第百五十七話 「言い知れぬ感情」
「……コスモスじゃん」
見慣れた黒いローブと三角帽子。可愛らしい装飾の大きな杖。
たった今、たまたま頭に思い浮かべていた人とこうして出会うなんてすごい偶然だ。
そんなコスモスはパン屋さんの前にある真っ白なベンチに腰掛けていた。
そして何やら見知らぬ男女ふたりに声をかけられている真っ最中である。
するとコスモスが何かしらの返答をした後、男女は少し肩を落とした様子で彼女の前から去っていった。
その後、行き場を失くしていた右手のパンを、小さな口でちびちび食べ始めるコスモスに、僕は挨拶がてら声をかける。
「おはようコスモス」
「あらっ、今度はあんたが来るのね」
コスモスはパンに口をつけたまま、目だけでこちらを見てくる。
そんなに驚いている様子はない。
ここから育て屋が近いからか、僕とここで会うことを奇遇だとは思っていないようだ。
そのままもぐもぐとパンを食べ続けていたので、僕は先ほど男女が立ち去って行った方を見ながら尋ねた。
「さっきの人たちは知り合いか? なんかやけに落ち込んでるように見えたけど」
「初対面の駆け出し冒険者よ。ここで朝ご飯食べてたら、私のことをパーティーに勧誘してきたから断っただけ」
「あぁ、なるほどね」
この町のギルドで……というか、この町全体で見てもコスモスはすでに有名人。
その実力を知ってパーティーに勧誘してくる冒険者がいても不思議ではない。
それで憧れのコスモスを仲間に誘ってみたけれど、見事に撃沈して肩を落としていたってわけだ。
「で、あんたは朝早くにここで何してるの? まさかさっきの人たちと同じでパーティーに勧誘しに来たわけじゃないわよね?」
「もしそうだったらどうするんだ?」
「えっ? そ、それはもちろん…………さっきと同じで断るに決まってるわよ」
コスモスは「ふんっ」と鼻を鳴らしてそっぽを向く。
そして何かを誤魔化すみたいに、手に持っていた朝ご飯のパンを頬張ってからもごもごと続けた。
「今は誰ともパーティーを組む気はないの。第一この町の冒険者たちと私とじゃ、あまりにも実力がかけ離れてるし、私がおんぶにだっこしてあげたらその人たちのためにならないでしょ」
「へぇ、ちゃんとその辺りのことは考えてるんだな」
前にローズに似たようなことを言ったことがある。
規格外の力を目覚めさせたローズが、並の冒険者とパーティーを組んでしまうと、実力に大きな隔たりが生まれてしまう。
そのギャップはパーティーの動きを鈍らせて、結果的に最後はローズ頼みになるだろうから不都合だろうと。
できれば誰かとパーティーを組む際は、実力が釣り合っている人とした方がいいと僕は忠告した。
けどコスモスは言われずともそれがよくわかっているようだ。
「だからいくらこの町の冒険者に勧誘されても断るようにしてるの。ま、強い冒険者に勧誘されてもパーティーに入るつもりはないけどね」
「それは、仲間と連携するよりも、ひとりの方が能力的に都合がいいからとか?」
「それもあるけど、一番はやっぱりひとりの方が気楽だからよ。私、人に合わせるのとか嫌いだから」
実にコスモスらしい答えである。
孤高という言葉が誰よりも似合う彼女に、群れるという行為は相応しくない。
「私にとってはひとりの時間が何よりも貴重なの。誰かとずっと一緒にいて気を遣うなんて息苦しいじゃない」
「あー、それは僕も同感だな。パーティーを組んでいた時も、どこかのタイミングでひとりの時間は欲しかったから」
「ま、パーティーならではの楽しさっていうのもあるとは思うけど、そういうのを味わうのは一時的に協力した時くらいでちょうどいいのよ。この前あんたたちに協力した時みたいな感じでね」
「他人に興味なさそうな感じがコスモスらしいな」
「ハッ! 他人になんて興味あるわけないでしょ」
コスモスはパンの最後のひと欠片を口に放り込み、ベンチから勢いよく立ち上がって自信に満ちた笑みを向けてきた。
「だって今は、自分自身に興味津々なんだから」
朝日が彼女の笑顔を照らし、強い光に僕は思わず目を細めてしまう。
自分自身に興味津々……
そう言えることが、なんだかものすごく眩しいと感じてしまった。
いったいどれだけの人が彼女と同じセリフを口にできるだろう。
コスモスは強くなった。僕の育て屋に来る以前よりも格段に。
だから今、自分への興味はまったく尽きないのだろう。
できることが増えてなんでもやれるようになったから、他人に興味を向けている暇なんかなく、自分のことで頭がいっぱいになっているのだ。
そのことに言い知れぬ感情を覚えて目を伏せると、不意に目の前からコスモスの呟きが聞こえた気がした。
「……ま、誰かさんは例外だけど」
「……?」
首を傾げながら顔を上げると、コスモスはいつも通りの不機嫌そうな表情に戻っていた。
そしてそろそろギルドに向かうのか、ベンチに立てかけていた杖を取りながら尋ねてくる。
「ところで、あんたはこんな朝早くにここで何してんのよ? 育て屋の依頼?」
「あっ、うん。僕は今から……」
依頼人と合流する予定なんだ、と伝えようとすると……
その声を遮るように、前方から別の人の声が聞こえてきた。
「ロゼ様ー! 奇遇ですねー!」
肩のあたりまで伸びる純白の髪と、新雪ように汚れひとつないローブの裾を揺らしながら、こちらに向かって駆け寄って来る人物がひとり。
僕がまさに今から合流しようとしていたランさんだった。
東区の中央広場で待ち合わせの予定だったけど、どうやら道中で僕を見つけて声をかけてくれたらしい。
待ち合わせ場所で探す手間が省けてよかったと思いながら、ランさんに向かって手を振ろうとすると……
ガシッ! と小さな手が僕の胸ぐらを掴んできた。
「だだ、誰よあの綺麗な人⁉ ロ、ロゼ様って言ったわよ……!」
「……いや、興味津々すぎるだろ」
他人に興味なんてないんじゃなかったっけ。




