21.残影の模倣
「魔使恵……。『魔』を『使う』者、か。ふざけた名だ」
期待した眼で見下ろす魔使を、地に手をつけたまま見据える。
その目にもはや恐怖の色などなかった。
「認めよう魔使恵。確かに貴様は、今までの無能共とは違う」
飛樽がそう言うや否や、突如魔使の両脇の壁が動き出し、バンッと魔使を叩き潰した。
飛樽の心に、恐怖は未だ残っている。
魔使に対して積もり積もった不安が、底が見えぬ未知への恐怖が、消えること無く残っている。
しかしその恐怖が、飛樽に冷静さを取り戻させていた。
それほどまでに、魔使を未曾有の脅威と捉えていた。
そして今、心臓と頭を潰しても生きるのであれば損傷範囲を増やせば良い、と壁を操作しすり潰すように圧力をかけ続けるが――。
「……あぁ、支配領域の構造物は操れるのだったな」
一瞬にして壁は瓦解し、中から魔使が悠然と一歩を踏み出した。
損傷どころか、砂埃すら付いていない。
やはりか、と思いつつ、立ち上がった飛樽の頬を冷や汗が垂れる。
「それで私を認めたから、私の力を奪おうと言うのか?」
「――何?」
「お前の能力の目星は付いている、と言ったんだ。お前の能力は『他者の力を奪う』と言うもの……違うか?」
自信に満ちたその目は、どうやら当てずっぽうで言ったわけでは無いらしい。
「……何故分かった?」
「疑惑を持ったのは、展示物を見た時。確信に変わったのは、公演を見ている時だ」
苛立ちに顔を歪めながら問いかける飛樽を横目に見ながら、魔使は近くにあった彫刻に触れながら経緯を語る。
「絵画や壺や彫刻。飾ってある物全てに誰かの影を感じていた。それが何かは分からなかったが、演奏中にも背後に映る影を見て確信に変わったよ。お前に力を奪われた物の残影である、と」
何も言わずただ睨む飛樽をよそに、魔使は続ける。
「飛樽、お前は誰かが歩んだ道をただなぞっただけに過ぎない。同じように筆を引き、同じように鍵盤を叩いたとて、出来上がるのは過去の模倣。であるならば、残影が見えるのは必然だろう」
「――……なるほど」
能力が如何にバレたかを聞いた飛樽は、魔使の言葉をせき止める。
「だがそれがどうした? 随分と得意げに語ってくれたが、それが分かったところで、貴様にはどうすることも出来まい」
「聞き間違いかな。『私の力を奪うことが出来る』と言っているように聞こえるが」
魔使を鼻で笑い、荘厳な態度で話す飛樽に笑い返す。
「出来るとも。何故なら俺は、万能にして全能の神なのだから!」
飛樽は叫びながら髪を振るう。
先のような槍のように万物を貫くのではなく、縦横無尽に暴れ狂いながら襲い来る。
まるで意志を持ったかのように撓る髪は、変幻自在に曲がりくねり、不規則な軌道を描き出す。
四方を取り囲み、魔使の視界外から襲いかかる――。
だが、魔使は迫り来る攻撃を視る事も無くひらりと躱す。
追の一撃も、舞う落ち葉のようにひらひらと最小限の動きだけで躱していく。
「全能の神とやらの力はこんなモノなのか?」
「ほざけ!」
吼えながら、再度髪を撓らせる。
触手のように、幾千もの髪が魔使に迫る。
一つは地を這い、一つは背後に回り、一つは不規則な軌道を描き、一つは全てを裁断しながら魔使を取り囲む。
息をつく間もない連撃が始まった。
頭、胴、腕、脚。全てが同時に狙われるが、魔使はそれら全てを避けていく。
しかし、襲い来る髪は徐々にスピードを増していき、徐々にその密度を上げていく。
やがて、初雪のように白い魔使の肌に、たらりと赫い血が垂れる。
それを好機とみた飛樽は、球状に纏めた髪の中に魔使を閉じ込めた。
「……閉じ込められたか」
自身の足下すら見えない一切の闇の中、魔使は呟いていた。
「地面ごと覆われている、か。……どうやら球体の中に捕らわれたようだな」
しかし冷静に、自身が置かれた状況を整理する。
そして一つ大きな息を吐き。
「そろそろ、私も動くとしよう」
そうして目を閉じ、右手を開く。
全身を巡り、滲み出す魔力は覆う闇より更に黒く、その中に響くは厳粛で凜とした声。
「――来い。サブノック」




