町内探索
少し前の大雪もなんとか乗り切り、春の暖かさを感じさせるようになってきた今日この頃。
最近では高校の卒業式なんかもあり、旅立ちのシーズン真っ盛りだ。
春には出会いと別れがある。とはいえ、大人になるとそんなことはあまり関係なくなるものだ。
そんな出会いと別れが訪れる春のうろな町を、俺は散歩兼見回りということで歩いていた。
現在は商店街を散策中。
昔からの風情を大事に残しながらも、現代社会の中を生き抜いてきた商店街。俺が子どもの頃に遠足のおやつを買いに行っていた駄菓子屋は、今もなお健在で、顔をのぞかせると近所のちびっこ達が店内をうろちょろしていた。いつの時代も、ちびっこのお菓子好きは変わらないものなのだろう。
商店街の店舗も様変わりしつつあるなかで、八百屋と魚屋、肉屋と駄菓子屋は、俺が小さかったころから今も変わらずありつづけている。
俺が行きつけの蕎麦屋はもちろん、飲食店も多数存在している。
そんな中で、新しい店舗が入っているのに気が付いた。
『天然工房 純粋』
「ん?」
こんな店あったっけ? 最近入ったのだろうか?
そんなことを思いつつ、市場調査と町長としての義務を盾に、興味本位で入ってみることにした。
「こんにちわー」
「いらっしゃいませー」
中に入ると、木製の棚に並べられた野菜や果物がまず目に入り、その隣の棚に並ぶ瓶詰の野菜が視界に入った。
そして思い当った。そういえば、前になんかの書類で『無農薬野菜を販売している店舗がうろな町にやってきた』というのを目にした気がする。
その時はたいして気には留めていなかったけど、実際に入ってみると、普通の八百屋とは違う雰囲気を醸し出しているのがわかった。
俺は、さっきから気になっていた、瓶詰を手に取って見てみた。
なんだこれ? 漬物? でも漬物にしては色が鮮やかなような……
「それはピクルスです」
いつのまにか隣にやってきていたエプロンをつけた若い女性。この店の従業員なのだろう。
俺の手元をのぞき込むようにして笑顔で立っていた。
「ピクルス?」
「はい。それは赤と黄色のパプリカのピクルスですね」
ピクルスといえば、ハンバーガーに挟まっているアレしか思い浮かばない。たしかあれは……なんだっけか?
「ピクルスって、あのハンバーガーとかに挟まってるやつですよね?」
「そうですね。あれはきゅうりのピクルスです」
「ピクルスにもいろいろあるんですねぇ」
「ピクルスって外国の『漬物』と一緒なんですよ。だから、外国に行って漬物を食べたいときは、ピクルスを食べるんです。まぁ味は違いますけどね」
アハハと笑う店員さん。
「じゃあここのお店ではピクルスを作ってるんですか?」
「いえ。ここで作ってるわけじゃなくて、農家の方が作ってくれていて、ウチではそれを販売しているんです。そのピクルスの野菜もその農家の方が作られてますね」
「直営店みたいな?」
「そんなところです。ウチのお店にある野菜とかは、ウチからお願いして販売させてもらっているんです。そこがウチのこだわりでもありますね」
野菜のそばに貼られている、『生産者の顔』と書かれた紹介文は、どれも『無農薬』と書かれているものばかりだった。そこまで数は多くないのが、さらにこだわりぬいている証拠になるのだろう。
野菜を食べるだけで健康になると思っていた俺は、さらにその上があることを思い知らされた。
「失礼ですが、おいくつですか?」
「私ですか?」
「あ、いえ、興味本位ですので、答えなくても結構です」
「いえいえ。今年で29です」
「なんと。お若いのに立派で」
「お客様もお若いですよ。何言ってるんですか」
「いえいえ。ありがとうございます」
「私、アレルギー持ちなんですよ。乳製品が全然ダメで。そのせいかどうかわかんないんですけど、子どもの頃からお肉があんまり好きじゃなかったんです」
「なんと」
「その反動で、野菜ばっかり食べていたんですけど、大人になっていくにつれて、野菜にこだわり始めて、野菜が苦手な人でも食べられるような野菜を知ってもらいたいと思って、このお店を始めたんです」
目の前にあったナスを一本手に取って、目を細めてそう言った店員さん。
「あ、ごめんなさい。お客様にこんな話聞いてもらっちゃって」
「お気になさらずに。良い話じゃないですか。夢を持つことは大事なことだと思いますよ」
「あはは。ありがとうございます」
頭を掻きながら照れ笑いをする店員さん。
「お名前聞いてもいいですか?」
「私の、ですか? 私、中野と申します」
「中野さん。その夢、叶うといいですね」
「ありがとうございます」
なんだかいい話を聞かせてもらったので、最初に手に取ったパプリカのピクルスを買って帰ることにした。レジで会計を済ませ、中野さんに見送ってもらって、店を後にした。
ビニール袋に入ったピクルスの重みを感じつつ、商店街を再び歩き出した。
どこか胸の中がほっこりと暖かく、スキップしそうな気持ちになったが、さすがに大人として、町長としてはそれはマズいと思いつつ、軽快に歩く程度で済ませる、そんな暖かい春の昼下がりであった。




