表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
129/129

帝国記(終 話) 始まりの都(下)


 木陰で休憩をとっていると、旅装の母娘が僕の前を通りすぎ、その先で足を止める。


「ねえ、お母さん。この木はなあに?」


「これはグリードルの木よ。帝都ができた時からあるの」


「私達の国の名前と一緒だね!」


「ええ。そうね」


 そんなふうに楽しげに話しながら、再びどこかへと歩いてゆく。そういえばグリードルの名前の由来は、皇帝の出身地にある巨木だったっけ。何かの書物で読んだ気がする。


 ……そろそろ新しい本が読みたいな。


 いやいや、それどころではなかった。まずは仕事を見つけないと。書物どころか今日のご飯も食べられやしない。


 話に聞いた通り、帝都はまだまだ拡張している。僕みたいな流れ者でもすぐに雇ってもらえそうではある。


「さて、と」


 あんまりのんびりしてはいられない。僕はゆっくりと立ち上がり、流れ者の集まりそうな場所を探して歩き出した。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



「スキット様」


 そのように呼ばれたスキットは、顔を顰めて苦言を呈する。


「様はやめろって言ってんだろ、ルービス。せめて旦那と呼べ」


「お断りいたします。私にとってスキット様はスキット様です」


 何十年も日々の挨拶のように交わされる会話。隣で聞いていたミトワが穏やかに口を挟む。


「よくもまあ、毎日毎日同じやり取りをして飽きないものですな」


「うるせえ」


「ミトワには関係ありません」


 両者から睨まれたミトワは肩をすくめると、話題を転じた。


「ところで、ルービスは何か報告があったのでは?」


「あ、そうでした。最近、いくつかの酒場の帳簿が合わないらしくて。くすねているやつがいるみたいです」


「ああん? なら締め上げりゃあいい」


「そうしたいところですが、いつから金額があっていないかわからなくて。もう、盗んだ当人はどこかに逃げたのかもしれません」


 スキットは小さく舌打ちして、首をぐるりと回す。金勘定は、秘書をしていたピピアノットの仕事だった。かつてどこかの国の大きな商会で、似たような事をしていたらしい。


 だがピピアノットは老境を迎え、己の最期を故郷で過ごすと決め、すでに帝都にはいない。


 金の動きが雑になったから、少しくらい懐に入れてもバレないと思うやつが出てきたのか。


「とにかくそりゃあ、俺たちが舐められてるってことだな。この裏町を誰が仕切ってんのか、一度再認識させねえとダメか」


「かもしれません。帝都には日々新顔が入ってきますから」


「これもあのドラクのばかが、考えなしに帝都を拡張するからだ」


 スキットの言葉に、ルービスが少しだけ目を見開いた。


「なんだ?」


「いえ、スキット様の口から、ドラクの名前が出るのは珍しいなと思ったので」


「ちっ。うるせえ。おい、ザモス、すぐに人を集めろ。一度、裏町の飲食街の巡回に行くぞ」


「了解です! ボス!」


 ザモスが先に部屋を出てゆくと、スキットはやおら腰をあげ、額の傷を隠すように、山高帽を深く被った。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



「スキット様」


「様はやめろって言ってんだろ、ルービス。せめて旦那と呼べ」


「お断りいたします。私にとってはスキット様はスキット様です」


 飽きもせずに同じ会話から始まった、ルービスの報告。


「クルサドから報告です。金勘定のできそうな流れ者が来たと」


「あん? 却下だ。新顔に任せられる仕事じゃねえ」


「そうですか。元文官らしいですが、確かにおっしゃる通りですね。では、何か適当な力仕事に回しましょう」


「元文官? それで流れ者? また妙な経歴だな。何をやらかしたのか聞いているか?」


「……いえ。何も」


「何も聞いてねえのか?」


「ではなく、本人は何も問題は起こしておりません」


「どういう意味だ?」


「……元、ルデクトラドの宮仕えです」


 滅亡した、あの国の王都。


「……城内はほぼ全滅だったと聞いた。生き残りがいたのか」


「嘘ではないようでした」


「……会う。そいつを連れてこい」


「わかりました」


 立ち去ろうとするルービスを、スキットは呼び止める。


「待て、そいつの名は?」


「ロア、と名乗っています」



 運命の歯車が、小さく動いた。




ーTo Be Continuedー


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
本編読了後に読ませていただきました。 皇帝陛下は良い主人公になれそうと思いながら本編を読んでいたので、 楽しませていただきました。 帝都造成を楽しむ陛下というのも期待してましたが、この話の流れでは 流…
一気に読むと、ランピューレの武将の名前が記憶に残っていて、最後の節が楽しめました。 何度読んでも、ロアとスキットの出会いに涙がこぼれます。この出会いがなければ、何もなかったといっても良いくらいです。 …
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ