、よろしく頼むよ」


 ニヤリと笑いながらそう言い残すと、魔使は屋上から姿を消した。


「あいつ、一体何しに来たの……?」


 そんな悪態をついた、その時だった。


「――⁉」


 学校からそれほど遠くない位置。

 少し前に息を吹きかけた『風に乗る白き追跡華(タンポポ)』が、全て同時に()()()()()


 音もなく、気配もなく、魔力すらも感じなかった。

 放った『風に乗る白き追跡華(タンポポ)』その全てが、何かを感知する間もなく、一斉に墜とされた。


 吉岡悠馬が気づいた素振りはなかった。

 それはつまり、第三者の介入に他ならない。

 誰が、何の目的でやったかは分からないが、少なくとも味方ではない事は確か。


 周囲を警戒し、戦闘準備を整えるが、攻撃は来ない。

 どうやら危害を加えるつもりはないらしい。


「それほどまでに、吉岡悠馬について探られる事を警戒している……?」


 第三者が何者かは分からないが、何故ここまで吉岡悠馬への詮索を警戒しているのか。


「吉岡くん……貴方は、一体……?」


 加茂茜の懸念は『第三者の存在』だけではなかった。

 それは飛樽の領域内で双頭の犬(オルトロス)との戦闘中の事。

 吉岡悠馬の目が突如虚を映し出したかと思えば、ブツブツと小さく呟き始めたのだ。

 おそらく無意識に飛び出た言葉。

 けれどもその言葉はどれも悪意が滲んでいた。

 彼は当時何を視ていたのか。

 彼のそこに眠る破滅願望が、悪意に塗れた言葉を発したのか。

風に乗る白き追跡華(タンポポ)』を撃ち落とした誰かと、この事は関係するのか――……。




「――……ダメね」


 どれだけ思考を巡らせようとも、どれも憶測の域を出ない。

 情報が足りない。


「それに今は……」


 そうだ。今は()()()()()に時間をかけている場合じゃない。

 今はただ――……。


「今はただ、管理者(わたし)のすべき事を」


 今はただ、加茂茜(わたし)の望みの為に――。


 拳はいつの間にか硬く、固く握りしめていた。


「七不思議を祓う(ころす)


 ――あの日の誓いを果たす為に。

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