33.誕生日おめでとう
えーっと、ボクの聞き間違いかな?
グラウを見ると苦しそうにしながらもう一度口にする。
「おっぱいを……揉ませてくれよ」
「はぁぁぁあぁあ!?」
この非常時に何言ってんのさっ!
バカじゃないの!? 何考えてんの!?
そんなこと、そんなこと──。
「た……頼むよ。なんでも言うこと……聞いてくれるんだろ?」
「む、むむぅ……」
確かにそう言った。そう言ったけど──。
「ダメ……なのか? オレ様はこんなにもイケメンなのに女も知らないまま──おっぱいすら触れずに暴走して死ぬのか?」
「いや、それは……」
真剣な表情で訴えかけてくる内容かな、それ。
「お前、オレ様の親友だよな? 幼馴染な親友の願いも──聞いてくれないってのか? ぐぅぅ……」
一際黒いモヤが大きく広がる。既にグラウの全身の四分の三くらいは包み込まれている。
くそー、くそーっ。くそーーっ!!
「わ、分かったよ! 触らせればいいんでしょ!!」
「お、いいのか?」
途端に黒いモヤが半分くらいまで引き戻される。
え、何なのこれ。
「やっぱり止め──」
「ぐぅぅ……苦しい……」
また黒い魔力のモヤが広がっていく。
なんなのこの茶番みたいなやつは。
「ローゼン……たの……む」
「分かったってば! そのかわり──優しく触ってよね?」
ボクは覚悟を決めて胸を突き出す。これで良いのかな!?
グラウは目を血走らせて──苦しいから血走ってるんだよね? 手をゆっくりと突き出してくる。
──むにっ。
「くっ」
むにむにっ。
「くぅぅ……」
なんとも言えない感覚。くっそー、何でボクがこんな目に……。
だけど、異変はすぐに起こった。
「こ、これが……おっぱい」
「え、ちょ、グラウ? 魔力が──」
「た、たまんねぇ! もっと触らせてくれっ!」
「いや、ちょっと強いって! それよりグラウ──魔力が安定してるよ!」
「へっ!?」
どういう理論かは分からない。
だけどグラウがボクの胸を触ることで、それまで暴走気味に拡張していた黒い魔力がなぜか──安定して固定化していっているのだ。
「グラウ、もしかして──ギフトをコントロールできてる?」
「そうなのか?」
間違いなく安定している。
さっきまでの暴走反応はほとんど落ち着いていた。
「これってもしかして──おいローゼン」
「え? なになに?」
「いける気がする。ちょっと目を瞑れ」
いや、胸を触られたままそんなこと言われても──。
次の瞬間、問答無用でグラウに抱き寄せられる。
驚く間も無く顔が近づいてきて──唇に、柔らかな感触が!?
「!?★☆!★!?★☆!?」
ビックリしすぎて思いっきりグラウの頬をぶん殴る。
「な、な、な、なにするのさっ!?」
「お……収まったぞ」
「えっ!?」
「苦しかったのが、収まったんだ」
グラウの言う通り、先ほどまでがウソのように、魔力の暴走が落ち着いていた。
それどころか、グラウは《虚蝕餐鬼》をコントロールしているように見える。信じられない……あれほどの膨大な魔力を──支配下に?
「すごい……本当に魔力が安定してるよ」
「ははっ、オレ様は天才だからな」
大気中から集められた魔力はグラウの全身を包み込み、今のグラウはまるで黒い鎧を身につけた騎士のよう。しかも背中には黒い翼まで生えてて──イケメンがそんな姿になったら、まるで神話の天使みたいだ。
「もう……大丈夫なの?」
「ああ、お前のおかげだ。ありがとう」
「って、どさくさ紛れにき、き、き、キスしたよねっ!?」
ボクのファーストキスだったのに、なんてことを……。
「いやぁすまん、つい」
「つい、でするようなものじゃないでしょ!」
「でもおかげでコントロールできるようになった。良かったじゃねえか」
いやいや、良くない! なんでボクの胸を触ったりキ……キスしたりしたらギフトが落ち着くのさっ!
でも今は──とりあえず生き残ったことを祝いたい。王都壊滅やボクたちの破滅の運命を回避することが出来たんだから。
「……とりあえず誕生日おめでとう、グラウ」
「ああ、ありがとうよ」
「落ち着いてちゃんと言えて良かったよ」
「くくく……まぁオレ様はイケメンで天才だからな」
減らず口を叩くグラウを無視してしばらくは様子を見たけど、どうやら大丈夫そうだった。
ってか大気中から集めた魔力を使えるって、なにげに凄すぎない? ある意味無限の力を手に入れたようなものだ。そんなスキルやギフト聞いたことないんだけど。
これを本当にコントロールできたら、グラウは本物の化け物クラスの使い手に──。
「うわ、なんか魔力が暴れ出したぞ!?」
「ええっ!? ホントにっ!?」
「ローゼン、またおっぱいを揉ませ──」
「バカっ!」
結論としては、手を繋ぐだけでグラウのギフトは落ち着いたんだ。もう、ぜったい胸を触らせたりなんかしないからねっ!
「どうやら《虚蝕餐鬼》の発現には、お前の協力が必要不可欠みたいだな」
「変なギフトだよね……でも安定させることができるだけで凄いことなんだけどさ」
「とりあえずこの有り余る魔力を使ってみたい。王都まで飛んで帰らないか?」
はい? 飛ぶ?
「ああ、いまのオレ様なら空も飛べそうだ」
「そんな、空を飛ぶなんて無茶な──うわあっ!?」
問答無用でボクを抱き上げると、そのまま宙に浮き上がるグラウ。
「本当に──飛んだ!?」
「このまま王都まで帰ろうぜ!」
「ええっ!? ちょ、まっ……うわぁぁぁぁあ!!」
グラウの超高速で飛行していく。凄いスピードで、まるで鳥になった気分だ。
ボクは吹き飛ばされないように必死にしがみつく。
そして夜が開け始めた頃──ボクたちは王都に到着した。
王都グランファフニールの周りには、たくさんの騎士や衛兵たちが魔法光で周りを照らしながら探索をしていた。きっとボクたちを探してるんだろう。
目立たないように降り立つと、ボクたちに近づいてくる人影があった。
「ったく、こっちが必死に探し回ってたというのに……お手手繋いで仲良く帰還とはな」
「キャスアイズ兄さん!?」
「まったく、せっかちな性格は母親譲りなのかのぅ。じゃが無事にグラウリス王子のギフトを収めることができたようじゃな」
「あっ、父さんも……うん、心配かけてゴメン。でも──」
「あらかた、わしらがグラウリス王子を始末するとでも思ったんじゃないのか?」
「ぎくっ!」
まぁその通りなんだけどね……。
「本当にせっかちじゃのう」
「愚かものめ、私たちが何も手を打たないとでも思ってたのか?」
え? 父さんやキャスアイズ兄さんの考えてた手って──グラウの排除じゃないの?
「私たちはな、グラウリス王子のギフトを封じ込める特別な魔法道具をダンジョンから発見してたんだよ。だからいざという時に備えて用意していたんだ」
「えーーーっ!?」
なんと、父さんとキャスアイズ兄さんは既に解決策を見つけていたらしい。そんなぁ……教えてよぉ!
「教える前に消えたのはお前たちだろうが!」
「うーん、ごめんなさい。でも先に使えなかったの?」
「使い勝手の悪い魔法道具でな、ギフト発動時にしか封じることができないのじゃ。それで機を伺ってたんじゃが……」
「まさか、その時になってお前がグラウリス王子を連れて逃亡するとはな」
じゃあ、ボクのしたことは──。
「そんなの……揉まれ損のキスされ損じゃないか」
「ん、何か言ったか?」
「なんでもないよっ!」
ボクはガックリと肩を落とす。
なんだよ、ボクは無駄な覚悟を決めてたっていうのか。
とても残念な事実に凹みまくっていると、今度は聞き覚えるある声が聞こえてきた。
「ロゼンダー!」「ロゼンダ! 」「パンナコッタ」
続けて駆け寄ってきたのは、スレイアにネネトに──二人に抱えられたエスメエルデもいる。なんだか彼女たちの顔を見るだけで心の底からホッとする。
「良かった、ロゼンダ無事だったんだね。急に居なくなって心配したんだよ」
「ネネトごめん……」
「ロゼンダ、わらわは新たな予知夢を見てな。そのことを伝えようとおぬしらを探しておったんだが」
新しい予知夢?
なにそれ、どんな内容なの?
「その内容が──ちゃんと建国祭が開催されているものだったのだ! つまり、王都の危機はなぜか回避されたらしい。そのことをおぬしらに伝えたかったんだがなぁ」
「え、いつその予知夢を見たの?」
「昨日……もはや一昨日の夜だ。おぬしらと会った日の夜だな」
「ええーっ!?」
ってことは……やっぱりボクが父さんに相談した時点で、グラウのギフトが暴走する未来は抑えられてたってことだよね!?
なんてこったい……ボクがやったことって……がっくし。
「まぁいいじゃねーか、ギフトを封じられるんじゃなくてこうしてコントロール出来るようになったんだからさ」
「あのー……やっぱりロゼンダとグラウはその、そういう関係だったのかな?」
「はっ!?」
そういえば手を繋いだままだった!
慌てて手を離すけど──うぅぅ……一番見られたくない姿を見られたかも。
「これネネト、野暮なことを聞くでないぞ。だがまさか二人で駆け落ちをしとるとはな……。大胆なことをするものだ。とはいえわらわはちゃんと二人のことを応援するぞ」
「ち、違うからねっ! 誤解だからねっ!?」
「身分差のある王子様と子爵令嬢の恋……とっても素敵ね!」
「遠慮することはないではないか。いやー、お熱いことだな! さすがのわらわも目のやりどころに困るぞ」
だーかーらー、違うってばっ!
グラウもニヤニヤ笑ってないで少しは否定してよっ! キャスアイズ兄さんも、父さんも何かフォローしてくれないかなっ!?
え、勝手に暴走して自業自得だって? そんなぁ……もー、いやだーっ!!
これにて第五章はおしまいです。
そして次が──最終章になります!




