第二十三話 「育て屋の初仕事」
黒髪の少女は、僕のことを一瞥するやすぐに目を逸らしてしまう。
鎖骨のあたりまで伸ばされたセミロングの黒髪。
頭には巨大な三角帽子を被っていて、巻きの部分にはピンク色のリボンがあしらわれている。
僅かに覗き込むように、巨大帽子に隠れた顔を確かめてみると、柔らかそうな頬っぺたが特徴的な童顔が見えた。
けれど今は、その童顔を不機嫌そうにしかめている。
僕、何か気に障ることでもしたかな?
「え、えっと、この子は……?」
突然連れて来られた子に疑問を抱き、テラさんに問いかける。
すると彼女は、なぜか自信ありげに胸を張った。
「昨日言った通り、伸び悩んでる駆け出しの冒険者を見つけて来たんだ。私も育て屋の発展に貢献したくてね。ちなみに名前はコスモスちゃんって言うの」
「か、駆け出し冒険者って言われても……」
確かに昨日、伸び悩んでいる冒険者を見かけたら、ここを宣伝してくれると言っていた。
テラさんなら毎日ギルドで仕事をしているし、そういう冒険者を見つけるのも得意なはず。
だからさっそく連れて来たとしても不思議はないんだけど……
「こ、この子、本当に冒険者なんですか?」
黒髪の少女……もといコスモスは、どこからどう見ても十歳前後の歳頃だった。
華奢な体躯に、僕の胸下ほどまでしかない身長。
まだまともに冒険者活動……どころか一人で出歩くことも推奨できない歳に見える。
本当にこの子が冒険者? いくらなんでも幼すぎじゃないかな?
僕も六歳の頃から冒険者をしていたので、人のことを言えた義理ではないが、男子と女子ではその認識が大きく違うはず。
「僕だって冒険者になった時期は早い方でしたけど、女の子がこの歳から冒険者になるなんて……」
と言いかけた僕は、そこでハッと気が付く。
この子が冒険者だと言われて、改めて『神眼』のスキルでコスモスの天啓に目を向けてみたのだ。
【天職】星屑師
【レベル】15
【スキル】詠唱
【魔法】流星魔法
【恩恵】筋力:F80 敏捷:E120 頑強:F50 魔力:D250 聖力:E150
レベルがそれなりに育っている。
これほどのレベルに到達しているということは、日常的に魔獣を討伐しているという裏付け。
一般的な生活をしているだけでは、決してこんな天啓にはならないだろう。
ということはどうやら、この子は本当に冒険者のようだ。
まあ、一つだけ“気になる点”もあるけれど……
今一度目の前の少女を冒険者と認めると、不意にコスモスがこちらを振り向いた。
とても不機嫌そうな目を僕の方に向けて、初めて小さな口を開く。
「子供扱いしてんじゃないわよ、この貧乏店主」
「……」
少女の言葉を飲み込むのに、些か時間が掛かってしまった。
別に、今の台詞が聞こえなかったわけではない。
まったく想像していなかった言葉を掛けられたせいで、本当にこの子の口から放たれたのかと疑問に思ってしまったのだ。
ていうか、ものすごく似つかわしくない言葉遣いだったような……
「き、聞き間違いじゃないよね? 今、僕のこと……」
「貧乏店主って言ったのよ。客がまったく来ない育て屋って聞いてたけど、本当に人っ子ひとりいないじゃない。客の声もまともに聞いてないから、耳でも腐ってるんじゃないの?」
「……」
聞き間違いじゃなかった。
どうやらこの子は、本当にこういう言葉遣いらしい。
なるほど……
貧乏店主と言われて、心の中に火が付いた僕は、満面の笑みで扉に手を掛けた。
「では、本日はありがとうございました」
「ちょ、待ってよロゼ君! まだ何にもしてもらってないよ! ちょっと言葉は尖ってるけど、基本的にはいい子だから!」
テラさんが『ガッ!』と扉を止めてきて、仕方なく僕は話を聞くことにした。
立ち話も何だったので、とりあえず二人を家に上げてお茶も準備する。
その間、黒髪少女が終始こちらを睨め付けるように見てきて、ものすごくやりづらい気分を味わった。
本当に何なんだこの子?
どうして不機嫌なのかはわからないけれど、もしやこれがこの子の平常運転なのだろうか。
一言で表すなら、毒舌トゲトゲ黒髪少女。
そんな子の話を聞くのは大変気が進まなかったが、僕は渋々席について話を伺うことにした。
「それで、この子がいったいどうしたんですか?」
「え、えっとね、このコスモスちゃんなんだけど、一年前に冒険者登録したばかりの駆け出しなの。ロゼ君にこの子を育ててもらえないかなって思ってさ」
「どうしてまた……?」
わざわざテラさんが連れて来たことに疑問を抱いてしまう。
「誰ともパーティーを組まずに難易度の高い依頼を受けようとしてて、受付たちからことごとく拒まれててさ。ちょっとそれが気の毒に思えて、そんなに難しい依頼を受けたいなら、どこかのパーティーに入れてもらうか、もしくは自分が強くなるしかないよって教えてあげたの」
「……まさか、その流れで?」
「育て屋のロゼ君に頼めばすぐに強くしてもらえるよって教えてみたんだ。ロゼ君もお客さん探してたからちょうどいいかなと思ってさ」
それでテラさんが、この黒髪少女をここに連れて来たというわけか。
誰ともパーティーを組まない冒険者の少女。
高難度の依頼を受けようとするけど、駆け出しの単独冒険者では受注ができない。
何度も拒まれているその姿を見て、テラさんが気の毒に思い、少女に育て屋のことを教えたと。
なぜ執拗に難しい依頼を受けようとしているのかは定かではないが、とりあえず事の経緯だけは理解できた。
けれど……
「事情はわかりました。せっかくテラさんが持って来てくれた仕事ですし、育て屋としての初依頼を棒に振るわけにもいかないので、引き受けたいとは思うんですけど……」
「……けど?」
「どうもその子は、そんな気ないみたいですよ」
見ると、コスモスと呼ばれた少女は、誕生日にもらったプレゼントが気に入らない幼女のように、ムスッと不満そうにしていた。
その様子を隣で見て、テラさんが慌てたように問いかける。
「ど、どうしたのコスモスちゃん? コスモスちゃんも最初は乗り気だったじゃない」
「話を聞く限りなら、悪くないかもって思ってただけ。でも実際にその育て屋ってのを見たら、なんか頼む気なくなっちゃったの」
どういう意味だろうと首を傾げていると、不意に少女の視線がこちらに向いた。
「だって、本当にこんな奴に任せて、強くなることができるのかしら?」
「……」
何をぉ、と僕は密かに握り拳を作る。
さっきから聞いていれば生意気な小娘め、と怒りを吐き出そうとすると、思いのほか的を射てる指摘が飛んできた。
「こっちはレベルが上がる度にお金を支払わなきゃいけないんでしょ? だったらそれ相応の価値があんたにあるのか、ちゃんと示してもらわないと依頼なんか出せないでしょ」
……まあ、ごもっともである。
僕に任せてくれたら早く強くなれるよ、なんて言われても証拠がなければ信じられるはずもない。
具体的にどんな方法で成長の手助けをするのか、宣伝用紙にも書いていないし。
というわけで僕は、手っ取り早く自分の力を示すために、右手を開いて唱えた。
「【スキルを示せ】」
何もない空間から羊皮紙のような紙が現れる。
それを掴み取るや、すぐに目の前のコスモスに手渡した。
彼女は訝しい顔でそれを開いて、中身を確認する。
育成師の最大の強みである、『応援』のスキルの詳細を。
【応援】・レベル10
・付近にいる人間に効果反映
・神素取得量5倍
「これで僕の力がわかってもらえたかな?」
「……」
コスモスは細めた黒目で、睨めつけるようにスキルを確かめると、やがてそれを丸めて消し去った。
すると先ほどよりも若干、表情を柔らかくしてくれる。
「確かにレベルを急成長させる力を持ってるみたいね。でも、それだけじゃ完全に信用はできないわ」
「えっ?」
「スキルの効果を見る限り、一緒に冒険に行って成長の手助けをしてくれるってことよね。それならスキルだけじゃなくて、あんた自身の力も見せてみなさいよ。一緒に魔獣討伐に行く以上、足手まといになるかもしれない人を連れて行くことはできないでしょ」
……それもまあ、もっともな理由である。
一緒に魔獣討伐に行くのなら、事前にその人の力は知っておいた方がいい。
危険区域では何が起きるかわからないし、どの場所に魔獣討伐に行くのかも、実力に応じて決めた方がいいだろうから。
というわけで、とりあえず僕の力を見せてみろと。
それなら今度は天啓でも見せればいいかと思うけれど、それよりも説得力のある方法を選ぶことにした。
「じゃあ、軽く手合いをするってのはどうかな?」
「えっ?」
「実際に戦ってるところを見た方が早いでしょ。それに僕も君の強さを見ておきたいって思ったから、僕とコスモスで手合いをして、お互いに強さを確認してみようよ。ルールは単純に、先に攻撃を当てた方が勝ちってことで」
「……」
育て屋として、依頼人の強さを知っておくのは大切なことだ。
ローズの時も、事前に実力を知った上だったから、色々とやりやすかったし。
そんな僕の意見を聞いて、コスモスはまたも不機嫌そうに顔をしかめた。
「……怪我しても知らないわよ」
こっちは、そんな気はまったくなかったんだけど。
彼女はまるで、挑発でもされた気分になったのではないだろうか。
まあ正直、僕としても……
少し生意気な少女を、ほんのちょっとだけ懲らしめてやろうという気持ちが、まったくないわけではなかった。




