第百五十八話 「初めての戦い」
ランさんと合流した後。
僕たちは予定通り、魔獣討伐をするべく町の西側にある森に向かった。
森へ続く道を歩いている最中、魔獣との戦いを経験したことがないランさんの不安げな顔が横目に映る。
それでも彼女は弱音を吐かず、緊張感を紛らわすためかこちらに話を振ってきた。
「先ほどのお嬢さんは、もしかしてロゼ様の元教え子さんですか? とても仲睦まじいご様子でしたが……」
「教え子、って表現が正しいかはわからないですけど、育て屋のお客さんだった人を指すならその通りですよ」
仲睦まじかったかどうかは定かではないが。
あの後コスモスには、ランさんのことを新しい依頼人だと紹介したけど、なぜか不機嫌になって足早に去ってしまった。
コスモスのことをランさんにも紹介したかったのだけどそれは叶わなかったな。
「先日も思いましたが、ロゼ様はあの町で顔が広いお方なのですね。ギルドへ行けば親しい受付様がいて、道を歩けばご友人と出会えるなんて」
「あの町での生活は無駄に長いですからね。そこまで広い町でもありませんし、育て屋なんて奇妙なお店は他のどこにもありませんから」
ローズやテラさんの宣伝のおかげもあって、育て屋の名前はあの町では結構浸透している。
するとランさんは「ふふっ」と白い頬を緩めた。
「さすがは、はじまりの町の育て屋さんですね」
「そ、そんな呼び名が遠方では定着してるんですか……?」
「どうでしょうか。わたくしが聞いた呼び名はそれだったのですけど」
駆け出し冒険者の町『ヒューマス』は、別名『はじまりの町』と呼ばれている。
冒険者たちが最初の一歩を踏み出し、英雄への道筋のはじまりとなる場所だからという意味が込められているのだ。
そんな場所で珍しい『育て屋』なんて仕事をしていたら、そういう呼び名がどこかで定着していても不思議ではないか。
「わたくしはとても良い響きだと思っておりますよ。駆け出しの冒険者さんたちに寄り添ってくれるような温かさを感じて」
「本当はただの『育て屋』って名前なんですけどね」
そんな話をしているうちに、いつの間にか森のすぐ近くまでやって来ていた。
不測の事態に備えて、あらかじめ感知魔法を発動させておき、充分警戒しながら森の中へ入っていく。
ランさんの緊張も大きくなってくる中、彼女は恐る恐る森を見渡しながら問いかけてきた。
「い、意外と静かな場所なのですね。駆け出しの冒険者さんたちと鍛錬する時は、よくこの森を訪れるのですか?」
「はい。魔獣被害が絶えず続いている場所ですけど、比較的戦いやすい魔獣が多くて鍛錬には持ってこいなんです」
奥地まで行かなければそこまで厄介な魔獣もいないし。
戦いに慣れていない人でも、充分に魔獣討伐が可能な場所である。
それこそヒューマスが駆け出し冒険者の町になっている最もたる理由だからね。
ただ、油断はせずに最大限警戒しながら魔獣討伐へ挑むことにした。
「まずひとつ、絶対に守っていただきたいことがあるんですけど、何があっても僕の傍からは離れないようにしてください。いつでもランさんのことをお守りできるようにしておきたいので」
「は、はい……!」
「それで魔獣を発見した際は、僕が先陣を切って魔獣の隙を作り出します。それから僕が合図を出しますので、魔獣への攻撃を行ってください。もちろん、ご自分が入れると思った時だけで構いませんので、気楽に合図を待っていてください」
事前にそう打ち合わせをしておいて、いざという時に対処できるようにしておく。
そのおかげかランさんも少し気持ちが軽くなったようで、肩に入っていた力が僅かに抜けたように見えた。
ローズとかコスモスの手助けをした時は、ここまで過保護になりはしなかった。
あの時すでに彼女たちは冒険者としてある程度の戦闘経験を積んでいたから、気持ちの準備をする必要もなかったし。
今回のこのやり方は、姫騎士ネモフィラさんの手助けをした時とやや近しいように感じる。
あの時は少し油断して、魔獣から不意打ちされてネモフィラさんが攻撃されることがあったけど、今日はそんなことがないように一層気を引き締めていこう。
まあネモフィラさんの時は、それが『姫騎士』の天職の成長方法を知るきっかけのひとつにもなったけど。
「もし気持ちが整わなかったり、何か不都合があった際にはすぐに討伐を中止するので伝えてください」
念のためにそう付け足した後、僕は次に聞いておかなければならないことを尋ねる。
「それで、ランさんの“武器”についてなんですけど、先日ご自分で用意されると仰っていましたけど持ってきましたか?」
「はい、一応……」
ランさんはそう言ってローブの下を少しまくり上げる。
見てはいけないと思ってそっと目を逸らすと、少しの間衣擦れの音だけが隣から聞こえてきた。
音が止み、恐る恐るランさんの方に視線を戻すと、どこに仕舞っていたのか彼女の手には銀色に輝く“メイス”が握られていた。
ヘッドの部分が金属製の羽四枚で作られた、特に尖った特徴もない平凡なメイス。
少し重たそうにそれを両手で持つランさんは、不安げな目をこちらに向けてきた。
「こ、こちらで問題なさそうでしょうか? セパル治療院の習わしで、刃物の類は治療道具と調理器具を除いて持てないようになっているので」
「はい、この武器でも充分戦えますよ。むしろ振り回して相手を叩くだけなので、癖がなくて使いやすいと思います」
変に扱いづらい武器だったり刃がついているものは、自分に跳ね返って怪我をするリスクがあるからね。
僕としてはすごく安心できる武器だ。
本当は魔獣に近付かせるのも怖いから、投擲武器なんかが一番安心できる武器種だったんだけど。
でもどういうわけか、投擲系や射撃系の武器って神素取得量が極端に少なかったりするんだよなぁ。
たぶんあまり危険を冒して戦っていないから、神様に戦果を認めてもらいづらいということだと僕は考えている。
だから天職を成長させたい今、多少危険でも近接武器を持った方が確実にいいのだ。
「でもどうしてずっと服の内側に武器を隠していたんですか? 歩きづらかったんじゃありません?」
「少し見た目が物騒ですので、町の中で持ち歩くのはいかがなものかと……」
「あの町では武装した冒険者があちこちで駆け回っていますから、そこまで気にする必要はないと思いますよ」
ここに来るまで武器を隠していたのはそれが理由だったのか。
ともあれ彼女の装備も確認できたところで、早めに支援魔法をかけておく。
「【筋力強化】、【敏捷強化】、【耐性強化】」
ランさんに手をかざしながら魔法を発動させると、きちんとかかったことを示すように彼女の体が色鮮やかに光った。
そしてランさんも変化を感じたようで目をハッと見開く。
「こ、これがロゼ様の支援魔法ですか……! あれだけ重たかったメイスがとても軽くなったように感じます……!」
「それだけではなくて、足回りや体の頑丈さも強めておきましたので、今のランさんは並の冒険者と変わらないほどの力を発揮できるはずですよ。ただいきなり支援魔法を施した状態で動き回るのは難しいと思うので、今のうちに少し慣れておきましょうか」
差し当たって軽くメイスを素振りしてもらって、脚の軽さに慣れてもらうためにその場でぴょんぴょん跳ねてもらう。
そうやってある程度支援魔法の恩恵を感じてもらえた辺りで、タイミングを見計らったかのように後方に気配を感知した。
「あっ、ちょうど後ろの方に魔獣がいます。もう準備はよさそうですか?」
「は、はい……! 思い切り魔獣を叩くだけで、長々と足踏みしているわけにはいきませんから」
ランさんの気持ちも充分に入っていることが伝わってきたので、ふたりで気配のした方に近付いていく。
するとそこには、背中から尻尾にかけて火を迸らせている、鹿のような魔獣がいた。




