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帝国記(128) 始まりの都(上)


 旅一座に属する流浪の者であり、吟遊詩人という異色の経歴を持つ流浪の歴史学者、ホーリックは、新しい帝都を見聞した感動をこう記している。


―――帝都に訪れたものは、まずその威容に驚かされる、塁壁はどこまでも続く曲線。それが一つの綺麗な円になっていると気づくには、その壁を2日以上かけて回ってみる必要がある。嘘だと思うなら実際に歩いてみるといい。私はそうした。外壁を見学すると、街に入る前にもう一つの驚きが私を待っていた。ざっと数えただけで両手で足りぬほどの入り口を発見したのだ。これはどういう意味か。私には皇帝陛下が『攻めることができるならば攻めてみよ』とも、『すでに平野に帝国の敵はない』といっているようにも思えた―――


 街に足を踏み入れても、ホーリックの興奮は続く。


―――正門と思われる、きらびやかな装飾の施された門を潜れば、広く大きな石畳が真っすぐにどこまでも続く。目抜通りには多くの商店が軒を連ね、少し進んだだけで様々な色と音に酔ってしまいそうだ。大陸を巡った私でも、これほどまでに整備された街を他には知らない。帝都は全てを完成させるまで、人を住まわせなかったなどという噂を耳にし、そんなバカなと思っていたが、愚かなのは私の方だった。これは、間違いなく建物を用意してから人を入れたのだ。そうとしか思えなかった。それほどまでに、よく計画されていた。いや、一部だけ例外がある。歩き回っていたら、急に雑多な場所に出たので、近くにいた者に話を伺えば、そこはかつてこの地にあった集落だという。その集落が一つの区域程度となる帝都の規模には驚かされたが、同時になぜここだけ再開発をしなかったのか不思議ではあった。あるいは、皇帝陛下は先住の者達へ敬意を表したのであろうか?―――


―――再び目抜通りに戻り進めば、大きな広場に到着した。見れば、広場には多方から道が繋がっている。つまり私が確認した数々の入り口の多くがこの広場に通じているのであろう。繰り返して言うが、素晴らしい計画性である。皇帝陛下、戦いに秀でたお方だと聞いているが、それだけの人物ではないようだ。いや、それも当然か。わずか一代で大陸最大の国を打ち立てたのだ。武一辺倒のわけがない―――


―――広場の中央には一本の小さな木が植えられていた。その場所は一段高くなっており、人々の立ち入りが禁止されている。常時兵士が監視しており、決まりを破ったものは厳罰に処せられるという。その木の名はグリードル。そう、このグリードル帝国の名の元となった、皇帝陛下の故郷の木から株分けをして植えたのだそうだ―――


 ホーリックはよほど感動したか、そのまま帝都に1年間滞在して、帝都の様々を詳細に記録している。これらは帝国史を語る上で、非常に重要な資料として、原本は帝国博物館へ収蔵された。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 カツン、カツン。


 できたばかりの玉座の間。大理石を惜しみなく使った床には、玉座へ続く赤い敷物が敷かれている。高く小気味よい音を響かせながら、ドラクが敷物の前までやってきた。


 敷物の両側には、多くの帝国臣下が跪いていた。誰もが顔を上げず、その時を待つ。臣下の中でたった一人の例外は、玉座の横に立ち、主人の到着を待つエンダランドだ。


 ドラクは前のみを見て、敷物の上を進む。


 グリードル帝国初代皇帝、ドラク=デラッサ。その視線の先にあるのは、真新しい玉座。


 玉座に徐々に近づくその姿を見て、エンダランドは目を細める。


――――あの男が、ついにここまで来たか――――


 初めて会った日のことが、昨日のように思い出された。


『何をしている?』


『仕えるべき主人を探しているところだ』


『お前の仕官先は雲の上にでもあるのか? なら、今すぐ天に送ってやろうか?』


『……そうだな、私は、仕えるべき主を求め、長い時をかけて、平野の国々を巡り歩いた。いずれの王も、領主も、私が仕える価値はなかった。ここには変わった若い領主がいると耳にして、やってきたのだが……』


『その変わった若い領主が、俺だ』


 あの時のドラクは、何者でもない。ただの勢いだけの若者であった。


 そしてエンダランドもまた、若造だった。だからこそ、大言を吐いたのだ。


『俺は、天を掴みたいのだ』と。


 かつて、エンダランドの放った言葉だ。それを受けたドラクの表情は多分、生涯忘れることはない。


 馬鹿にするでもなく、おざなりでもなく、ドラクはあの瞬間、天について真面目に向き合おうとした。


 まるで、「天を掴んでもいいのか?」と聞いているかのようであった。


 ……本当に掴んでしまうとはな。


 エンダランドは心の中で苦笑する。私は、良き君主を得た。


 ドラクが玉座の前に到着する。


「エンダランド」


「はっ。皆、起立せよ!!」


 エンダランドの命令で、一斉に立ち上がる帝国将官の面々。


 エンダランドの視線の横で、ドラクはゆっくりと頷くと、


「まずは帝都の造成、ご苦労であった。皆の尽力に感謝しよう」


 玉座の間に響く皇帝の声。


「最初に一つ、宣言する」


 ドラクは重々しく続ける。


「この帝都の名は、デンタロスとする」


 エンダランドも初耳だ。ドラク一人で決めたのだろうか?


「陛下、どのような意味か、お伺いしてもよろしいか?」


「無論だ。この言葉は古代神話を参考にした」


「神話、ですか」


「知らんか? エンダランド」


「は。恥ずかしながら存じ上げませぬ」


「そうか。知らんか」


 ドラクがニヤリとする。何やら勝ち誇った顔に、エンダランドはややムッとした。その様子を見て満足そうなドラク。タチの悪さは歳を重ねても変わらぬ。いや、最近の方が酷くなっている気さえする。


「天の門だ」


「は?」


「聞こえなかったのか? デンタロスは、古代神話の天上の城にある、門の名よ」


「まさか、それは……」


 天の門たる街の、先にある玉座は……。


「良い名であろう?」


「……全くですな」


 エンダランドの返事に満足したドラクは、諸将に向かって改めて宣言する。


「聞いた通りだ! この地はこれよりデンタロス!! 帝国はさらなる高みを目指すぞ!!」


「「「「「「「「おおおおおおおおお!!!!」」」」」」



 広間に熱狂が包む中。ドラクは初めて、新しい玉座に腰を下ろした。




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