39.集結
ボクたちは王都に帰還すると、まずはフロイド兄さんをキャスアイズ兄さんに託した。
既に現地の騎士団から遠隔通信でフロイド兄さんの無事は伝えてもらっていたので、あとはゆっくり休んでもらうだけだ。
「よくやった! ローゼンバルト、感謝する」
「当たり前だよ。だって大切な兄さんだもん」
「ただ……悪い話がある。──【死蛇熱】が見つかった」
「……えっ!?」
キャスアイズ兄さんから出た話にボクは目を剥く。
これは──思ってたよりも事態はかなり早く進んでいるみたいだ。スレイアの予知夢はなんでいつも直前にばかり伝えて来るんだろうか。これじゃあゆっくりしている時間なんてないや。
「どこで出たの?」
「王都の下町──スラムだ」
「うそっ、そんなに近くで?!」
もうそんなところで出てるなんて……【死蛇熱】の感染力はかなり強い。早急に手を打たないと間に合わないかもしれない。
「わかった。ボクがやるよ」
「お前に【死蛇熱】が、どうにかなるのか」
「フロイド兄さんが見つけたライブラリーに接触できたから、知見はあるよ。ボクは新たに【病】のライブラリアンになったんだからね」
「おい、まさかまた一人で抱えて暴走しようとしているのか?!」
「ううん」
今回ばかりはボク一人ではどうにもならない。そもそもフロイド兄さんの救出だって一人では間に合わなかっただろう。
だけど今のボクには仲間がいる。そしてボクは仲間に頼ることも知った。グラウの方を見るとうんと頷き返してくれる。
「グラウ、次に行くよ」
「あいよっ!」
「待てローゼン、どこに行くんだ!」
「どこって、仲間のところだよ!」
今回の危機を乗り越えるための力を持った、ボクの大切な仲間たちのところへ。
◆
次に飛んで行った先は、ザンブロッサ侯爵家だ。
「私、ギュルスタン子爵家のロゼリアと申します。至急アフロディアーネ様にお会いしたいのですが」
「お嬢様は急な来客になど対応せん!」
ところが門番にあっさりと跳ね返されてしまう。
だけど手をこまねいている時間はない。ボクはすぅと息を吸うと思いっきり大きな声で叫んだ。
「アフロディアーネ!! ロゼンダだよ! 約束通り君に会いにきたっ!!」
「ちょ、あなた! なんて大声で」
「君の力が必要なんだっ!! お願いだからアフロディアーネ、出てきて欲しいっ!!」
「ローゼン、お前……やるときゃやるタイプなんだな」
呆気にとられるグラウを無視して叫び続けていると、ついに屋敷から一人の女性が姿を現す。
「ちょっとロゼリア! あなた何をなさってるのっ!?」
「アフロディアーナ、君をスカウトしにきたんだ!!」
「はあぁ!? なんですのそれ!?」
「君の力が必要なんだっ! とにかくついてきて欲しい!」
ボクは半ば拉致するような形で強引にアフロディアーナを回収してゆく。
さぁ、これで手駒は揃ったぞ!
◆
やってきたのはパニウラディア公爵家。
こちらも急な訪問だけどおかまいなしだ。ボクもグラウも丸二日寝てないし、テンションはアゲアゲだ。
「んもう、急に連れ出してどういうことですの!? しかもここはパニウラディアの──」
「おいおいロゼンダ、こやつを連れてきてどうするのじゃ」
「げっ、スレイア!?」
二人は目を合わせたとたんバチバチと火花を散らす。だけど今はそんなことやってる暇はないんだ。
「アフロディアーネに、グランファフニール護国団に入っていただきます」
「は?」「へ?」「え?」
驚く三人を無視して、ボクはアフロディアーネの手を握りしめると目を見ながら伝える。
「アフロディアーネ。君の力はね、《浄化》のギフトなんだよ」
「ふぇっ!? 浄化の……ギフト?」
こんなことならもっと早くにちゃんとエスメエルデに確認して貰えばよかった。
空を飛びながらエスメエルデに確認してもらったので間違いない。アフロディアーネは──久しく絶えていた《浄化》ギフトの持ち主だったんだ。
「《浄化》ギフトはね、あらゆる汚れや細菌なんかを綺麗にする力があるんだよ」
「ああ、だから私のドレスも綺麗に……」
「その節はワインをこぼしてしまって、その──ごめんなさいね」
「あ、アフロディアーネ様、気にしないでください! それよりも素敵なドレスありがとうございました」
「こらネネト、あっさりと籠絡されているではないぞ!」
この二人は何で仲が悪いかな。でも繰り返すようだけど言い争っている暇はない。
「みんなにお願いがある」
ボクは真っ直ぐに皆に向かって伝える。
「今、このグランファフニールでは恐ろしい病が流行しようとしている。その名も──【死蛇熱】。10年前に大災疫を引き起こした疫病だ」
ボクの言葉を聞いて、皆の顔が一気に真っ青になる。
「ボクの母さんもこの病で命を落とした。だからボクは、この疫病が拡がるのをなんとか阻止したい。そのためにはみんなの力が必要なんだ」
ボクはスレイアを見る。
「まずスレイア、君は【グランファフニール護国団】の団長として、【死蛇熱】を撃退するための旗印になって欲しいんだ」
「旗印だと?」
「うん、ちょうどこの前紋章も作ったところだし、スレイアの名を持って活動しようと思うんだ。無名のボクなんかよりも公爵令嬢である君の名前のほうが、民衆にはきっと響く。だから君の力を──貸してもらえないだろうか」
ボクの問いかけに、スレイアは微笑みながら頷く。
「当然だ。わらわはこのグランバルトを、王都グランファフニールを守りたくて護国団を結成したのだからな。それこそ望むところだ」
「ありがとう、スレイア」
次にボクはネネトを見る。
「ネネト、君には特別な薬物をギフトを使って精製してもらいたい。なぜなら【死蛇熱】に効く薬の原料は簡単には手に入らないものだからだ」
「そんなもの──私に作れるかな?」
「もちろん、君でなければ他の誰にできる。いいや、君でないとできないんだ!」
ボクの言葉に、ネネトは力強く頷く。
「私は薬よ! 喜んで力になるわ!」
「ありがとう……多分すごくきついことになると思うけど」
「ふふっ、薬女はちょっとやそっとのことじゃへこたれないわ。大丈夫、任せて!」
次にボクはアフロディアーネを見る。びくっと体を揺らすアフロディアーネ。
「アフロディアーネには現地で浄化をしまくってもらいたい。君の唯一無二の《浄化》ギフトの力が必要不可欠なんだ」
「わたくしの力……」
「本当に巻き込んでゴメン。だけど、どうしても君の力が必要なんだ。ボクたちを──この王都を、王国を、世界を救う手助けをして欲しい」
ボクの言葉に、ゴクリと唾を飲み込むアフロディアーネ。
だけど、まるで化粧という仮面を剥がしたかのように素朴な表情で、それでいながらもしっかりと頷く。
「わ、わかりましたわ……わたくしの力が、活きるのであれば……」
「危険な仕事なんだ。もしかしたら病に侵されるかもしれない」
「ここまで引っ張ってきといて、今更それを言いますのっ!?」
ごめん、アフロディアーネ。君が一番心の準備ができてないよね。でもどうしても参加してもらわないと困る。
「……わたくしでないとできないことですのよね?」
「うん。君じゃないとダメなんだ」
「ロゼンダ、あなたも一緒にいるのでしょう?」
もちろんだ、一番危険な場所にアフロディアーネだけ置いておくわけにはいかない。
「ボクも一緒に現地で薬を作るよ。それにもちろん発病しないように対策もするからね」
「わ、わかりましたわ。わたくしとて侯爵家ですもの。このへんなスキル──いいえギフトでしたね。この力は今日この時のためにあるというのであれば、わたくしも力になりますわ。ただし条件がありますわ」
条件、なんだろう。
「わたくしも、あなたがたと同じように敬語抜きで話したいですわ! なのであなたがたも普通に話してくださいまし!」
「くくく……張り合ってるのか」
余計なことを言うグラウを殴りつけながらボクは頷く。
「もちろんだよ、みんなもいいよね?」
ボクの問いかけに全員が頷く。
これで──本当の意味での【護国団】の完成だ。
「みんな、ありがとう……」
「ロゼンダ、ひとつ教えて欲しい」
みんなに頭を下げるボクに、スレイアが真剣な表情で尋ねてくる。
「なぜロゼンダはそんなにも【死蛇熱】に詳しいのだ。そしてなぜ王国を震撼させた病の治療方法を知っている?」
「それは──」
もう隠せない。隠したくない。
みんなの命をかけた協力に、ボクは嘘をつきたくない。
「それはボクが、ライブラリアンだからだよ。ボクは【スキル】と【薬物】と【病】のライブラリアンなんだ」
そう、ローゼンバルトはロゼンダと同一人物。
ボクは、あなたたちを騙していた。命をかけて戦おうとするあなたたちを。
「……詳しくは全てが終わった後に聞かせてもらおうか」
だけどスレイアはそれ以上深く追求して来ることはなかった。
きっと聡い彼女のことだから、ボクが言ったことの意味は理解していることだろう。
あとでどんなに責められても構わない。
彼女たちには正直でありたいと、ボクは誓った。
さぁ、これで隠し事はなくなった。
だからこれから先、命をかけてくれることを受け入れてくれたみんなと一緒に──【死蛇熱】との戦いに身を投じよう。




