第百五十四話 「治癒活動」
「お久しぶりですテラさん。“相変わらず”お元気そうでよかったです」
「……その“相変わらず”には、私を小馬鹿にするような他意が含まれてるように見えるぞぉ」
肘でぐりぐりと腕を押してくる。
しばらくやって満足したのか、テラさんはふふっと微笑みながら改まって聞いてきた。
「で、今日はどうしたのかな? もしかして久々に冒険者として依頼を受けたくなったとか? なら私がとびきりに難しそうなやつを見繕ってあげるよぉ~」
「そこは簡単なやつにしてくださいよ」
「ロゼくんなら余裕でしょ」
テラさんは悪戯っぽい笑みを浮かべて茶化してくる。
この人は何かと僕を過大評価してきて、いずれ本当に超難題な依頼を出してきてもおかしくない。
そもそも冒険者として依頼を受けに来たのではなく、育て屋としてここを訪れたのだ。
「ではなくて、今日は育て屋としてギルドに用事があるんですよ。用事というか“お願い”って言った方がいいかもですけど」
「お願い?」
首を傾げるテラさんに、僕は置いてけぼりにしてしまっていたランさんを紹介する。
「この方に二、三時間ほど、ギルドの端っこでもいいのでスペースを貸していただけませんか? 育て屋さんにやって来た治癒師さんで、成長のためにギルドで無償の治癒活動をさせていただけたらと思いまして」
ランさんを手で示すと、彼女はおずおずと姿勢を正してテラさんに会釈した。
「は、初めまして、バークチップ王国から参りました治癒師のランと申します」
「え、えぇ、初めまし……て……」
「この度は治癒師として勉強させていただきたく、どうかギルドでの治癒活動をお許しくださいませんか?」
「……」
ランさんは真摯な態度でテラさんにお願いする。
するとテラさんは、華麗な所作で頭を下げるランさんを前に、なぜか石のように固まってしまった。
心なしか唖然としたように、口が僅かにぽかんと開いている。
何かおかしなところでもあっただろうかと思ってテラさんを見ていると、やがて彼女は『はぁ~~』と盛大なため息をこぼして呟いた。
「まったく、育て屋にはどうしてこうも……。ロゼくんは何か引き寄せる力でもあるんじゃないかな……。いや、ローズちゃんとコスモスちゃんは私が導いたんだけど」
「テラさん……?」
「ううん、なんでもない。えっと、ギルドのスペースだっけ? 貸す分には全然いいよ。でも……」
テラさんはふとランさんの方を見ると、少し訝しむようにつぶらな目を細くする。
次いで申し訳なさそうな顔で僕の方に向き直った。
「ロゼくんの紹介とはいえ、さすがに無名の治癒師さんに駆け出しの子たちを見せるのは難しいかなぁ。それが本当に治療行為かどうかは、見ただけじゃ判別できないから」
「な、なるほど……」
確かに一理ある。
やろうと思えば、治療行為と偽って傷口に毒を塗ることだってできてしまうから。
そして冒険者たちを危険な状態に陥らせて、解毒剤が欲しければ多額の金を用意しろ、なんて展開になることも……
まあ、これはさすがに飛躍しすぎた話かもしれないけど、ランさんが治療行為以外の目的を持って冒険者に接する可能性はどうしたって否定しきれないのだ。
テラさんは僅かにあるその危険性を無視せず、二つ返事で了承してはくれなかった。
普段おちゃらけた様子のテラさんだけど、この辺りの管理を徹底してるのはさすがだな。
「うーん、せめて天職の確認をさせてもらって、治療の能力があることを最低限見せてもらえないと……」
「天職か……」
僕はチラッとランさんを一瞥して眉を寄せる。
騒ぎになるから天職のことは伏せておこうと事前に話し合っていたのに、まさかこんなにも早いタイミングで明かすことになるなんて。
でもまあ、それでギルドのスペースを貸してもらえる可能性が出るなら構わないか。
テラさんだけになら、別に教えても問題ないだろうし。
と思ってランさんの方に目配せすると、こちらの意思を悟ったように彼女は首を縦に振ってくれた。
「私は別に構いませんよ。それで治癒活動を許していただけるのでしたら」
「……では、天啓を出していただけませんか?」
再びランさんは頷き、両手を水を掬うような形にして「天啓を示せ」と唱える。
すると手元に丸められた羊皮紙のようなものが現れて、それをテラさんに渡した。
「ありがとうございます」と言ってそれを受け取ったテラさんは、丁寧に天啓を開いて紙面を確認する。
瞬間、彼女の目が見開かれた。
「だ、大聖――!」
女、と言いかけたところで、テラさんは自分自身で口に手を当てて声を抑える。
天職は個人情報。それを大声で明かしてしまうという失態を間一髪のところで我慢してみせた。
吐き出しかけた声をごくんと飲み込んだ後、テラさんは小声ながらも口早になって問いかけてくる。
「だ、『大聖女』って、あの『聖女』の天職の上位存在ってこと⁉ この人いったい何者なの……⁉」
「さっきランさんの口から聞いた通りですよ。遠方の国から来た治癒師さんです。原因はわからないですが、天職がまったく成長しないので育て屋に相談にいらっしゃったんです。これで彼女の治癒能力については認めてもらえましたか?」
「ま、まあ、聖女の天職の上位存在なら、治療の力は折り紙つきだもんね」
どうやら無事にランさんが治癒師であることは受け入れてもらえたらしい。
ダメ押しと言わんばかりに僕は補足する。
「もちろん何かあった時には僕が責任を負います。治癒活動の最中は『神眼』のスキルで様子を見守って、何か異常が発覚した時はすぐに止めますから」
「……うん、ロゼくんがそこまで言うならわかったよ。料金も別に取らないみたいだし、私からギルドに話を通しておくから、受付の妨げにならない場所で好きにやって」
「……あ、ありがとうございます!」
ランさんは胸に手を当てながら安堵を見せ、今一度深いお辞儀をした。
そしてテラさんはさっそくギルド側に話を通すために受付の奥へと下がっていく。
その背中姿を見届けてから、僕は肩をすくめてランさんに言った。
「とはいえ、冒険者の人たちが確実に来てくれるかどうかはわかりませんけどね。もし怪我人が来なかった時は、僕が自傷でもして怪我人になるので、それで最悪治療を行いましょう」
「さ、さすがにそこまでしていただくわけには……」
まああくまでこれは最終手段だ。
僕が自分でつけた傷をランさんに治してもらったところで、神素はほとんどもらえないだろうから。
これは僕の『応援』スキルの影響下でも天職が成長しないのかどうかの検証なので、治癒師として真っ当な行動を取らなければ検証にならない。
だから冒険者の人たちが集まってくれるように祈りながら、治療スペースの設営に取りかかったのだった。




