会議と想い
上層部のご意見番的な人たちと秋原さんを交えた会議が今日の午前に開かれた。
結果から言うと、俺の意見は採用された。
鹿島さんが結局俺の話を聞いてくれないまま解散となったので、ほとんどがまとまっていない状態のまま、ぼんやりとした感じのことを伝えたあと、ご意見番の人たちからあーだこーだと付け加えられ、膨らみに膨らみきった内容を全員でスッキリさせたことで落ち着いた。
そして今俺の手元にはその決定事項がまとめられた三枚の紙がある。作成は秋原さん。有能な秘書はとても仕事が早い。
一枚目は企画案のタイトル。
『うろな町の治安の維持・回復について』
そう書かれている。
二枚目から内容が細かくかつわかりやすく、箇条書きで書かれている。
『治安維持のためにすべきこと』
・町内の警備の強化
・不審者の早期発見
『治安回復のためにやるべきこと』
・近所付き合いの強化
・意見箱の作成
・町民との意見交換の場を設ける
・教育機関との連携強化
三枚目には、没案などのやろうと思ったが現実的に無理だということで却下された案などがまとめられていた。
簡単に要点をまとめてみたが、本当はもっと事細かに書かれている。あの会議の内容をこれだけの枚数にまとめてくれた秋原さんにはとても感謝している。
その用紙をペラペラと読みながら、各所へ挨拶に行ったことを思い出していた。
あらかじめ電話でアポをとり、警察署の所長さん、うろな町にある四つの教育機関の校長、町内会長さんとそのお友達、あとは鹿島さんへは電話、南地区の大きな工場の工場長さん数人、鉄道と地下鉄の担当者など。
いろいろなところへ説明と協力をしに行ったということもあって、ちょっと疲れた。
でも問題はここからなのだ。
内容としては当たり前のことばかりなのかもしれないが、いざ実行するともちろん問題は出てくる。
ほとんどの連携の中心を俺……というか、町役場の町長としているため、俺が動き回らなきゃいけないのは確かだし、今日行ったとこの人たちに任せすぎてもダメだ。俺の負担が重くなるのはいいとしても、『町長命令だから』とか『町長がやれ、って言ったから』というような受け取り方をされて、変に強制感が生まれると人間はサボったりごまかしたりしたくなるものだ。それで連携が崩れてもダメだ。
だから俺が頑張んないと、いけないんだ。町長だし。
コトン。
そう考えて、頭の中でいろいろと今回の件について考えを張り巡らせていると、目の前にいつも使っているマグカップが置かれた。
視線を上げると、そこに秋原さんが立っていた。
「町長。考えるのもいいことですけど、考えすぎは良くないですよ。ちょっと休憩しませんか?」
「……あー、はい。ありがとう」
「甘くしてます」
そう言ってマグカップを手に取り、口を付けると、ミルクは入っていないが、砂糖で甘くされたコーヒーの味がした。いつもよりも結構甘い。いつもはブラックだけど。
「あまっ……」
「頭を働かせたら甘いものをとるのが効率的なんです」
「でもこれ、甘すぎない?」
「だから甘くしてますって言ったじゃないですか」
「加減があるでしょうに……」
ウフフと笑って、ちゃっかり自分の分も入れていたようで、応対用のソファに腰を下ろしてそれを飲んでいた。
俺も息抜きということで、秋原さんの向かいのソファに移動して、甘すぎるコーヒーを一口飲んだ。
そして一息ついたところで、秋原さんに聞いてみた。
「今回の件、うまくいくと思います?」
「私はうまくいくと思います」
「そう?」
「はい。というか、もう少し皆さんを信用してあげたほうがいいと思います」
「信用してますって」
「ホントですか?」
なんかこんなこと鹿島さんにも言われた気がする。
「……昨日、鹿島さんにも同じようなこと言われた」
「多分、そう思ってるのは私だけじゃないと思いますよ。商店街の人も警察署長さんも工場長さんも校長先生もみんなそう思ってます」
「そんなに?」
「そんなにです。町長は全部自分でやろうとしてるんです。だから私もお手伝いはしますが、本当に核心をついていてすごい大事なところには手は出させてもらっていない感覚はあります。もちろん町長がご自身でやるのが一番なんでしょうけど、もうちょっと頼ってくれてもいいのにな、と思うこともあります。これは私の考えなので、ほかの方がどう思ってるかどうかはわかりませんけど」
鹿島さんに言われたようなことを、秋原さんからも言われた。
言った秋原さんは、コーヒーを一口すすって背もたれに背中を預ける。
「町長はちゃんと働いてるのは皆さん知っているんです。でも何をしているのかまではわからないし、町を良くしたいっていうのは伝わってくるんですけど、具体的にどうして行きたいのかがわからないんです。だから今回のことを説明されて、やっと町長のことがわかったって思っている人も少なくはないと思います」
マグカップに口をつけたまま俺をジッと見つめる秋原さん。俺の反応を待っているようだ。
「えっと……秋原さんもその一人っていうこと?」
「私は町長のお仕事を管理するのが仕事なので、お仕事の端々から内容を読み取ることはできてました。でも町長ご自身の考えを聞けて嬉しかったのかと言われれば、答えは嬉しかった、ですね」
「そっか。なんかすみませんでした」
「いえいえ。町長は優しい人なので、それは私以外の方たちもわかってると思います。頼ってもらって嬉しい人もいるはずです。私を含めて」
そう言って、マグカップに口をつけたままニコッと笑い、一口飲んだ。
俺は大げさに一度ため息をついて、背もたれにドサっと寄りかかった。寄りかかると、肩に力が入っていたのに気がついて、マグカップを置いて大きく伸びをした。
「そっかそっか。俺って、人への頼り方がよくわからないんですよね。だからなんでも自分で解決しようと思ってたのかもしれないです。ごめんなさい」
「ふふふ」
「でも、ここは町で、俺は町長で、でも実際に町で暮らしてるのは町民で。だから本当は町民が自発的に動くのが最善だと思ってたんですよ。だから俺はその町民が動きやすいような町にしようって。でも実際は、町民からしてみれば、町長が町を動かしてそこで町民が住む、っていう感じなんですかね? ……って全然意味わかんないですよね。とどのつまり、俺はもっと町民全員を信頼してもいいってことなんですよね?」
一気に言った。
思いついたことをそのまま言ったからよくわかんなくなったけど、言いたいことは言えた、と思う。
聞いていた秋原さんが、マグカップを置いて、膝に手を置いて姿勢を正して言った。
「私、町長のこと、好きです」
「……え?」
「町長としても、人としても、好きです。ずっと見ていて、ずっと一緒に仕事をしてきて、ずっとそばにいて。でも全然考えてることがわからなくて、ちょっとモヤモヤしてた時もあったんですけど、今日こうやって町長の考えてることがわかって、やっと気持ちが落ちついたような気がしました」
まっすぐ俺を見ている秋原さん。しかし少し顔が赤いような、赤くないような……。
「別に答えが欲しいわけじゃなくて、その、言いたかっただけです」
「えっ!? なにそれ!?」
「あー、絶対言われると思いました」
「いやいやいや、だってそうでしょ? 何、俺、どうしたらいいの?」
「えーっ! やめてくださいよ。私に聞かないでくださいー」
なんと身勝手な。
「いや、だって、そんなこと言われて答えなくてもいいって言われても、困るっていうかなんていうか……」
「支障出ます?」
「……少しは」
「ですよね。じゃあ、今回のこの件が落ち着いたらお返事ください」
「落ち着いたらって……」
「落ち着いたらです。一息つけるぐらい落ち着いたらです」
真剣な目で俺を見る秋原さん。
俺は答えた。
「じゃあ落ちついたらお返事をさせていただきます」
座ったまま頭を下げる俺。
「よろしくお願いします」
それに対して同じように頭を下げる秋原さん。
そしてハッとして頭を上げて付け加えた。
「もし残念な結果でも、この仕事は続けさせてください!」
「も、もちろん! 秋原さんほど優秀な秘書さんはいないと思ってますからっ」
「それはありがたいです」
「というわけで、頑張らせていただきます」
また互いにペコリと頭を下げた。
頭をあげた時に、目が合ってしまい、どちらともなく苦笑して目を反らした。
これは、残念な結果になんてできないだろ。
俺は心の中でそう呟いた。
フラグ、立てました。




