第百五十六話 「異質な治癒師」
ギルドのスペースを貸してもらって三時間。
みっちりと治癒活動を行ったけれど、結局ランさんの天職は少しも成長することはなかった。
僕の『応援』スキルの影響下で、だいたい三十人くらいの治療をしたのだが、その後に天啓を確認してもレベルは“1”のまま。
神素の取得量は五倍に増えているはずなので、実質冒険者を百五十人も診たことになるはずなのに。
どうしてランさんの天職には何の変化もあらわれていないのだろうか?
「申し訳ございません、ここまでご協力していただいたのに」
「いえいえ。僕の方こそごめんなさい。育て屋として力が及ばずに」
治療スペースに並べていた椅子と机を片付けながら、僕は眉をひそめて考える。
大聖女の天職が聖女の上位互換的な存在なのは間違いないはず。
それでどうして聖女アイリスと同じ方法で成長ができないんだ?
勇者パーティー時代にアイリスの成長はきっちりこの目で見てきた。
勇者ダリアが前線を張って怪我をして、それを治すことで天職が成長していた。
それ以外に特別な何かをしていたという記憶はない。
“大”聖女というだけあって聖女とは別種の役割を持っているのだろうか? あるいは聖女の上位互換などではなくまったく別の天職とか?
人知れず考えを巡らせていると、不意に横でランさんが呟いた。
「やはりわたくしの天職は、何かおかしなところがあるのでしょうか……? 治癒関係の天職であれば、誰かを治療していれば自ずと天職は成長するとお話に聞いたことがあるのですが……」
それは何も間違ってはいない。
ただもしかしたら『大聖女』が治癒関係の天職という前提が間違っている可能性はある。
ひとまずは落ち込んでいるランさんを慰める意味でも、僕はひとつの提案を出した。
「一般的な治癒系の天職と違う存在なのは確かだと思います。だからこそまだ成長できる可能性は残されていますよ」
「……と言うと?」
「天職は人々が魔獣に対抗できるように神様が授けてくれたものです。であれば、素直にそれに則ってみるっていうのはどうでしょうか?」
少々回りくどかったせいだろうか、ランさんはきょとんと首を傾げる。
今度はわかりやすく伝えるために、僕は端的にその方法を告げた。
「魔獣討伐です」
「ま、魔獣討伐、ですか……」
「治癒系統の天職の人は、誰かの傷を癒すだけでも成長ができます。でもそれはできるというだけで、実は最善手というわけではありません。実際は治癒系統の天職の人も、魔獣討伐による成長の方が格段に早かったりするんですよ」
「そ、そうだったのですか」
天職は元々魔獣に対抗するためのもの。
それぞれ役割はあれど、結局は魔獣討伐によって得られる神素が一番多くなっているのだ。
治癒系統の天職の人だって例外ではなく、魔獣を倒せば神様からたくさんの神素をもらえる。
他人の治療をしても成長できないのであれば、魔獣討伐という原点の方法に帰るのもひとつの手だ。
「もしかしたらランさんは神素取得の割合が偏っていて、治癒系統の天職でありながら治療行為で成長できず、代わりに魔獣討伐での成長が著しい可能性があります」
「し、神素……? とは、いったいなんのことでしょうか?」
「戦果に応じて神様が与えてくれる、“天職の栄養”みたいなものです。ランさんはそれを、怪我人の治療ではまったくもらえず、魔獣討伐によって得られる天職なのかもしれません。現にまだ魔獣討伐のご経験はありませんよね?」
「え、えぇ。まだ一度も……」
「であれば魔獣討伐で成長できる可能性は残されています。治癒師としては本意ではないでしょうけど、成長するために一度試してみませんか」
ギルドの壁際に積まれてある椅子の山に、持っていた椅子を片付けながらランさんに提案する。
彼女も同じく椅子を丁寧に山に積んでから、不安げな様子で返してきた。
「可能性があるのでしたら、ぜひとも試してみたいです。けれど、わたくしに魔獣が討伐できるでしょうか? 戦った経験などまるでないのですが……」
「そこは僕の力に任せてください。ランさんにできる限りの支援魔法を施して、戦闘能力を並の冒険者と変わらないほどまでに上昇させます」
「そ、そのようなこともできるのですか……!」
どうやらランさんは、育成師の支援魔法のことまでは把握していなかったらしい。
育て屋の僕のことを、天職を急成長させる人というくらいの認識だったようで、手で口元を隠しながら驚きをあらわにしている。
「それと僕もなるべく戦闘に参加して、ランさんの戦いのサポートをさせてもらいます。僕が危ないと判断したらすぐに助けに入るので、ふたりで魔獣を討伐しましょう」
おそらくそうすると、神素の分配は僕の方に大きく偏ると思う。
けど、少なからずランさんの方にも分けられるはずだ。
それで最低限、『大聖女』が魔獣討伐で成長できるかどうかは確かめられる。
やはりランさんはまだ不安な様子で目を泳がせていたが、やがて決心したように確かな頷きを返してくれた。
「わ、わかりました。天職の成長のために、魔獣と戦ってみたいと思います……! ロゼ様がご一緒でしたら、わたくしでもできそうな気がしてきましたから」
「では明日の朝、東区の中央広場で待ち合わせをしましょう。それで町の西側にある森で魔獣討伐をするという流れで。もちろん無理にとは言いませんので、気が変わりましたらお伝えください。また別の方法を考えましょう」
第一歩目となるギルドでの治癒活動は空振りに終わってしまったが、ランさんのやる気はまったく削がれた様子はなく、僕もできる限り尽力したいと思ったのだった。
翌朝。
すっきり目覚めた僕は、ランさんと一緒に魔獣討伐へ臨むべく、待ち合わせ場所の中央広場へ向かうことにした。
今日は他に予定も入っていないし、じっくりとランさんの手助けに注力できる。
約束した時間に間に合うように余裕を持って玄関を出ると、爽やかな朝日と心地よいそよ風が僕を出迎えてくれた。
一昨日のコスモスと出かけた際の慌ただしさとはえらい違いだと思いながら、朝の通りを軽快に歩いていると……
「んっ?」
なんたる偶然か、くだんのコスモスの姿が道の先に見えた。




