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丑三つ時に惡魔は嗤う  作者: Shatori
2.成すは、望月の如き太平を
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14.鼓動する陽炎

「そうか。お 前 ら か」


 次の瞬間、ボトッと音を立てて、魔使君の右腕が飛んできた。

 いつの間にか飛樽の手には刀が握られていて、いつの間にか抜刀、そのまま魔使君の手首を切り落としたのだった。


 一切見えなかった。コチラを振り返ったときには何も持っていなかった。

 それなのに、切り飛ばされた腕が落ちてくるまで気付けなかった。

 ……これが怪異、これこそが七不思議――!


「くくくっ、もう少し信頼させてから、と思っていたが……やめだ。この程度も見切れんお前らを、じっくりゆっくりと嬲りながら殺してやる。まずは金髪、お前からだ」


 ねっとりと笑いながら、血が滴る刀を魔使君に向ける。

 低く唸るように言うその姿には、先程の好青年の面影は消えていた。

 代わりに、突き刺さる強烈な殺意が顔を出している。


「……わざと隙を晒したと言うに、狙うのは急所(くび)ではなく腕。……私を嬲る——……いや、そもそも私に勝てると?」

「ははっ! 面白い事言うな、お前。『勝てる』じゃない。『死ぬ』んだよ、お前らは」


 そう言って、飛樽は再度刀を振るう。

 僅かに残る残光が、魔使君の体を袈裟斬りにする。


「——あ?」


 だが、彼の体には傷1つつかなかった。彼の服すら切れていない。

 代わりに飛樽の刀が粉々に砕け散る。


 その時、魔使君の手の中に、全てを包み込む暖かな光が灯る。

 それは僕達に光を与えるもので、遥か(ソラ)から光を降らす天体。

 彼の手の中に、拳ほどの小さな太陽が生み出されていた。


「――『鼓動する陽炎(プロミネウス)』」


 ドクン、と太陽が大きく鼓動する。

 それと同時に吹き出された、噴煙を伴う熱波が飛樽を呑み込んだ。

 断末魔すらかき消すほどの熱量で、飛樽の体は爛れ焦げ溶け落ちていく。

 さらに勢いそのままに、飛樽を壁へと叩きつけた。

 道中にあった絵画は灰すら燃え尽き、陶器は炭化し、彫刻は溶けて歪んでいく。

 そこに広がったのは、灼熱の地獄そのものだった。


「――私達も行くわよ!」


 そうだ。核を破壊しなければ。

 いくら魔使君が圧倒的な力を見せつけようと、核がある限り飛樽を倒すことは出来ない。


 委員長の呼びかけに、僕も駆け出そうと脚に力を込めた。

 その時だった。


「吉岡君」


 魔使君に呼び止められ、進みかけた足を止め振り返る。

 彼はコチラを振り向くこと無く、灼熱の地獄と化した廊下の先を指さした。


「君の()に、アイツはどう映った? 君はアレに何を感じた?」


 アレとは七不思議壱番、飛樽の事だろう。

 魔使恵の眼として、多くの人を殺してきた怪異に何を感じたのか。

 僕は感じたありのままを、包み隠すこと無く口にする。


「魂を操ってでも称賛を受けたいほどの『自己陶酔』……それと、確信を伴う程の『傲慢』を」


 公演で支配下にある観客の万雷の拍手を、飛樽は心の底から喜んでいた。

 それ程までに奴は称賛を欲し、例えそれが自身で作り上げた偽物(まがいもの)の称賛だったとしても、飛樽は歓喜に震えていた。

 自己陶酔に溺れていた。


 そして魔使君の腕を切り落としたときに感じた、確信に紐付けられた傲慢。

 自身が力を振るえば、どんな相手だったとしても確実に殺せる。

 であるならば、既に相手は死んだも同然。

 殺し合いや勝負にすらなり得ない。何故なら、己が力を振るって時点で相手は既に死んでいるから。

 そう言い切れるほどの自信。

 自身の持つ力に対する信頼。

 自身が絶対の格上だと言う確信。

 それ故の『傲慢』。


 僕が見た飛樽は、この二つが入り交じっていた。


「――……これだけの短時間に、それ程まで見通せたか」


 チラリと覗いた彼の口角は上がっていた。


「君には()()()()()()()が備わっているようだね」


 魔使君の眼が僕を真っ直ぐ捉える。

 エメラルドのような深い翠に吸い込まれてしまいそうだ。


「君のその眼に、この領域はどう映るのかな。……また聞かせてはくれないか」

「――うん!」


 彼に認められたように感じて嬉しくて、僕は勢いよく頭を振った。

 そして脚に持てる力を全て込め、核を探すため駆け出した。

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