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第百六十一話 「拠り所」


「えっ、そうなのですか?」


 僕からの返答を受けてランさんは宝石のような碧眼を丸くする。

 続けて僕は、王都チェルノーゼムでした会話を思い出しながら、恥ずかしい気持ちで明かした。


「王国軍側に知り合いがいまして、その人から声を掛けられたことがあります。正式に王国軍の教官にならないかって」


「やはり良いお話のひとつがあったのですね。それに王国軍の教官なんてすごい立場ではありませんか」


「えぇ。前々から懇意にさせていただいている方で、育て屋の名前がちょっと知れ渡るようになってきた頃、改めて力の有用性をその人に認めてもらって、いよいよそんなお話も持ちかけてもらえるようになりましたね」


 脳裏に紫色の長髪と、同色の煌びやかなドレスがよぎる。

 コンポスト王国、第一王女クレマチス・アミックス様。

 ネモフィラさんの手助けをした時に知り合った人物で、当時から僕の力をとても認めてくれていた人だ。

 そしてこの前、霊王軍と森王軍の企みを阻止し、ネモフィラさんを王都に送り届けた際、クレマチス様と話す機会があって……


『もし君がよかったら、正式に王国軍の兵士を見る教官になってみないか?』


 彼女からそう提案された。

 この先、またいつどこで魔王軍が悪だくみをするかわからないし、その脅威がこの国にまで及ぶ可能性は十二分に考えられる。

 だからその備えのためにも、今のうちに兵士たちの力を底上げしておきたいから、ぜひ王国軍へ入って教官をやってくれないかと誘われたのだ。

 魔王軍の脅威に対抗するために兵士たちを強くしたい、ということについては『いつでも“お手伝い”させてください』と返したけど、正式に王国軍の教官になることについては……


「王国軍の教官ともなると、立場的に上位の王侯貴族と変わらないほどなので、やはりかなりの好待遇を約束されました。お給金の話になった時は目が飛び出しそうになるほどの額でしたよ」


「ですが、いまだに育て屋をやっているということは、そのお話を“断ってしまった”ということですよね? なぜいまだにあの町で育て屋を続けているのですか?」


 ランさんの疑問も当然のものだと思いながら、僕は木々の隙間から見える青空を仰いで返した。


「国に保護されて、その指揮下で力を使うというのは……なんと言うか、僕が望んでいる力の使い方ではないからかもしれません」


「望んでいる、力の使い方?」


「確かに国の指揮下で効率的な運用ができたら、国の武力は一気に躍進すると思います。才能のある人たちを優先的に急成長させて即戦力にできますし」


 特に王国軍の兵士に選出されるほどの人物たちとなると、光る才能を見い出された精鋭たちだろう。

 僕の力があれば、そういう人たちを優先的に成長させることができる。

 きっと才能のある雛鳥たちを早々に飛び立たせることができて、この国に強い人たちが大勢溢れることになるはずだ。


「でもそれだと、今みたいに躓いている駆け出し冒険者たちを手助けできなくなってしまう」


「あっ……」


 どうやらランさんも気が付いてくれたらしい。

 僕が王国軍に正式に加入しなかった理由について。

 より厳密に言えば、あの町から離れなかったことについて。


「国にとって、ひいては軍事的に重要な人物たちから優先的に育てていくことになると、きっと今みたいに手広く色んな人たちの手助けはできない。自惚れた言い方かもしれませんけど、才能のある人たちしか僕の力の恩恵を得ることができなくなってしまうんです」


 僕は青空に向けていた視線を手元に落とし、右手をぐっと握り込んで続けた。


「じゃあもしそうなったら、あの町で停滞している駆け出しの子たちは、いったい誰に頼ればいいんですか」


 火鹿(フレアバンビ)に転がされて涙目になっていたローズを思い出す。

 石ころを飛ばすことしかできずに自嘲的に笑っていたコスモスの姿を頭によぎらせる。

 他にも悩みを抱えた駆け出し冒険者たちがたくさんいて、彼ら彼女らの苦悩を僕は目の当たりにしてきた。

 育て屋がなければあの子たちは、いまだに足踏みを続けて苦しんだままだったかもしれない。


「僕は強い人をたくさん育てたいわけではないんです。弱くても、才能がなくても、誰からも期待されていなくても、それでも強くなることを望んでいる泥臭い人たちを、少しずつでいいから成長させてあげたいんです」


 僕はここから見えるはずのないヒューマスの方角を見つめながら、静かに笑みを浮かべた。


「はじまりの町で伸び悩んでいる駆け出し冒険者たちが、まさにそうなんですよ」


 自信がなさそうにしていた子たちが、育て屋を訪れたことで前向きになり、笑顔を取り戻してくれた。

 その果てに送られる感謝の言葉が、本当にこの身に沁みてきて、そのために僕は育て屋を続けていると言っても過言ではない。

 ランさんも気付けば優し気に微笑んでいて、穏やかな表情で頷いてくれた。


「ですから、あの町で育て屋さんを続けているということですか。ロゼ様はあの育て屋さんを、伸び悩んでいる駆け出し冒険者たちの“拠り所”にしてあげたいのですね」


「まあ、正式に雇われの身になるのが息苦しそうだったっていう、情けない理由もあるんですけどね」


 頭を掻きながら心情を明かすと、ランさんはふふっとおかしそうに笑ってくれた。

 もちろん王国軍に手を貸して、国の武力を躍進させること自体は大いに賛成だ。

 だから教官として正式に採用してもらうのではなく、都合が合った時に兵士の育成の協力はさせてもらえたらとクレマチス様には伝えてある。

 彼女からもそれで充分だと言ってもらえたので、今後も僕の活動の中心はあくまで育て屋さんだ。


「というか、ランさんおひとりの天職すらまともに成長させてあげられていないのに、国に正式に保護してもらうなんて贅沢すぎますよ。やっぱり僕はヒューマスの町で細々と活動している方が合っているみたいです」


「で、ですからそれはロゼ様の落ち度ではなく、わたくしの天職のせいで……」


 ランさんは申し訳なさそうに眉を下げながらあわあわし、そんな彼女に笑いかけてから僕は立ち上がった。


「今ではランさんも、強くなることを望んでいる大事なお客さんのひとりなので、必ず僕が天職を成長させてみせます。試したいことも色々と思い浮かんできたので、さっそく向かいましょう」


「は、はい! 引き続きよろしくお願いいたします」


 僕たちは休憩を終え、再び魔獣討伐へ出発したのだった。

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