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一息つく頃に


11月の後半から始めた町の構造改革(っていうほどのものでもないけど)がここにきてやっと一段落した。

途中秋原さんが倒れるというハプニングもあったが、そのおかげで秋原さんと交際を始めるようになり、今日まで他の人たちの力を借りながらも無事にこの案件を落ち着かせることができた。

ここ最近ずっとどこかに出ていたり、町長室で書類とにらめっこしたりしていたこともあって、こうして町長の席にだらーっと座っていられることがすごい昔のことのように思えた。


「お疲れ様です」

「ん。ありがとう」


秋原さんがコーヒーの入ったマグカップを目の前に置いた。

秋原さんと交際を始めるようになったものの、特に仕事漬けの日が続いていたために、その、デートというものができていない。別に女の人と付き合ったことがないわけじゃないけど、過去に付き合ってきた人たちとは、やれデートだ、やれプレゼントだ、やれ記念日だ、というのを遠まわしに言われてきていたような記憶が多々あるので、そういうことを言ってこない秋原さんに少しだけ不安を覚えてしまう。

もしかしたら仕事仕事の毎日で、彼女として見れていないのを不満に思っていたりするのだろうか?

マグカップを手に取りながらボーっと秋原さんを見ていると、視線に気がついたのかバチコーンと目が合う。


「どうかしました?」

「ご飯粒ついてるよ」

「えっ!? うそっ、どこですか!?」


慌てて口元を拭う秋原さん。


「ごめん。ウソ」

「なんなんですか。ビックリしたじゃないですか」

「アハハ。ちょっと考え事をね」

「まだ何かありましたっけ? えっと……」


スケジュール帳をペラペラとめくって予定を確認する秋原さん。

そんなとこには……と思ったが、女性のスケジュール帳は基本的に書かれていない日はないほど予定で埋め尽くされていると聞いたことがある。

もしかしたら何か書いてあるのかも……


「特に何もないです、よね?」


その言葉にホッと胸をなでおろした。


「ホントどうしたんですか? もしかして何かやり残してることとかあったりします?」

「いやいや。こっちの話」

「……気になる」


ムスっとした顔をこちらに向けてくる秋原さん。

笑ってごまかしたが、もしかして秋原さんって、あの日のこと覚えてないとかそんなオチはないよな?

……ないよね?

そう考えると不安になってきた。あんな疲労困憊の状態で言われても覚えてない可能性とかありそうだもんな。むしろ夢だった、とか思われてたりして。

それなら今までの仕事の話しかしてないのにも納得がいく。納得がいきすぎる。

聞いてみるか?

ちょ、ちょっと冗談めかして聞くくらいなら大丈夫だよな?


「秋原さん」

「はい?」

「俺のこと好き?」

「ハァ!?」


……今、すごい声出したぞ。ちょっとびっくりした。


「そりゃ好きじゃないと付き合ったりしませんよ。恥ずかしいこと言わせないでください。なんか今日の町長は意地悪ですね」


おぉ!


「そっかそっか。ごめんね」

「そんなニヤニヤした顔で言われても誠意ゼロじゃないですか。まぁいいですけど」

「俺も秋原さんで良かったって思ってるよ」

「ありがとうございます。今日の町長はなんか変ですよ。そんなに人のことからかって楽しいですか?」

「だって本当のことですから」

「もう……なんなんですか……」


少し顔を赤くしながら自分のコーヒーを飲む秋原さんを見て、ニヤニヤが収まらない俺。

なんだか意識してしまうと意識しちゃうもんで、意識が止まらなくなる。

顔を赤くする秋原さんを見ていたら、ものすごく抱きしめたくなったが、さすがにここは町長室。そんなことが許されるわけがない。

偉い人に怒られちゃ……いや、待てよ。偉い人って俺じゃん。


「秋原さん」


名前を呼んで手招きをする。

コーヒーを置いて、俺の隣まで近づいてきた秋原さんを座ったままの俺がおもむろに抱きしめた。


「ちょっ! こんなところでやめてください! 誰か来たらどうするんですか!」

「誰か来たらノックが聞こえるから大丈夫ですよ」


その言葉に少しだけ抵抗していた秋原さんの抵抗が、ほぼ無になった。

秋原さんは、俺の腕の中で器用に反転すると、俺の膝の上に腰を下ろした。背中を向けて。


「ちょっと安心しました」

「何が?」

「若い頃は彼氏とイチャイチャとかもしてましたけど、この歳になってイチャイチャとか恥ずかしいじゃないですか。それに、今回の案件が落ち着くまでは仕事に専念しようって思ってたんですけど、いざ一息ついてみると、どうやって町長にアプローチしたらいいのかわからなくて……だから、正直嬉しいです」


背中を向けたままそう言う秋原さん。

なんだろ。とても抱きしめたくなる。もう抱きしめてるんだけど。

腕の力を少し強めると、その腕に秋原さんの手が置かれた感触が伝わってきた。


「これって、あんまりバレないほうがいいんですよね?」

「あー……どうなんだろ。町長と秘書の恋とか、ドラマみたいだよね」

「それを町長が言いますか」

「ですよねー」


アハハと笑っていると、おもむろに町長室の扉がガチャリと音を立てて開いた。

二人でその音がした方へと首が取れるのではないかというくらいの勢いで向くと、そこには『えっ? あっ、やべっ』みたいな顔でこちらを見ている榊君が立っていた。


「あっ……」

「あ」

「あ」


とっさに秋原さんが立ち上がってお尻をぱふぱふと払ったが、時すでに遅し。


「えっと……ちょうちょ……」

「榊君、待って。落ち着いて」

「榊くーん。町長いたー?」


内村さんが榊君の後ろから顔を覗かせた。


「なんだいるんじゃん。って、どうしたの? そんなに汗だくで」

「ほ、ほら、なんか暑いじゃないですか」

「それに町長と秋原さんまで……まさか、町長と秋原さんがやらしいことをしていたのをバッチリ見ちゃった的な? ハハハ、なんて……ね?」


榊君の汗が吹き出たのを見て、内村さんは真顔になった。


「えっ、マジすか?」

「ちょ、町長と秋原さんがそんなことするわけないじゃないですか!」

「さ、榊君、声デカ……」


これまたすでに時遅し。

内村さんの目がキラリと光ると、俺と秋原さんの前まで一気に詰め寄ってきて、あれやこれやと聞かれた。


「お二人はそーゆー仲だったんですか!? きゃー! 町長と秘書の恋! 本当にあったんですね! どうして教えてくれなかったんですか!? あっ、それで榊君は嫉妬してたわけ? 大好きな町長が取られちゃってさみしいもんね」

「寂しくないですよ!」

「ムキになっちゃってー。あっ、これにサインしてもらえます?」


内村さんの勢いに押されるがままにサインすると、陽気なステップを踏んで町長室から出て行った。


「ど、どうしましょう」

「と、とりあえず僕は何もぉおおおおおおおお!!!」


最後に榊君が何者かに引っ張られていくのが見えた。開きっぱなしになった町長室のドアを秋原さんが静かに閉めると、これまた静かに鍵をかけた。

そして笑顔で一言。


「どうしましょうか?」

「……バレても仕方ないかもね。腹をくくりましょう」

「ですね」


二人で苦笑いとも呆れ笑いとも言えるような笑みを浮かべた。

内村さんルートで解禁。

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