第百五十三話 「恵まれた環境」
大聖女ランさんの成長を手助けすることになり、まずはギルドで軽く治癒魔法を見せてもらうことにした。
あそこには毎日のように傷付いた駆け出し冒険者たちがやって来る。
治療費がもったいないからと節約して傷をそのままにする子たちがあまりにも多いので、悪い意味で怪我人には事欠かない。
だからお金を取らず、慈善の治癒活動として怪我人を集えば、ランさんの治癒魔法を見ることができるだろう。
それで僕の『応援』スキルの影響下で、レベルに変動があるか確かめられるというわけだ。
というわけで僕たちは育て屋を後にして、ギルドに向かって大通りを進んでいく。
ランさんはこの町の人間ではなく、どころかコンポスト王国の出身でもないらしいので、物珍しげに視線を彷徨わせながら隣を歩いていた。
彼女の出身国であるバークチップ王国と、町並みがかなり違うのだろうか?
逆に僕は向こうの国には行ったことがないので気になってくる。
特に話すこともなかったので、沈黙を誤魔化すように話を振った。
「バークチップの方とは町の景観が違いますか?」
「あっ、キョロキョロしてしまって申し訳ございません。まだこの町に来たばかりで見慣れていなくて」
民家の間から風が吹き抜けてきて、ランさんの白い長髪がふわっと舞う。
彼女はそれを片手で押さえながら、改めて町を見渡して感慨深そうに続けた。
「そうですね。わたくしが暮らしていた町とは風景がまったく違いますね。それ以上に気温も違って、こちらは過ごしやすくて羨ましいなと思っておりました」
「あぁ、バークチップは南方にありますからね。ここより随分と暑いんでしたね」
「えぇ。そのせいで熱で倒れる方も多く、冒険者たちは軽装を余儀なくされております。本当なら重装備で身を固めたいと嘆く方も多くて……」
そっか、暑いと軽い装備しかつけられないのか。
熱で倒れたら元も子もないから、重装備を避けて軽装で魔獣と戦うしかない悪環境。
気温の違いで魔獣討伐の辛さも大きく変わるんだな。
そう考えると、このコンポスト王国……ひいてはヒューマスの町はすごく恵まれているよなぁ。
不安定な気候に悩まされることもなく、不機嫌な空模様に振り回されることだってほとんどない。
のびのびと駆け出し冒険者たちが成長できる整った環境だったんだな。
「それと静かで治安も安定しているのがいいですね。バークチップの町では年中、どこかしらで喧嘩が起きていますから」
「それに関しては場所によりけりかと。この町では確かに少ないですけど、このコンポスト王国にある別の町では治安の悪化が嘆かれているって聞きますから」
その辺りは領地を統治する人や周りの環境に左右されるのではないだろうか。
ただ、それを差し引いてもバークチップ王国の方は、全国的に見て治安が悪い方だと聞いている。
特に富裕層と貧困層の隔絶が著しく、仕事につけずに物乞いになったり果てには野盗にまでなる人がかなり多いとか。
貧民窟の急増で国全体の衛生面の悪化や、反社会勢力の台頭なども懸念されていて国側が頭を悩ませていると風の噂で聞いた気がする。
そこからはるばるやって来たランさんにとって、この町はすごく静かで落ち着いた雰囲気に映ったことだろう。
そんな話をしながら通りを歩いていると、道すがら駆け出し冒険者たちとすれ違うことが多くなってきた。
ふと僕は今さらながら、とても大切なことを思い出す。
今しがたすれ違った冒険者を横目に見ながら、周りに聞こえないようにランさんに囁いた。
「伝え忘れていたんですけど、ランさんが『大聖女』の天職であることは、なるべくギルドでは伏せておきましょう」
「えっ、なぜでしょうか?」
「たぶん大騒ぎになって取り囲まれてしまうので」
まぁ、とランさんは片手を口に当てて上品に驚きをあらわにする。
続けて疑問に満ちた目を向けてきたので、僕はその理由を簡潔に話した。
「バークチップ王国の方ではあまり著名ではないのかもしれませんけど、こちらでは『聖女』はかなり優れた天職として名前が通っています。特に元勇者パーティーに同じ天職を持った人がいて、その活躍は広く知れ渡っていますから」
「そうだったのですね。まったく知りませんでした」
「ランさんは天職の成長のために一時的にこの町に来ているだけなので、冒険者パーティーの仲間に誘われても無意味になってしまいます。彼らを無駄に落胆させてしまわないようにも、端から伏せておく方が賢明かと」
「なるほど、おっしゃる通りでございますね」
ランさんはこくこくと頷いてくれる。
差し当たってランさんには、一般的な治癒系天職である『救命師』を名乗ってもらうことにした。
ちょうどそのタイミングでギルドの前に辿り着き、ランさんと一緒に中に入っていく。
そして最初に僕は、受付の方を指で示して彼女に提案しようとした。
「ではまずは受付の方に行きましょう。顔馴染みの受付さんがいるので、その人に話を通してギルドで治癒活動をさせてもらえるように交渉を……」
と、言いかけたその時――
突然視界が真っ暗になった。
というか、両目を“何か”で覆われて前が見えなくなってしまった。
ほのかに熱を感じる。おそらく誰かの“手”だろうか?
続けて後ろから聞こえてくる、聞き馴染みのある女性の声。
「だ~れだ?」
……こんなことする知り合いは一人しか知らない。
僕は後ろに立つ女性に、思わずため息まじりに返した。
「町中とかでたまにこういうことしてる人たち見ますけど、仕掛けた側はどんな回答を求めてるんですか……? テラさん」
「うーん、普通に名前呼んでくれるだけでいいんだけどなぁ」
両目を覆っていた手が離れたので後ろを振り返ると、そこには少し不満げな顔で立つ受付のテラさんがいた。
こういう絡み方をしてくる知り合いは、この人を除いて他にいない。
というか周りに他の冒険者とかいるから、無闇にボディタッチとかしないでもらいたいな。
テラさんは受付として意外と人気があるから、下手をしたら駆け出し冒険者たちに恨みを持たれてしまう可能性がある。
そんなこちらの懸念をまるで知らないみたいに、テラさんは花のように笑顔を咲かせた。
「やっ、ロゼくん。久しぶりだね。ギルドに顔出すなんて珍しいじゃん」




