入籍に立会い
日にちはさかのぼって19日。
町長室でいつものように仕事をしていると、乱暴にドアが開かれた。
こんなに乱暴に開くのは、企画課の二人かと思って呆れた顔をしていたら、なんと秋原さんだった。
「町長!」
「ノックはしましょうね」
「そんなことより大変です! 梅原さんと清水さんが結婚するらしいですよ!」
「そんなことって…えっ?」
「なんか人だかりできてません?」
「ほ、ほんとですね。さっきはこんなに人いなかったんですけど」
住民課の榊君のところでいろいろと手続きをしているらしく、階段を降りてそこへ向かってみると、すでに少なくはない数の人だかりができていた。
「あら、町長さん。聞いたかしら?」
「あの梅原先生が結婚するんですって」
「小梅ちゃんの入籍を目撃できるとは」
「エロ清水が結婚だってよ!」
「拡散希望でネットの海に漏洩しろ!」
人だかりからはいろんな声が飛び交っていた。
そして隣では秋原さんが小さくため息をついて言う。
「梅原先生も結婚かー。おめでたいけど、なんかおいてかれちゃった気分だわ…」
「大丈夫ですよ、秋原さん。短冊の願いはきっと叶いますって」
「町長! その話は内緒だって言ったじゃないですか! 私のお願いはうろな町の平和です!」
「ははは。そうでしたね」
秋原さんにバシバシと叩かれているうちに、書類のチェックが終わったようで、榊君が仕上げの判子を取り出して書類に押すだけとなった。
しーん…
「ごくり…」
なぜかシーンとしてしまい、誰もがこの瞬間を待ちわびていたかのように静まり返った。
誰かのつばを飲む音も聞こえるくらいだ。
後ろ姿でわからないが、きっと二人も緊張していることだろう。目の前で見てるし。
ぽん。
榊君はこの空気に気づいていなかったのか、とてもスムーズにかつあっさりと判子をおした。
その瞬間、ギャラリーからは『おー』という歓声にも似た何かが聞こえた。
そしてニコニコ顔の内村さんから一通りの説明があり、妊婦の梅原さんに母子手帳やらなにやらを渡していた。
「町長さん」
ふいに呼ばれて振り向くと、そこには商店街の人達が数名いた。そして手には花束を持っていた。
「どうしたんですか? 花束なんて持って」
「清水と小梅ちゃんが結婚するって聞いたからよ、駆けつけてきたんだよ」
「あたしは花束をね」
「えっ? こんな短時間で作ってきたんですか?」
「商店街舐めるんじゃないよ。そこらへんの洒落た肩書きを持ってる輩なんかよりも、スピードもテクニックも数倍上だよ」
「お見それしました」
俺が頭を下げると、目の前に花束が差し出される。
「はい?」
「ここは町を代表して、町長さんに渡してもらいたんだよ」
「俺ですか? でも、俺は花とか似合わないですし…」
「なーに固いこと言ってんだよ。そしたら俺なんかどうなるんだよ」
「あんたは花よりも大根の葉っぱがお似合いだよ」
「八百屋なめんじゃねぇぞ!」
「「アハハハハハ」」
そのやりとりを見ていた何人かから笑いが起こる。
そして花束を俺に押し付けようと、花屋の奥さんがグイグイと力を入れてきた。
「ほらー、早くしないとタイミング逃しちゃうだろよ」
「でも…あっ! そうだ! じゃあこの花束、渡してきますね! ありがとうございます!」
俺は花束を受け取ると、最前列へと戻って秋原さんに花束を渡した。
そして事情を説明して、秋原さんから花束を渡してもらうようにお願いをした。
「私ですか?」
「そうです。町長命令です」
「こーゆーときに使ってどうするんですか。職権乱用ですよ」
「まぁまぁ。女性から女性へ花束を渡したほうが見栄えがいいじゃないですか」
「まぁ…そうですね。わかりました」
そして秋原さんが梅原さんの元へと近づいていく。
「梅原さん…じゃなかった、清水さん、おめでとうございます」
「あ、秋原さん! ありがとうございます」
花束が贈呈された。周囲からは祝福の拍手が鳴り響いた。それと同時にシャッターがパシャパシャとなっていた。デジカメだったり携帯だったり。
国家外交みたい。
俺は俺で、旦那さんの清水さんに声をかけた。
「清水先生もおめでとうございます。」
「町長、ありがとうございます。でも役場でこんなに大騒ぎしていいんですかね?」
「今回は秋原さんも見逃してくれてることですし。町に多大な貢献をしていただいた、お二人への感謝の現れとして受け取っていただければ」
祝福の拍手ならぬ、祝福の握手をしようと手を差し出すと、快く手を握ってくれた清水さん。
これまたシャッター音が鳴る。国家外交みたいだ。
その後、写真撮影会が始まってしまい、町役場は大騒ぎとなったが、みんな笑顔で、楽しそうで、こんな日があってもいいか、と思えるような瞬間だった。
なにやら企画課の方がうるさかったが、それはまた別の話である。
YLさんの清水と梅原先生をお借りしました。
おめでとーございますー。




