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第百五十五話 「繁盛」


 程なくしてギルドの端っこに、ランさん専用の治療スペースが完成した。

 木製の机と二脚の椅子という、なんとも簡素なものではあるが、仰々しくする方が却って警戒心を生んでしまう。

 あくまで表向きは、伸び悩んでいる見習い治癒師の慈善活動ということになっているので、これくらいシンプルな方がお客さんも来やすいだろう。

 という思惑とは違い、意外な要素で周りからの注目を集めていた。


「おい、あそこ見ろよ……」


「なんかめっちゃ綺麗な人いるな」


 駆け出し冒険者たちの視線が、ギルドに突如として現れたランさんに向けられている。

 彼女の麗しい外見に目を奪われている人たちが多いらしい。

 加えてここには無骨な格好をした冒険者ばかりで、白を基調とした清楚なローブ姿の女性は異彩を放つ存在のようだ。

 あと、地味にこんな声も聞こえてくる。


「てか一緒にいるの、確か育て屋さんとかいう人じゃないか?」


「あれも何かの育成の一環なのか……?」


 その声を受けて、僕は密かに嬉しさと気恥ずかしさを同時に覚える。

 どうやらこの辺りの冒険者たちには、それなりに顔が知られているみたいだ。

 しかも僕がどういうことをしている人物かも周知されているらしく、育て屋の名前が少しずつ広がっていっているのは素直に嬉しい。

 ただ注目を集めるというのは恥ずかしさもあり、若干の居心地の悪さも感じてしまった。

 でも、僕のことが知られているのなら話は早い。

 育て屋としての実績がある僕からの言葉なら、説得力は充分だろう。

 人前で大声を出すことに慣れていない僕は、心臓をバクバクさせながらもなんとか声を搾り出した。


「え、えっと……怪我をされてる方はいませんか⁉ こちらで治癒活動を行っています。料金は一切取りません。見習い治癒師の鍛錬の一環として、ご協力いただけましたら幸いです」


 意外にも声がギルド内に響き、予想以上の視線がこちらに集まってくる。

 しかし人は集まってはくれなかった。

 こちらを気にするような視線を送ってきてはいるが、揃って訝しむような顔をしている。

 まあ、見る人によっては怪しい勧誘みたいな感じだからね。

 あるいは運が悪いことに、この中に怪我をしている人がまったくいないとか。

 どちらにしてもこの様子なら、走り出しは失敗だな。

 ……と、肩を落としていると、不意に二人の冒険者が勢いよく駆け寄ってきた。


「ロゼ先生ー! ここで何してるんですか?」


「ですか~?」


「えっ? なんでアネとモネがここにいるんだ?」


 桃色のミディアムヘアと水色のミディアムヘアが目の前で揺れて、僕は思わず目を丸くする。

 ランさんと会う前に、僕が成長の手助けをしていた冒険者姉妹……アネとモネ。

 先ほど今日の鍛錬が終わってふたりは帰ったはずなのに、どうしてギルドにいるのだろうか?

 ニコニコ笑顔のアネと相変わらず眠たそうな表情のモネを見ながら、僕はふたりに問いかける。


「ふたりとも今日はもう帰ったはずじゃないのか?」


「いやぁ、ロゼ先生と一緒に討伐に行った後だから、自分がどれだけ成長したか確かめたくて……」


「気持ちが落ち着かないからギルド来た~」


 そんな遊び盛りな子供みたいに……

 まあふたりはまだ十二歳で子供だし、今が一番伸び盛りだからその気持ちはわからないではないけど。

 成長の手助けを請け負った育て屋として、ひとつ苦言を呈しておく。


「やる気があるのはいいことだけど、頑張るのと無理をするのは同じじゃないぞ。休むのだって鍛錬の一環なんだから」


「はーい、今日はもう大人しく帰ることにします」


「ます~」


 ふたりは反省したように目を伏せる。

 ここで何かを言い返さない辺り、本当にふたりは聞き分けがよくて教える側の立場として助かるんだよなぁ。

 改めてふたりの素直さに感心していると、ふとアネが前のめりになって尋ねてきた。


「それよりもギルドにいるなんて珍しいですね! ロゼ先生がギルドにいるの、なんだかすごく新鮮です!」


「もしかして、ギルドの依頼受けにきたの~?」


「違うよ。育て屋の仕事。その都合で久々にギルドに来たんだよ」


「先生だってお仕事の後でお仕事してるじゃないですか! 休むのだってお仕事の一環だと思います!」


「ます~」


 これはまた見事な意趣返しをされて耳が痛い。

 確かに仕事の後で仕事をするのも褒められたものではないな。

 ただ……


「僕はそんなに疲れる立場じゃないからいいんだよ。ふたりのことを見守ってただけだし。そんなことより、ふたりはどこか怪我とかしてないかな?」


「怪我?」


「ここにいるランさんが、今この場所で治癒師の鍛錬として怪我人の治療を行ってるんだ。もしどこか怪我とかしてるならぜひ治療を受けてくれないかな? お金も取らないし」


 ちょうどいいと思ったのでアネとモネにそう提案する。

 都合よくどちらかが怪我をしてくれている可能性は低いので、ダメもとでそう聞いてみたのだが……

 意外な答えがモネの方から返ってきた。


「あ~、それならちょうど~、アネが怪我してるよ~」


「あっ、こらモネ!」


「さっき火鹿(フレアバンビ)と戦ったでしょ~。そのとき脚に、ちょっと火傷したんだって~」


「えっ、そうだったの?」


 確かにさっき僕が見ている前で、ふたりは火鹿(フレアバンビ)と戦った。

 僕は呆れた目でアネを見る。


「どうしてその時言わなかったのさ」


「え、えっと……何も言わない方が、かっこいいかなぁと思って」


「かっこいいかなって……。小さな怪我があとになって響いて、大きな怪我に繋がったら大変なんだから報告はしっかりすること。ちゃんと見抜けなかった僕も悪いけど」


 アネの天職は『蹴闘士(しゅうとうし)』。

 脚に対してのみ、恩恵の力が倍にかかる『蹴技(けりわざ)』というスキルを持った戦闘職だ。

 だから脚は人一倍頑丈になっていて、火鹿(フレアバンビ)を蹴飛ばしたくらいではビクともしないと思っていたけど、僅かに火傷を負っていたようだ。

 もっとよく見てあげていればよかったと反省しながら、僕はランさんにお願いする。


「ではランさん、ここにいるアネの脚の火傷を治療してくれませんか?」


「はい、わかりました」


「こ、こんなのツバ付けとけば治るのにぃ」


 しのごの言わずに脚を出す、と僕が言うと、アネは渋々と右の膝を出した。

 そこには確かに僅かな火傷の跡が見えて、ランさんに目配せをして「お願いします」と告げる。

 すると彼女は両手を伸ばし、アネの右膝にかざしながらおもむろに目を閉じた。


「【回帰(ヒール)】」


 瞬間、ランさんの両手に白い光がほのかに灯る。

 見ているだけで心が温かくなるような優しい光。

 その光を当てられた右膝の火傷は、少しずつではあるが徐々に薄れていっている。

 そしてじっくり十五秒ほどかけて光を当て続けると、アネの右膝についていた火傷はすっかりと姿を消した。


「ふぅ……これで治療は終わりました」


「わぁ、綺麗に治ってる! 治癒師のお姉さんありがとう!」


 その声を受けて、ランさんはほっと胸を撫で下ろす。

 僕も改めて彼女が治癒師であると確信を得られて、密かに安堵した。

 治療の効果は薄いけど、確かに彼女は人を癒やす力をその身に宿している。

 今はまだ小さな傷ひとつを治すのにも時間がかかってしまっているけど、きちんと成長できれば、治療院の手伝いどころか最大戦力として数えられることだろう。

 無事に脚が治ったアネは、咲くような笑みを残してモネと一緒にギルドを後にした。

 彼女たちを見送った後、僕はここぞとばかりに宣伝する。


「他にも怪我をされている方がいらっしゃれば、ぜひ治療をさせてください」


 アネのおかげで、ランさんの治癒の能力を公にすることができた。

 この絶好の機会を逃すわけにはいかない。

 すると最初は僕たちを怪しんでいた冒険者たちも、警戒心が解けたのかひとりずつ近づいてきた。

 それに続いてひとり、またひとりと治療スペースにやって来て、怪我をしている箇所を見せてくる。


「これくらいの切り傷でも治療してくれるのか?」


「俺は戦いの時にできたこれくらいのアザなんだけど」


「はい、問題ありません。傷の大きさによってはお時間をいただくこともあるかと思います。では、患部を出しておひとりずつ椅子にお座りください」


 そうしてようやく本格的に、ランさんの治癒活動が開始された。

 気付けば治療スペースには少しの列ができ、駆け出し冒険者たちは患部を出して待っている。

 アネが起爆剤になってくれたおかげで、無事にお客さんを確保できたな。

 あとは僕の『応援』スキルの影響下で、ランさんの『大聖女』の天職にどれだけの変化が生じるかだ。

 これだけの怪我人を治療すれば、これまでまったく成長できなかった彼女でもさすがに少しくらいは天職が成長するはず。

 それを期待しながら、僕は治療の手を進めるランさんを横目に、治療スペースの列の整備に尽力したのだった。


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