動物園とカメ
「……」
『よう!』
俺は夢でも見ているのだろうか?
目の前に女の子が現れたと思ったら、頭の上のハムスターが急にしゃべりだした。しかも身振り手振りを交えて。
「町長。大丈夫ですか?」
「えっ、うん、大丈夫…?」
後ろに立っていた榊君に背中を叩かれて意識を戻す。
すすと目の前のハムスターが腹に手を当てて笑いながら言った。
『ハハハ! 初めて見る顔だな! 俺の名前はハム太! こいつはヒナタだ! よろしくな!』
「あ、どうも、ハム太さんですか。この町の町長です」
『あんたが噂の町長か! 前にオバハンに追いかけられたって聞いたぜ!』
「その節はどうも…」
ペコペコとお得意様に挨拶するように頭を下げていると、後ろの榊君がプッと吹き出した。
「えっと…ここは草薙さんちで合ってます…よね?」
『おう! テンちゃんに用か?』
「テンちゃん?」
もう頭の上には『?』しか浮かばない。
ハムスターVS『?』。
勝てるわけがない。
「そのテンちゃんはいますか?」
『ちょっと待ってな!』
そう言って家の奥へと下がっていくハム太とヒナタちゃん。
その後ろ姿を見送って少し待つと、男の子を連れて戻ってきた。
彼がきっとテンちゃんだろう。
「どうも、町長です。さっき電話したんだけど…君がテンちゃん?」
「はい。草薙天兵です。はじめまして。それでお願いというのは?」
この子は普通みたいだ。良かった。
でも足元にいる猫に足を叩かれているように見えるのは気のせいだろうか? 本人が気にしてないみたいだし、いっか。
「えっとですね…」
そう言って少し横にずれて、後ろにいる榊君の足元にいるカメを見せた。
ハム太とヒナタちゃんも覗いてくる。
「あっ、ワニガメ」
『でっけぇカメだなぁ! サイコとは比べもんにならないじゃないか!』
「サイコ?」
「うちで飼ってるミドリガメです。大きいカメですねー。どうしたんですか?」
俺は天兵くんに、ここに来るまでの経緯を話した。
「というわけで、ここで一緒にお世話してもらえないかと思って」
「この子、大丈夫ですかね? ワニガメって結構凶暴だって聞きますけど…」
天兵くんも、さすがにワニガメを見るのは初めてみたいで、恐る恐るという感じが見て取れる。
「とりあえずは何も被害は出てないよ。それに車でここまで来たんだけど、大人しかったし。榊君が持って歩いても身動き一つしなかったかな」
「それなら…大丈夫かな?」
そう言ってヒナタちゃんとハム太のほうを見る天兵くん。
ヒナタちゃんが天兵くんのほうを見ると、頭の上のハム太が大きく頷いた。
ハム太って、もしかしてヒナタちゃんが動かしてるのか? 難しい。
「ハム太も大丈夫だって言ってますし、多分大丈夫だと思います」
「ご両親に聞かなくていいの?」
「うちのお父さんもお母さんもきっと困ってる動物がいたらこうしてると思います」
よく出来た息子さんだ。
「じゃああとはみんなに紹介しないと…」
「みんな?」
そう言うと、俺と榊君とワニガメを連れて、一行は庭の方へと移動した。
庭には、何か察知していたのか、たくさんの動物が集まっていた。
馬に豚にモモンガにリスにエトセトラ。
あの時のニワトリもいた。
「みんな! 今日から仲間になったから、よろしくねー」
天兵くんがそう言うと、動物たちからざわざわという声が聞こえてきた気がした。
そしてその声に挨拶するかのように、ワニガメがぐあーっと口を開けた。
きっと挨拶をしたんだろう。人間には聞こえない動物達の世界が広がっているんだと思った。
すると、さっきまで天兵くんの足をバシバシと叩いていた猫が、ワニガメの甲羅の上にぴょんと乗って、器用に丸くなった。
「おー。ぎんがなついてる。これは珍しい」
「これ、なついてるの?」
「ぎんってば、あんまり動かないから」
「へぇー」
『コケーッ!!』
「うわっ!!」
丸く収まりそうになったところに、ニワトリが顔めがけて飛んできた。
思わず倒れると、他の動物たちもちょこまかと集まってきた。
「えっ! ちょ、なにっ!? 何が起きてるの!?」
「あはは。みんな町長さんを歓迎してるんですよ」
「そ、そうなのっ!? って、馬は危ないって! 蹄が危ない!」
こうして草薙家を出た頃には、顔が何かのよだれでベタベタになっていた。
「町長。おつかれさまでした」
「…うん」
裏山さんの天兵くんとヒナタちゃん、ハム太とその他動物たちをお借りしました。
あとは任せたぜよ!!




