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町と治安と秘密主義

「なんか最近町の治安が悪いんじゃないか?」

「……」


友人の鹿島さんと商店街にある居酒屋に来ていた。

今日は鹿島さんの方から話があるということで、一緒に酒でも飲みながらということで落ち着いた。

そして乾杯のあと、開口一番にこれを言われた。

俺だけでなく、秋原さんを始めとした町役場の一部の社員、はたまた商店街の噂、そして俺が得た情報でも、そこら中でこのことは話題に上がっていた。

俺はなにも言えずにビールが入ったジョッキをゴトンと置いた。

鹿島さんは、最初のビールをほぼ一気飲みで飲み終え、熱燗を猪口ちょこに注いでいた。


「まぁあんたのことだからもうわかってるとは思ってるけど、そろそろ動いたほうがいいんじゃないの?」

「ハハハ。なにも言えないですねぇ」

「まったく動いてないってわけじゃないとは思うよ。でも町民とかからも不満の声は聞こえてるんだろ? 俺でも知ってるレベルまできちゃってるんだし」


鹿島さんが知ってて俺が知ってないことは、ショッピングモールの従業員の勤務態度とかそこらへんの情報だ。それ以外なら、鹿島さんに負けず劣らずの情報は得ている。しかも俺のほうが手広い。


「こーゆー治安維持ってさ、警察とかにお願いするのが手っ取り早いんだろうけど、警察も警察で仕事があるんだろうし、すでに対処を始めてるんだとは思うんだよ」

「そう、ですよね」


まるで心の声を代弁されているかのようだ。自分と喋ってる気分。


「無理言ってるわけじゃなくてさ、これは友人としての警告、っていうか素朴な疑問だと思って聞いてくれな」

「はい」

「……お前、緊張すると敬語戻るのか?」

「え?」

「いや、さっきから俺がお前を責めてるみたいになっててさ、気がついたら敬語になってんじゃねぇか」


さっきまでのシリアスな雰囲気から一転、鹿島さんはつまみの枝豆の殻を俺のジョッキの目の前にポイッと投げて言った。

言われてみれば敬語になってたかも。


「そうかもしれない。でも意識してじゃないし……」

「町長って言っても普通の人間だもんな。まぁ無理に敬語をやめろって言ってんじゃないし、そっちのほうが楽だって言うならもう敬語のままでもいいさ」

「別にそういうわけじゃ……」

「そのへんは好きにしたらいいさ」

「俺は鹿島さんと仲良くなりたいって思ってるよ」

「ふん」

「だから、その、なんてゆーか……日本語って難しいな」


俺が言葉に詰まって頭をポリポリとかくと、鹿島さんは小さく笑って少し冷えたであろう猪口の中の酒をぐいっと飲んだ。


「フフ。まぁいいさ。ちょっとは肩の力抜けたかよ」

「ん?」

「シリアスな話したら、本気で悩んでるみたいだったからよ」

「あ」

「そーゆーときの友達じゃないのかよ」

「あはは。面目ない」

「でもさっきの悩み方を見てると、秘書にも相談してねぇのか?」

「なんでもわかるんだな。秋原さんにもコレは相談してない。まずは俺のほうで考えをまとめて、それからみんなに伝えて、実行なり検討なりをしてもらおうと思ってる」


今の考え。

漠然とだけど考えていることはある。

しかし、鹿島さんは大きくため息をついた。


「お前さ、町長としてはすごい手腕だと思うし、根回しも良いし、人あたりも良いし、頭の回転から何までも、俺はすごいと思ってるよ」

「いやいや、そんなことは。みんなが頑張ってくれてるからだって」

「そこなんだよ。この際だからはっきり言わせてもらうけどよ、口ではそう言ってても実際はさっきみたいにまとまるまでは誰にも相談しない。きっと完璧主義なんだと思うけど、俺から言わせてみればただの秘密主義者だ」


鹿島さんはズバズバ続ける。


「町長としては完璧だ。でもお前自身は顔に出やすいタイプだし、どっか抜けてる人間だ。いい意味ではとっつきやすい人。悪い意味では不安な人だ。どこまで踏み込んでいいかわかんねぇから、誰も聞かないし文句を言ったりしないのかもしれない、と俺は思う。きっと秘書さんなんかは、お前が悩んでるのぐらいは気がついてるんじゃないか? でも聞いていいかわかんないから聞かないんだろうし……まぁ立場上ってのもあるかもしんないけど、心配はしてると思うぜ。一番町長を近くで長く見てるんだからな」


心にグサッと刺さった。

言葉の端々とかではなく、大きな矢が心を打ち抜いたような感覚。

きっと核心どころか、それが真実だったんだろうと錯覚するくらいの正論だった。


「……まぁ、こんなこと言っておいてなんだけどさ、ヘコむなよ?」

「ヘコんでませんよ。大丈夫です」

「あと、これからも仲良くしてくれな」

「ハハハ。それはどうかなぁ」

「おいおい。勘弁してくれや」

「それは置いといて」


ここで落ち着く……いや、気持ちを高めるためにグイッと一杯ビールを飲む。

そして潤った喉で話す。


「とりあえず明日。町役場の重役で会議してみることにする。みんながどう思うかはわからないけど、俺の意見を聞いてもらう。もちろん秋原さんにも」

「おーおー。その意気だ。まだ町長としては若いんだから、わがままだろうがなんだろうが言っちゃえ言っちゃえ」

「というわけで、今日はその話を詰めたいんだけどいい?」

「ダメ」


まさかのNO。


「うっそ! ここはOKしてくれる場面でしょ!」

「俺の質問に懇切丁寧に答えてくれたら話聞いてやるよ」

「質問?」


ニヤリと笑って顔をグイッと近づける鹿島さん。


「あの秘書さんのことなんとも思ってないのか?」


口をポカンと開ける俺を見て、ニシシと笑って猪口に注いだ酒に口をつけた鹿島さん。

この顔は『俺が聞きたい答えが返ってくるまでは返さない』と言いそうな顔だ。


「別に秋原さんとは」

「すみませーん! 熱燗おかわりー! あっ、猪口もう一つください」

「えっ!? 俺、明日も仕事だって言ったじゃん!」

「俺だって仕事だよ。お前が早く答えて、お前の案をさささっとまとめたら早く帰れるぜ。なに、まだ8時だろ。余裕だ」


ニヤリと笑みを作る鹿島さん。

今日の夜は長くなりそうだ。俺は心の中でそう考えた。



YLさんより鹿島さんをレンタルしました。


町長は完全に秘密主義タイプです。

ごまかすのが超得意なタイプです。

でも身内には弱いタイプです。

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