15.脳内に響く声
支配領域を構成している「核」を求め、僕と委員長は、美術館と化した王宮の廊下を駆けていた。
僕達以外に王宮内には誰もいない為、全速力で駆け抜ける。
飛樽の公演が終わった直後、館内にいた魂たちは皆、目的を果たしたと言わんばかりに一斉に退出していった。
それは飛樽に操られているから。
飛樽を称賛するためだけに、飛樽の承認欲求を満たすためだけにあの場所に集められていたのだ。
あいつは、殺した人のことを何だと思っているんだ。
考えるだけで飛樽への苛立ちが募っていく。
それと同時に、飛樽との戦闘を魔使君ただ一人に任せるしかない自分に、戦闘面で何一つ役に立たない自分に腹が立つ。
出来ないからと誰かに全て頼りきるのは、果たして『何者かになれた』と言えるのだろうか。
きっとそこはまだ通過点で、それでもまだ僕には遠い場所。
今回ではっきりと分かった。
僕が『何者かになる』ためには、魔術の世界で生き続けるだけじゃダメなんだ。
僕の願いを叶えるためには、力が、全て自分で出来るぐらい強大な――……。
「――あだっ!」
いつの間にか足を止めて立ち尽くしていた委員長に激突。
考え事をして前方不注意になっていた僕は、鼻筋を思いっきりぶつけた。
数歩後ずさり、ぶつかった鼻を抑える。どうやら鼻血は出ていない。
「あっ……ごめんなさい」
「いや僕が悪い。良く前を見ていなかった。ごめんね」
全速力で走っていてぶつかったはずなのに、委員長は痛がりもふらつきもしていなかった。
「それで委員長、急に立ち止まって――……あぁ」
何故立ち止まったのか聞こうとして、委員長の前を覗き込む。
そこには「STAFF ONLY」と書かれた鉄扉があった。
見るからに固く閉ざされていて、確認するまでも無く鍵がかかっているのだろう。
「よーし!」
袖を捲りながら前へ出る。
『焔』であれば、あの程度の扉なんて、余裕で吹き飛ばせるだろう。
そう思って、大きく息を吐き、技のイメージを固めようとした時。
「――ちょっと待って!」
「う゛」
委員長に首を掴まれ制止された。
思ったより力が込められていて、若干絞められた。
「ど、どうしたの委員長⁉」
掴まれた首元をさすりながら、委員長に問いただす。
すると彼女は、怪訝そうな目で周囲を見回しながらこう言った。
「……何か、声がしない?」
「声?」
観客がいなくなったこの階層にいるのは僕達だけだ。
その証拠に周りを見ても誰もいないし、僕達の声が反響して帰ってくるだけだ。
それでも声がすると委員長が言い張るので、目を閉じて耳を澄ましてみる。
何もない階層。
空気が抜ける音。
階下から聞こえてくる戦闘音。
そして――。
『――あら貴方も私の声が届いているのね!』
「聞こえた!」
声が聞こえた。
気の強そうな女性の声が、脳に響く。
だが不快感はなく、むしろ聞いていて心地いい柔らかな声だった。
『なんと! まさか二人ともに声が届くだなんて……! 私ラッキー、いえ流石私ですわ~!!!』
嬉しそうに声が張り上げられるが、不思議とうるさくはない。
むしろ気品を、気高さを感じる声だ。
当然、周囲を見回しても誰もいない訳だが、この声の主は一体どこから――。
『……失礼、はしゃぎ過ぎましたわ。では時間がないので手短に。――貴方がたに、私を助けて頂きたいの』
「「⁉」」
その言葉に僕達は驚きを隠せなかった。
この領域内で出会った人達は全員既に死んでいた。
彼ら彼女らを怪異から助けることはおろか、僕達に介在できる余地など残されてはいなかった。
しかし、声の主は「助けて」と言った。
それはつまり、僕達に出来ることがある。救うことが出来る。
この領域内に、生存者がいると言うことだ。
「……それは勿論良いけど、貴方誰なの⁉ 助けてったって何処にいるのよ⁉」
そう、僕達は声の主の事を知らなすぎる。
今何処にいるのか。そもそも声の主は誰なのか。
『わた、くしは――で、い――つ、こ、に居ま、すわ』
突如、脳内で聞こえていた声にノイズが走り、上手く聞き取れない。
『まず、わね。と、あえず、繋が――達なら感じる、にす、すめばたど』
その時、脳内に聞こえていた声は大きく乱れ、同時に階上からズズン……と低い地鳴りのような音が響く。
『――めさい! 触るんじゃねぇですわこのクソ犬が! 私が動けないからって調子に乗りやがりまして――……あ、ダメ! 噛んじゃ嫌ですわ! はやく助けて下さいまし~~!!!!!』
その声を最後に、脳内に聞こえてきた声は消えてしまった。
「もしかして襲われてるの⁉」
「……かもしれないわね。急ぎましょ!」
閉ざされた鉄の扉を、ホウセンカで吹き飛ばす。
扉の先に続いていた階段を、僕達は駆け上がる。
生存者を、なんとしても救い出すために――!




