26.お泊まり!?
スレイアからの相談である〝紋章作り″はなかなか難航していた。
借りた絵の具と紙を使って、それぞれがイメージするデザインを描いていく。
「こんな紋様はどうだ? シンプルにしてみたんだが」
「スレイ、それだと何を表しているのか分かりにくくないかな」
「ねぇねぇ、ここにツノ生やすのはどう?」
「「ツノはないわ」」
いきなりハモってボクのデザインを否定してくるスレイアとネネト。えーそうかな、ツノカッコいいんだけどな。息ピッタリなところはちょっぴり嬉しくなるけど、こんなことで揃わないで欲しい。
「スカモルツァ」
「おお、気が利くな」
「ありがとうエスメエルデ」
息抜きに、エスメエルデが紅茶を淹れてくれる。
さっきスレイアとネネトにエステを施したので、なんとなくエスメエルデが満足しているような気がする。いやホムンゴーレムに感情なんてないんだけどね。
「ホムンゴーレムとは実に素晴らしいものだな。ローゼンバルトのくれた化粧水も素晴らしいものだったし、先ほどのエステも革新的でわらわは大満足だ。……ローゼンバルトはエスメエルデをわらわに譲ってくれないだろうか」
「それは無理だと思うよ。そもそも言語機能が壊れてるから貴人向けじゃないし、ときどき言うこと聞かないこともあるしね」
ホムンゴーレムは貴重品ではあるけど、決して居ないわけではない。どちらかというと護衛用としての戦闘型ホムンゴーレムが主流だ。実際王宮にも三体ほどホムンゴーレムが居る。
「でもあやつらは可愛くないではないか。門番よろしくジーッと立っているだけだしな」
「私見たことないんですが──ないんだけど、どんな感じなの?」
敬語を使いかけてボクとスレイアに目で注意され、言い直すネネト。今日これで何回目かな、でも徐々に少なくなってきてるのは慣れてきている証だと思う。
「王宮にいるのはガーゴイル型と狛犬型、それに髑髏兵士型だね」
「えー、気持ち悪いしなんだか怖いね……」
「ロゼンダはずいぶんと詳しいな」
「あ、まぁホムンゴーレムは身近にいるから、他のものもどうかなって気になって……」
ボク的には別にガーゴイル型でも良いんだけど、エスメエルデにはライブラリアンの代行者機能が備わってるから手放せないんだよね。そもそも──母さんの形見だし。
「ふむ、離れる気はないか。残念だな」
「でもまたエステはして欲しい……かな」
「カマンベール」
エスメエルデがいると、なんだか雰囲気が軽くなる気がする。やっぱり連れてきて正解だったね。
◆
まだ紋章のデザインは決まらない。もうかれこれ4〜5時間くらい経ってないかな。さすがに疲れて来たから、ちょっと息抜きが必要な気がする。
次の息抜きは──ボクの出番だ。
「はい、これどうぞ」
「ん? なんだこれは」
「ボ──ローゼンバルト特製の魔法薬ドリンクだよ」
ボクがエグザミキサーを駆使して作り上げた最新の魔法薬は素晴らしい効果をたくさん入れている。滋養強壮、集中力アップ、気力体力回復、おまけにリラックス効果も。
「しかもお味は檸檬風味で飲みやすくしてある──って聞いてるよ」
「檸檬風味のわりに色が青いのはなんでだ?」
「それはスレイアをイメージして着色した……そうだよ」
「なんというありがた迷惑な着色だ。毒なのかと思ったぞ」
「だったら私は黄色の方が良かったかな」
うーん、ボクの特製魔法薬は不評だった。青に着色するの大変だったんだけどなぁ……。
「ん……でも美味しいかも」
「ネネトおぬし飲んだのか!?」
「うん、せっかくローゼンが作ってくれたんだし飲まないと申し訳ないかなぁって」
おお、さすがはネネト! 優しい!
「それに、なんだか身体がポカポカしてきたし元気になってきたかも」
「なんと!? 本当か? どれどれ──たしかに美味いな。それに力が湧き上がってくるようだ」
良かった、満足してもらえたみたいだ。
一応この魔法薬には体力全般を2割くらい向上させる効果を織り込んである。ボクは特殊体質で普通の魔法薬が効きにくい体質になっちゃってるから、なかなか効果確認が出来なくて──ちゃんと二人に効いてくれたみたいで良かったよ。
「やるな、ローゼンバルト。ただの【人形狂い】ではないな」
「エスメエルデを見た上でその評判はどうかなって思うけどな」
「……むぅ、たしかにネネトの言う通りだな。エスメエルデであれば狂っても仕方ないか」
何やら楽しげに会話を交わす二人。側から見ていたら普通に友達にしか見えない。
尽力した甲斐があったってなものだけど、お願いだからボクのことをネタにするのは止めて欲しい。ボクは人形狂いなんかじゃないからね!
◆
「できた!」
もう夕陽が沈みかけた頃になって、スレイアが歓声を上げる。彼女がボクたちに見せつけてきたのは【グランファフニール護国団】のシンボルとなる青い龍を象った紋章だ。けっこうカッコいい。正直紋章なんてどうでも良いと思ってたけど、見てるとその気になってくるから不思議だ。
ちなみにイラストを描いたのはスレイアだ。なんでも貴族の嗜みとやらで絵画や紋章学も学んでいたそうで……さすがは公爵令嬢。
「これが──スレイ団長の作った護国団のシンボルかぁ」
「だ、団長!?」
「違うの? だってリーダーは言い出しっぺのスレイアでしょ?」
「いや、格という意味では今度参画予定のグラウリス王子の方が良いのではないか?」
「あいつ──彼はそういうのに興味ないからリーダーはないかな。ここはやっぱりスレイアが良いと思う」
ボクの言葉にウンウンと頷くネネト。
「そうか……分かった。二人がそこまで言うならば引き受けようではないか。今日が──グランファフニール護国団の、文字通り【旗揚げ】だ!」
紋章を描いた紙を掲げるスレイア。美人なだけあってすごく引き立つ姿なんだけど、頬に色ペンの絵の具が付いているのが可愛らしい。
スレイアの横では、ネネトが嬉しそうに拍手をしている。
この調子なら──もう二人は大丈夫かな。
「じゃあ……紋章も完成したことだし、ボクは今日はそろそろ失礼しようかな」
ボクはエスメエルデを連れて帰ろうとする。
「なにを言っておる。こんな時間に帰るのか? 泊まってゆくがよい」
「そうだよー」
なっ!?
「い、いやそれはまずいんじゃないかと……」
「今更何を遠慮しとる。パニウラディア公爵家はそんなに冷たくはないぞ。おぬしの一人や二人くらい、いくらでも歓迎しようぞ」
「私、せっかくだから寝るまでお話ししたいなぁ。ローゼンのこととかも色々と聞いてみたいし」
や、やばい……どうしよう。
「ご実家のご両親的に問題があるのか? だったらわらわの名前で書状を出そうぞ」
「そ、それは大丈夫だよ!」
そんなことされたらロゼンダの家なんて存在しないことがバレちゃうじゃないか。
「じゃあ何が問題なの?」
「でも……その……寝間着も用意してないし……」
「ここをどこだと思っておる? パニウラディア侯爵家であるぞ。来客用の部屋や寝間着の用意などいくらでもあるわ」
うわー。もしかしてこれってもう完全に断れない感じのやつかな。
男のボクが──妙齢の女性がいる屋敷に女友達として泊まっちゃったりしても良いのかな!?




