22.掌握せし殺戮の体現
飛樽は、首を貫いても、心臓を貫いても、果ては全身押しつぶしても死なない魔使を殺すことを諦めていた。
手や足を捥ぎ、動きを止める事に注力していた。
全ては圧倒的な力を見せる『魔使の力を奪うため』だった。
生きていようが死んでいようが、相手が持っている力を奪い、自分のモノとして行使することが出来る。
だがそのためには、相手に触れなければならない。
だからこそ動きを止め、一瞬でも触れられるチャンスを作ろうとしていた。
そしてようやく、魔使を髪の中に閉じ込めることに成功した。
一歩ずつ近づき、中にいる魔使に触れるため手を伸ばす――……。
――……ぞわり。
恐怖が足下を這い、殺意が背中を伝っていく。
飛樽は反射的にその場から飛び退いた。
その直後、魔使を閉じ込めていた球体の髪は、一瞬にしてバラバラに切断されてしまった。
はらはらと舞い散る髪の中佇む魔使のその手には、宝石があしらわれた白銀の剣が握られていた。
その剣は闇夜を照らす一筋の光のように、目を奪われるほどの輝きを放っている。
しかし、飛樽の眼は他のモノを映していた。
魔使の背後。ゴツゴツと尖った鎧に身を包み、顔には獅子を模した仮面をつけた存在。
両手を揃え、大剣を地面に突き立てている。
「……何だ、ソイツは?」
「名をサブノック。力と死の象徴。私が契約している悪魔の内の一柱だ」
そう言って開いた魔使の右目には、不可解な形の紋章が刻まれていた。
魔使が契約した悪魔。つまり突如として姿を現したあの生物は、魔使の力によるモノ。
それを聞いて、飛樽の胸は高鳴っていた。
奴から力を奪うことが出来たのなら、サブノックと言う存在、溺れるほど濃く大量の魔力を滲み出すあの魔を、手に入れることが出来るからだ。
それだけでなく、奴はサブノックを『契約している悪魔の内の一柱』と言った。
それはつまり、あのレベルの魔をまだ保有しているという事。
それを思うと自然と口角が上がっていた。
「手を出すなよ。換装だけに注力しろ」
「……心得た」
その言葉に、サブノックは一歩後ずさる。
どうやら人数有利を生かして攻めてくる気はないらしい。
「下らんプライド故か⁉ マヌケが!」
その愚行を咎めるため、飛樽は髪を時間差で放つ。
一つ。魔使の脚を奪うため、地を這いながら距離を詰める。
しかし、残光を軌跡に残しながら、弧を描いた白銀の剣によって両断される。
その隙を突き、頭蓋を潰す一撃が放たれる。
しかし魔使が手首を捻ると同時に、持っていた剣は槍へと姿を変える。
そのまま、向かってくる髪を絡め取り裁断する。
そこへ時間差で放たれた三発目。胴を貫こうと迫ってくる。
しかし今度は、槍が籠手へ形を変え、受け流されてしまう。
そして弾かれた勢いで魔使は壁を蹴り、飛樽へと肉薄する。
腰を捻りその手には、大槌が握られている。
持てる膂力に遠心力を加えた一撃が振るわれる。
咄嗟の接近に反応が遅れながらも、魔力を堅め防御に回る。
しかし、それでも受けきることは出来なかった。
堅めた魔力は尽く砕かれ、肉体はミシミシと軋み、胸骨は粉々に砕け、衝撃に耐えかねたその肉体は、ゴム鞠のように吹き飛んでいった。
幾つもの壁を砕きながら地面を跳ね、勢いが収まる頃にはボロぞうきんのように転がっていた。
「――――ぐっ」
起き上がろうとしても動けない。
全身が痺れて力が入らない。魔力も乱れてしまっている。
「何が――」
「『何が起きた』か?」
カツ……カツ……と音を立て、魔使が正面に回る。
動けず、地べたに這うしかない飛樽を見下ろしながら、言葉を続ける。
「サブノックの能力は『掌握せし殺戮の体現』。武器や兵器の瞬間製造、そして換装を可能にするものだ。本来であれば籠城戦などで真価を発揮するのだが、換装だけでも、状況に最適な武器で臨機応変に戦える。力の程は……言わずとも分かるだろう?」
見下しながら講釈を垂れる魔使に、歯噛みするしかない。
「ダメージを肩代わりするといっても、かかる衝撃までは吸収できない。まともに動けんだろう?」
大槌による一撃。肉体によるダメージはなくても、衝撃は消せない。地を跳ね、脳が揺れれば、手足が痺れ動けなくなる。
(……このままではマズい。どこかに身を潜めながら――)
「逃げる気か?」
「――!」
思考、読まれ――……。
「核がある内に回復に専念し、その間に一方的に攻撃する。実に合理的で良い作戦だ」
そう感心しながら、魔使は周囲をキョロキョロと見回す。
「壁に彫刻に吹き抜け……ここは障害物や段差が多いな」
そう呟くと、持っていた大槌を振り上げる。
「何を――」
「場所を変えよう。丁度、真下に手頃な空間があるじゃないか」
そうして振り上げた大槌を、飛樽のガラ空きな背に、勢いよく叩きつけた。




