第百六十話 「保護すべき対象」
一時間の魔獣討伐の後、状況の整理も兼ねて僕たちは休憩することにした。
倒れていた木をベンチ代わりにして、持って来ていた水で水分補給をする。
ランさんも自前の水筒で水をとり、ついでにメイスについていた汚れを丁寧に洗い流していた。
その姿を横目に見てから、僕は水筒の中に視線を落としてぼんやりと考える。
どうしてランさんのレベルはまったく上がらないのだろうか?
魔獣の討伐数は十五にまで到達した。
初めて倒す魔獣も六種類いて、その分『初討伐神素』も入ってきているはず。
それでまったく天職が成長していない。
もしかしてまだ神素が足りていないのか?
ローズの『見習い戦士』の時と同様、成長のために必要としている神素があまりにも膨大とか?
いやでも、その可能性はかなり低い。
僕の方に神素が偏っているとしても、すでに討伐した魔獣の数は十五に及ぶ。
初討伐神素も加算されて、その上で『応援』スキルで神素取得量も五倍になっているから、並の天職ならレベル“10”以上になっていてもおかしくはないのだ。
それでも成長しないということは、そもそもランさんにはまったく神素が与えられていない可能性がある。
僕の支援魔法と戦闘補助がでかすぎて、神素が分け与えられていないのか?
神素取得量がゼロなら、いくら五倍にしたところでゼロのままだから。
でもトドメの一撃はすべてランさんにお任せしているから、神素がまったく入っていないというのは考えにくい。
それなら『大聖女』の天職が、戦闘で神素をまったくもらえない天職という方が説得力は大きい。
姫騎士のネモフィラさんの場合も、魔獣を倒すのではなく魔獣から攻撃を受けることでしか神素を得られなかったから。
それじゃあネモフィラさんと同じパターンかな? その可能性があるにしろないにしろ、どのみち次からは戦い方を変えてみた方がいいな。
そうなるといかにしてランさんの身の安全を守るべきか人知れず考えていると、不意に傍らから声を掛けられた。
「申し訳ございませんロゼ様。わたくしが不甲斐ないばかりに」
「えっ? どうしてランさんが謝るんですか? 謝るなら力になれていない僕の方だと思うんですけど」
「いえ、ロゼ様はここまで真摯に手を貸してくださって、わたくしの天職のことを考えてくださっています。そこまでしていただいているのに成長できていないのは、わたくしの落ち度です」
ランさんのせいでもないと思うけどなぁ。
しいて誰が悪いかと言えば、罰当たりではあるが神様の方だと思う。
こんなに真面目で優しいランさんに、ここまで厄介な天職を授けたのだから。
無難に『救命師』とか『消毒師』とか癖のない天職にしてあげたらよかったのに、と内心で神様に愚痴をこぼしていると、ランさんは暗い顔を明るくして話題を変えてきた。
「それにしても、ロゼ様は素晴らしいお力を持っているのですね。お話には聞いていましたが、こんなわたくしでも次々と魔獣を倒せるようになるなんて」
「そのための支援魔法ですからね。もちろん魔獣と戦える勇気を持っていることが大前提ではあるので、ランさんの頑張りがなければ成立しないことではありますけど」
「加えてロゼ様は、仲間を急成長させる力もお持ちなのですよね。戦いを手助けしながら天職の成長も後押しして……ここまで実用的な天職でしたら、“王国軍”などからお声が掛かったりはしなかったのでしょうか?」
意外な話題を持ちかけられて、僕は思わず無言で大きめの瞬きを繰り返す。
ランさんの口から『王国軍』という言葉が出てくるとは思わなかったな。
あまり軍事的な話に興味はなさそうに見えるんだけど。
でも僕の力を傍から見たら、当然の疑問ではあるのかな。
軍や他の組織などから、声が掛からなかったのかと。
続けてランさんはそれを問いかけるに至った理由を話してくれた。
「世には有用なお力を持った方々がたくさんいらっしゃいます。しかしロゼ様のお力は、そんな方々と比べても飛び抜けているようにわたくしは感じました。素人考えではありますが、ロゼ様はそれこそ国で正式に保護すべき対象になるかと」
「だから王国軍から何かしらの声が掛かったんじゃないか……もっと言えば、どうしてヒューマスの町にいるのか不思議に思ったってことですか?」
「は、はい。大変失礼ではあると思うのですが、ロゼ様ほどの方が穏やかな町の端で静かに育て屋をやっていることに、強烈なギャップを感じてしまって……」
自分では深く考えたことはなかったけど、他の人から見たら僕がはじまりの町で育て屋をやっているのはおかしく見えるのかな。
ランさんに関してはこの国の人ですらないから、向こうが軍事的な視点で天職を見るような価値観があるなら当然の疑問なのかもしれない。
というかこの国が少し穏やかすぎるだけか。
ランさんのような考えに至る方が自然なんだろう。
「どの国の兵士たちも天職の力を使っていますし、育て屋のお力で王国軍の武力を急成長させることができますよね。それだけではなく、上手に仕組みを作れば、国民たちの天職も効率的に成長させられると思います。それはもはや国そのものの成長と言っても過言ではありません」
ランさんは純粋な眼差しでこちらを見ながら、改まって問いかけてきた。
「ですのでそれが実現できるロゼ様のお力は、国にとって重要で、国の指揮下で効率的な運用をされるのが当然かと思います。ですから良いお話のひとつでもあったはずではと思いまして」
その問いかけを受けて、僕は嬉しいような恥ずかしいような気持ちにさせられる。
こんなにも真正面から天職の力を称賛してもらうなんてムズ痒いな。
そんな気持ちを誤魔化すように苦笑しながら、僕はランさんの質問に答えたのだった。
「まあ、そんな話がなかったわけでもないんですけどね」




