34.呼び出し
ここから最終章になります!
グラウとボク──ロゼンダ嬢のかけおち未遂事件から、およそ一か月が過ぎた。
無事に建国祭も終わって、ボクは元の平穏な日々を過ごしている。今日はこれで6回目になるネネトの《 禍毒 》コントロールのトレーニング実施中だ。スレイアも付き添いで参加している。
「できた……」
「ほほぅ、やるではないか。綺麗な毒が生成されておる」
「ネネト、だいぶ上手にギフトを操れるようになったね! すごいよ!」
「ありがとう。ローゼンのおかげだよ」
「いやいや、ネネトががんばってるからだよ!」
ネネトといるとやっぱりホッとする。てか当面、女体化はこりごりだ。
あれから本当に大変だった。父さんやキャスアイズ兄さんには大目玉を喰らうし、世間では「グラウリス王子と駆け落ち未遂をした令嬢」なんて扱いを受けてしまうしで、とても居心地の悪い日々を過ごしていたからね。
「ロゼンダ……元気にしてるかな」
「この前様子を見たけど元気だったよ」
ロゼンダは駆け落ち騒動の責任を取るために謹慎処分を受けている──ということにしている。そうしておけばスレイアやネネトの前に顔を出さなくても心配されないからね。
ちなみに謹慎名目でグラウにも女体化した状態では会っていない。本当は彼のギフトの検証とかしたかったんだけど、前提として手を繋いでないといけないのが精神的にキツくて……なぜか妙に意識してしまうんだよね。
だからここ一か月は男のままでしか会っていない。そうすれば落ち着いていられるからね。
「しかしおぬしとロゼンダが生き別れた双子だったとはな……よく似ているわけだ」
「はははっ……」
結局スレイアたちには、ローゼンバルトとロゼンダは幼い頃に別れて育てられることになった双子だと伝えることにした。そうしないと父さんやキャスアイズ兄さんとの関係とか疑われそうだったからだ。
このあたりは父さんの協力もあって、今のところ怪しまれずに済んでるんだけどね。
グラウによる王都崩壊の危機は去ったおかげで、スレイアを団長としたグランファフニール護国団としての活動は一旦止まっている。
だけどボクたちの交流は今もこうして続いている。もう立派な友人関係だと言っても差し支えないとも思う。
だから、さすがに長い間ロゼンダと会わせないのは可哀想だな。二人ともこんなにも心配してるしね。
「……たしか明日にはロゼンダの謹慎も解けるはずだから、ここに来るように伝えておくね」
「本当? やったー!」
できればもうずっと女体化は封印していたんだけどなぁ……。でもネネトも喜んでるみたいし仕方ないか。ロゼンダとしての交友関係を無にしてしまうことはできないからね。
◆
翌日、久しぶりに《女体化》を使ってスレイアとネネトにロゼンダとして会ったあと、自宅に帰ろうと後宮を出ようとしていていると──キャスアイズ兄さんから国務省に呼び出しがあった。コネクトリングを通じて会いにくるように連絡があったのだ。キャスアイズ兄さんってば、いつの間にコネクトリングに干渉できるようにしたんだか。
だけどわざわざ呼び出すなんて、なんだろうか。こんなこと滅多にないのに。しかも女体化したばかりだから解除もできないんだけど……。
キャスアイズ兄さんにその旨を伝えると、とりあえず女性の姿のままで良いから来いという。よっぽど急いでるのかな。
仕方なく後宮を出て国務省のオフィスに向かっていると──。
「あっ! ロゼンダ!」
ん、聞き覚えのある声がボクを呼んでいるような──。
「お、お待ちなさい! あなた一週間後にはと言っておいて一か月も放置するとは失礼ですわ!」
ああ、すっかり忘れていた。
アフロディアーネがぷりぷり怒りながら、逃すまいとボクの服の裾を掴む。
「ごめん……アフロディアーネ様。ちょっといろいろあって」
「まぁ、噂は聞いているわ。あなた、グラウリス王子と駆け落ち未遂して謹慎してたそうね」
ぐわっ、まさかアフロディアーネまでそんな噂を知ってるとは……何気に凹む。もうロゼンダは封印した方がいいんじゃないかな。
「しかも、グラウリス王子のギフト解放のお手伝いをしたとか」
「あ、まぁちょっとだけ……」
一体どんなふうに噂が拡がってるんだろうか、気になる……。
「そんなあなたに聞きたいことがありますの。わたくしのスキルのことについて……」
アフロディアーネのスキル?
それって、もしかしてこれまで見てきた奇行にも関係してるんだろうか。
「実はわたくし──〝掃除″のスキル持ちなんですの」
「〝掃除″の──スキル?」
そんなスキル、聞いたことないぞ。
スキルのライブラリアンであるボクが聞いたことないスキル……そんなものはない。あるとするとそれは──ギフトだ。
だけどすぐに判断はできない、慎重に聞いてみることにする。
「それはどんな能力を持ったスキルなの?」
「ときどき、むしょうに汚いものを綺麗にしたくなるんですの。それで──わたくしが掃除すると、小汚い孤児院の子供であろうと古ぼけた教会であろうと、なんでもピカピカになるのですわ」
ええーっ、掃除したらピカピカになるって……なんなのその意味不明なスキルは。
いや、ボクの中ではもう彼女が持っているものはギフトであると確信している。でもギフトだとしても謎すぎる、どんな能力なんだろうか。もう少し彼女の話を聞いてみよう。
「それは話を聞く分には別に悪くないスキルだと思うけど……何か困ったことがあるの?」
「わたくし侯爵令嬢ですのよっ!? それが掃除のスキルだなんて……恥ずかしくて誰にも言えませんわ」
「じゃあ家族や専門家──ライブラリアンとかにも相談はしてないの?」
「当然していませんわ。そもそも近しいメイド以外では、あなたがはじめてですわ」
なんと、ちゃんと調査もしてないのか。これはもしかしたら未知のギフトかもしれないぞ。
スキルのライブラリアンとしては非常に興味がある。だけど今はキャスアイズ兄さんに呼び出されている最中だ、ゆっくり確認している余裕はない。
「ごめん、今日はすごく急いでいるから……実は謹慎明けでこれから国務省に顔を出すように言われてて」
「あぁ……そうでしたの」
嘘は言ってない。だけどすんなり納得されるのも凹むものがあるなぁ。
「だから、もし良かったら今度時間があるときにアフロディアーネ様に優秀なライブラリアンを紹介するよ」
「アフロディアーネ」
「え?」
「わたくしのことはアフロディアーネ、とお呼びくださいませ」
これは少し打ち解けてきた……ってことかな?
「じゃあ……アフロディアーネ、そういうことでいいかな」
「ええ、わかりましたわ。ただわたくしのスキルのことは他言無用ですわよ?」
「もちろん、わかってるよ!」
優秀なライブラリアン──自分を紹介するパターン、前にもあったな。意外とこのパターンだと珍しいギフト持ちを集めやすかったりするのかな。
「だからごめんね、また!」
「今度は無視しないでくださいまし!」
アフロディアーネの不思議なギフトは気になるけど、今はキャスアイズ兄さんの呼び出しだ。ひと月前の説教じゃなければ良いんだけど。
だけど……呑気にそんなことを思っていたボクに知らされたのは衝撃的な事実だった。
キャスアイズ兄さんが伝えてきたのは、なんと──フロイド兄さんが行方不明になった、というものだったんだ。




