18.道の途中
委員長は魔力切れで戦えない。
僕がなんとかしなければいけない。
だがオルトロスも満身創痍。
……大丈夫。
今なら警戒されていても『業火の天華』を当てれる。
――……いける。イメージ出来る。
僕は『業火の天華』を撃てる確信があった。
もう何度も見た。鮮明にイメージ出来る。
大きく息を吐き、魔力を込めようとした、その時だった。
「――また見様見真似の模倣か?」
声がした。
以前助けを求めてきた声とは違う。
初めて聞く、けれどどこか懐かしい声が僕の体中を駆け巡る。
「何者かになる。なんて豪語した割には、ずっと他人の真似ばかり」
「――!」
気がつくと、僕の前に僕がいた。
その顔は酷く冷酷で、蔑む眼で僕を見つめ、冷淡な口調で言葉を紡ぐ。
「それで自分で自分を肯定できるような存在になれるのか? 所詮、お前はただの模倣者。その先に待ってるのは誰かの劣化でしかない」
「――やめろ」
ドクンと心臓が大きく鼓動する。
オルトロスを倒すチャンスは今しかないのに、僕の体は動かない。
「そんなお前が一体何を為せると言うんだ? そんなお前は前へ進んでいると言えるのか? そんなお前は、生きている意味があるのか?」
「違うやめろ黙れ黙れ黙れ!」
どれだけ僕が声を荒げようと、耳を強く手で塞ごうと、その声は止まらない。遮ることが出来ない。
「俺の言葉で揺らぐほど、お前はお前自身を信じれていない。そんな奴が――」
「いいの、それでいいのよ。吉岡くん」
震える手で、委員長は僕の裾を掴む。
何をして求められなかった声は、委員長の声でかき消された。
「貴方が魔術の世界に来たのは、何者かになるため……。それはこの世界で生き続けてこそ叶えられる夢のはず……。貴方はまだ道を歩いてる途中。そうでしょ?」
優しく、ニッコリと微笑んで、委員長は続ける。
「貴方が今居る場所を到達点にしなくていい。ただその道を、光が差す道を歩けば良い。その先に貴方にしか辿り着けない場所が、きっと待ってるから」
――……そうだ、僕はまだ歩き始めたばかりだ。
今の僕は、眼に映るもの全てを糧にしている。
辿り着く場所はまだ遠く、何者かになる夢もまだ届かない。
それでも僕は,一歩一歩前へ進んでいく。
自分自身を信じられない僕を、信じてくれる人が居るから。
いつの間にか、目の前に居た僕は消えていた。
そこへ、震える脚でようやく立ち上がったオルトロスが、僕達に向けて勇ましく吼える。
けれどもう、怖くもなんともない。
「ねぇ、吉岡くん。一つ、伝えたいことが――」
「――……わかった、タイミングは任せるよ。……後は任せて」
裾を掴む委員長の手をそっと解き、僕は走り出した。
「『亜音速の狙撃樹』!」
部屋の外周をぐるっと周りながら、オルトロスに向け『亜音速の狙撃樹』を数発放つ。
それらは脚に命中するが、オルトロスには効かない。
「こっちだクソ犬! お前の相手は僕だ!」
それでも意味はある。
動けない委員長に狙いを定めていたオルトロスの注意を、こちらに向ける。
効かないとは言え、ずっとチクチク棘を飛ばしてくるのは煩わしい。
「――――ォォォ!!!!」
怒りを露わに一際大きく吼えると、僕に向かって突っ込んできた。
それでいい。
脚に魔力を込め、突進してくるオルトロス飛び越える。
その無防備な背中に『焔』を叩き込もうと魔力を集中させるが、オルトロスは一気に加速しその場を離脱した。
これで確信が持てた。
『焔』は当たれば致命傷を与えられる。しかし速度が足りず、当たる前に逃げられてしまう。
『亜音速の狙撃樹』は速度が速く、放てば必ずと言って良いほど着弾する。しかし威力が足りず、有効打にはならない。
『業火の天華』はその攻撃範囲で、オルトロスの回避を許さない。火力もあり、かなりのダメージを与えられる。しかしそれでも、オルトロスを倒すには至らない。
これほどの警戒度を見るに、やはり『焔』を当てなければ……。
だが普通にやっても当てられない。
『亜音速の狙撃樹』と『業火の天華』、それと身体強化。
僕が持てるこれらを用いて、『焔』を当て、オルトロスを倒すんだ。
一体どうすれば――……。
その時、ふと閃いた。
『焔』の火力を持ち、『亜音速の狙撃樹』と同等の速度で、『業火の天華』のような広範囲を一掃できる。
そんな魔術があれば――……。
大きく息を吐き、目を閉じて、イメージする。
そんな全てを併せ持った魔術は、一体どんなものなのだろうか――。
そんな魔術を放つため、僕はどうなるべきか――。
全身に魔力が巡るのを感じる。
僕の右手は巨大な砲身に、左手はそれを固定するための支えへと姿を変える。
反動に耐えるため、僕の全身に武装が施されていく。
吹き飛ばないよう、その場に杭を打ち、全身を固定する。
体内に宿る魔力全てを、右手の砲身へ集中させる。
『焔』とは比べものにならないほどの力の奔流。
濁流のように荒れ狂う魔力の流れを、無理矢理一つへ圧縮し、研ぎ澄ましていく。
オルトロスも危険を感じ、魔術が完成する前に潰そうと向かってくる。
が、それも対策している。
「『呪われた黒百合』!」
委員長がパチンと指を鳴らす。
するとオルトロスの体から大量の黒百合が花開いた。
あの黒百合は根付いたモノに呪いをかける、と委員長は言っていた。
その呪いとは『身体機能を大きく損なわせる』というもの。
それにより、オルトロスはガクンと体勢を崩し、大きな隙を晒した。
――今だ。
砲身に集めた魔力を一気に解き放つ――……。
「『天焔光劫砲』!!!」
放たれた魔力は音を置き去りにして、光の速度で駆け抜けていく。
少し遅れて衝撃が周囲を襲い、壁や天井を大きく抉る。
周囲を焼き尽くすことはなく、ただそこにあるモノを塵芥に帰していく――。
脚の先を残して、オルトロスの肉体は跡形もなく消えてしまっていた。
そして残った脚先も、泥のようにグチャっと潰れて消えていく。
僕は、オルトロスを倒すことに成功した。
僕はまた、一歩前へ進むことが出来た――。
砲身と支えに変化していた両手が元に戻る。
全身の武装も、少しずつ霧散して消えていく。
その時だった。
全身から力がフッと抜け、気がついたときには僕は床に倒れていた。
「はぁはぁはぁはぁはぁ」
胸が突き破れるほど大きく心臓が鼓動する。
どれだけ息を吸っても、溺れたような息苦しさは消えない。
耳鳴りは酷くなっていき、視界は徐々に白くなっていく。
――……これが魔力切れ。
死ぬ、死ぬ。
動けないどころじゃない、このままだと死んでしまう。
「――大丈夫、落ち着いて」
動かせない僕の手を、誰かが優しく握る。
握られた手からじんわりとした暖かさが、全身に広がっていく。
白けてきた視界は徐々に色を取り戻し、耳鳴りも少しずつ落ち着いていく。
「吉岡くん、聞こえる? 私の声に合わせて呼吸して。はい、吸ってぇー……吐いてぇー……」
彼女のかけ声に合わせて、ゆっくりと呼吸していく。
息苦しさは次第に和らぎ、心臓も落ち着きだした。
手を握る彼女を見る。
すると委員長は優しく、聖母のような穏やかな笑顔を見せた。
「落ち着いた?」
「……うん、ありがとう」
委員長に引っ張られ立ち上がる。
少しフラつきながら辺りを見回す。
目の前には大きな穴が開いていて、そこからは夜空が、真上からは大きな満月が顔を覗かせている。
部屋の壁、天井を八割以上吹き飛んでいた。
……これを僕がやったとは思えない程の崩壊具合だ。
もう凄すぎて引きつった笑みが零れてしまう。
魔力で覆われていた扉は既に開いていて、何なら少し崩壊に巻き込まれて、扉上部が欠けている。
僕達は扉の先へ進むことにした。
◇ ◇ ◇
視界を埋め尽くす金貨。
宝石が埋め込まれ、眩い光を放つ王冠。
扉の先は金銀財宝が数多く収められた宝物庫だった。
「うおぉぉ、すっご……」
右を見ても金、左を見ても金。
上を見ても下を見ても、何処を見てもキンキラキン。
「すっご、これ……この中から探すの?」
忘れてはいけないのは、僕達がこの部屋に来た目的。
脳内に突如助けを求める声が聞こえたのを皮切りに、 委員長が何かを感じ取った部屋に入り、オルトロスと戦い、この部屋に辿り着いた。
この支配領域を構成している『核』を破壊しなければいけないが、それよりも人命優先。
そうしてこの宝物庫に辿り着いたはいいモノの、肝心の生存者は一体何処にいるというのだろう。
「――……こっち」
何か感じると呟きながら、委員長は奥へ奥へと進んでいく。
フラつく足取りで僕もその後をついて行くと――。
「……なに、これ?」
そこにあったのは、三メートル程ある巨大な鳥を模した石像だった。
羽一本一本が精巧に作られていて、まるで生きているとすら感じる程の生命力に満ちあふれている。
「……私達を呼んだのは貴方なの?」
「委員長?」
委員長は石像に近づき、そっと手を触れた。
するとガタガタを石像が震えだしたと思ったら、燃え盛る炎に包まれた。
「委員長⁉」
「大丈夫、熱くない。……むしろ暖かくて、心地良い」
石像は勢いよく両翼を広げ、燃え盛る炎を吸収していく。
「~~~~~!!!! よ~~~~やく思い切り羽を伸ばせますわ~~~~~~!!!!!!!!」
けたたましい声と共に、石像が音を立てて崩れていく。
その中から、流動する炎の翼と燃え盛るトサカを持った朱い鳥が姿を現した。
「委員長、もしかしてだけどこの声……」
「えぇ。間違いない、でしょうね……」
「お~~~~~っほっほ! やはり自由とはいいものですわね~~~~!!!!!」
僕達の脳内に語りかけ、助けを求めた声の正体は、思い切り羽を伸ばし、自由を謳歌している朱い鳥だった。




