良いお返事
大変長いです。いつもの3倍あります。
「では、次のお仕事ですが……」
「……?」
色々な所へ挨拶やらなにやらで回っている途中、ふと秋原さんからの言葉が途切れた。
何かと思ってみてみると、スケジュール帳を開いたまま額をおさえた秋原さんが、ひどく真っ青な顔をしていることに気がついた。
「秋原さん? 大丈夫?」
「大丈夫です。次は……あー商店街の会長さんとです」
「いやいや。大丈夫じゃないでしょ。商店街には俺が行くから、町役場に戻ってていいですよ?」
「大丈夫ですって。このくらい平気です」
でも心なしか目をつむっている時間が長い。それにトロンとした目つきだし、なにより顔が青白い。
これはいけない。
「じゃあ商店街に行くのは明日にしよう」
「ダメですっ。明日には明日の予定が……」
そう言ってスケジュール帳を取り出そうとする秋原さん。しかし力が入らなかったのか、滑り落としてしまった。
それをしゃがみこんで拾おうとした秋原さんよりも先に、俺の手がそれを手に取る。
「町長……」
「スケジュールはいいから。町役場に戻ろう。今日の予定はキャンセルするから」
「でも」
「でも何? 文句でもあるの?」
「……いえ。わかりました」
と、言って渋々了解してくれた。
移動は全て秋原さんが手配してくれた運転手付きの車での移動だったため、今日の業務を全てキャンセルしたことを告げて、町役場へと乗せてもらい、そのまま帰ってもらった。
フラフラな足取りで歩く秋原さんの手を取り町役場へ入ると、入口に一番近いところにある住民課の二人が気づいて声をかけてきた。
「おかえりなさい……って秋原さん!?」
「ただいま。ちょっと頑張りすぎちゃったみたい。なにか飲み物とか買ってきてもらってもいいかな?」
「それやったら俺に任せとき!!」
声の主は、通路の奥からやってきた企画課の佐々木君。秋原さんのピンチを匂いで感じ取ったとでも言うのだろうか? ものすごい良いタイミングであった。
「えっと、じゃあお願いできる?」
「買ってきてあげますんで、秋原さんに手出ししたら許さんからなぁ!」
「佐々木君。キミ、こんなときにまでよーそんなこと言えるなぁ」
「香我見クン! こんな時だからこそ釘を刺しとかへんと」
「はいはい。わかったから。はよ行くで」
「ほんなら秋原さん! 待っててくださいね!」
「いてきますー」
ものすごいスピードで駆け抜けていく佐々木君とそれをゆったりとした足取りで追っていく香我見君。
台風と停滞前線のような対極的な二人を苦笑いで見送り、住民課の二人に町長室にいることを伝えてから階段を上った。
町長室に入ると、ソファに秋原さんを横にし、靴を脱がせた。
「……すみません」
秋原さんが小さな声で言った。
「何が?」
「ご迷惑をかけてしまって……」
「あんな喜んでる佐々木君には迷惑はかかってないですよ。香我見君はどう思ってるかわかんないけど」
「そうじゃなくて」
「今はいいから。仕事のことは忘れて一回寝なさい」
「……すみません」
また小さく謝ると、背もたれ側に身体ごと顔を向けた。
俺はロッカーからブランケットを取り出すと、秋原さんにそっとかけた。
それを手で掴んだ秋原さんは、肩が隠れるくらいまで引き上げた。
するとバゴンと荒々しくドアが開き、ドア以上に荒々しく息を荒げた佐々木君がビニール袋を突き出していた。
「ハァハァ……秋原さん、買うて来ましたよ」
「ただいまですー」
「香我見クン! 君は何もしてへんやろ! ボクが全力疾走して戻ってる最中に途中で折り返して戻ってきただけやないかい!」
「騒がしいねん。君が早すぎるだけやろ」
「なんやとぉ!」
「あー悪いんだけど、ちょっと静かにしてもらえるかな?」
「そんな……」
「……はい。わかりました。ほら、帰るで」
「うん」
そう言ってビニール袋をテーブルに置いた二人は静かに出て行った。
ドアの向こうで『町長さん怖いわー』『キミがうるさいからや』と声が聞こえた。そんなに強く言ったつもりはなかったんだけどな。
そんなわけで置いていってくれたビニール袋を取り、中身を確認すると、スポーツドリンクを始め、お茶、野菜ジュース、豆乳、栄養ドリンク、風邪薬、頭痛薬、パン、シュークリーム、ヨーグルト、プリン、桃缶などが入っていた。どこまで行ってきたんだ。
「何か飲みたいものあります? なんでもありますけど」
フルフルと背を向けたまま頭を横に振る。喉は乾いてないと。ということは吐き気もないから大丈夫だな。
食欲は……まぁ聞かなくてもわかるか。
俺はソファの横に椅子を持ってきてそこに腰を下ろした。
きっと頑張りすぎて体調を崩したんだろう。
「頑張り過ぎは良くないですよ」
秋原さんからは返事はなかった。
その代わりに鼻をすする音が聞こえた。
……泣いてる?
もう一度鼻をすする音が聞こえ、やはり泣いているのだということが分かった。
俺は秋原さんの頭に手を置いて、ポンポンと小さい子をあやすように撫でた。
「秋原さんが気にすることじゃないですよ。それに秋原さんが頑張ってるのはみんな知ってますから。ちょっとくらい休んでも平気ですよ」
手で手元を拭ったような仕草を見せたので、ポケットからハンカチを取り出して目元を拭おうと手を伸ばすと、既のところで伸びてきた手にハンカチを取られてしまった。そのハンカチで目元を拭った秋原さんがゆっくりと起き上がった。
そして潤んだ目でテーブルを見つめたままペコリと頭を下げる。
「ありがとうございます」
「いえいえ」
「そしてすみませんでした」
「いえいえ」
「……パン、食べてもいいですか?」
「ふふっ。どーぞ」
ビニール袋からあんぱんを取り出して袋を開けてパクリとかぶりついた。
お腹は減っていたのか。これはわからなかった。
「お腹、空いてたんですね」
「……お昼時でしたし、朝もゆっくり食べられなかったので」
「そんなに仕事キツキツにしてたの?」
そう聞くと申し訳なさそうに首を縦に振った。
「無理し過ぎはダメって言ってたのはどこの誰ですか」
「すみません」
「なので、今日の仕事は全部キャンセルします」
「それだと予定が」
「いいんですよ。そこまで早く進めることじゃないですし、俺が頑張らなくても町自体は良くなっていくんですよ。だから一日ぐらい休んでも大丈夫ですって。予定はまたあとで組み直しましょう」
「町長……」
少し横になったおかげか、秋原さんの青白かった顔にも赤みが戻ってきて、調子は戻りつつあるようだった。あんぱんのおかげかもしれないけど。
しばらく無言で、秋原さんがあんぱんを食べる音が聞こえるぐらいだった。外からは車の音や、人の声が聞こえるが、町長室の中はとても静かだった。
あんぱんを食べ終わった秋原さんが、豆乳に手を伸ばしてそれを飲んだ。
「落ち着きました?」
「はい」
「でもまだ休んでてくださいね」
「……はい」
そう言うと素直に横になっててくれた。
「寒くないですか?」
「大丈夫です」
横になっている秋原さんと目が合い、少し気まずくなって、また無言になってしまった。
……言うなら今だろうか。
「聞いてもらってもいいですか?」
「えっ、はい。どうぞ」
「おほん。えっと、俺、じいさんからこの町長の仕事を引き継いで欲しいって言われてから……って秋原さんは知ってますもんね」
「町長よりこの仕事は先輩ですからね」
「はは。で、この仕事って人脈が大事なんですよ。昔からこの町に住んでいたせいもあってか、商店街の人たちとは顔なじみみたいなところがあったので、そこは特に問題ありませんでした。で、じいさんから教えられたことが『人脈は大事』っていうことと、もう一つ似たようなことで『情報屋とのつながり』だったんです」
そこで一呼吸おく。
「情報屋って言っても別に暴力団と繋がってたりするわけじゃなくて、そーゆー噂話とか情報とかに敏感で詳しい人たちと俺は繋がってるんですね。ときどき連絡したり、何かあったら即教えてもらったりしているんです。だから情報戦ではこの町でなら誰にも負けないくらいの情報は持っています」
俺は頭をポリポリとかく。
「まぁ何が言いたいかっていうと、俺はそーゆー裏の顔も持ってますし、正直勝つためならなんでもします。犯罪にならない程度ですけど」
「はい」
「えっと、そういうことを秋原さんには知っておいてもらいたいんです。俺はそーゆー人間です。もしかしたら秋原さんの見てきた俺とは違うかもしれません。だからその、それでも良ければ俺とお付き合いしてくれませんか?」
言うまでは勢いで言えたからよかった。
言ってから恥ずかしくなってきて、秋原さんの答えを聞くまでに顔が赤くなっていくのがわかった。
「町長」
「はい」
「それはお返事として受け取ってもいいんですよね? 私を安心させるために言ってくれてるわけじゃないですよね?」
「そんなわけないですよ。これは、ちゃんと秋原さんを一人の女性として見ての俺からの返事です」
「そうですか」
目を閉じて口元までブランケットを引き上げる秋原さん。
そして言う。
「こちらこそよろしくお願いします」
口元はブランケットで隠れてて見えなかったが、照れているように見えたので聞き間違いではなさそうだった。
「えっ、あーはい。こちらこそよろしくお願いします。って、なんか恥かしいですね」
「この歳になってこんなに照れることがあるなんて思いませんでした」
「あーそうですか。OKですか」
素直に嬉しい。
まだ心臓がドクドクいっているが、秋原さんの額に手を伸ばした。
触れると少し暖かく、俺の手が少し汗ばんでいるのが分かった。
「町長の手、少し湿ってますね」
そう言われてすぐに手を離した。
「すみません」
「いえ。手、握ってもらってもいいですか」
そう言ってブランケットから出てきた手を、一度ズボンで拭いた自分の手で握った。
ブランケットから覗かせた口元に笑みが見えて、俺まで口元がニヤついた。
「何ニヤニヤしてるんですかー」
「秋原さんだってしてるじゃないですか」
「だって……嬉しいんですもん」
「俺だって同じです」
「よっ……」
手はつないだまま身体を起こした秋原さん。起き上がるのを手伝おうと背中に手を当てた。
すると秋原さんの顔が思ったよりも近かくて、近距離で目が合ってしまった。
そしてそのまま唇と重ね合わせてからゆっくりと抱きしめた。
「あんまり無理しないでください。心配するじゃないですか」
「気をつけます」
そう言って二人で小さく笑いあった。
長くてごめんなさい。
キリのいいところまで書いたらこんなんなっちゃいました。
まだ誰にも言ってないので誰にも噂されてません。キリッ。




