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第百五十二話 「大聖女」


 十年間。

 その膨大な時間をかけた結果が――レベル1。

 これほどまでに成長が窺えない天職は初めて見た。

 どんな天職でも、ある程度天職に準じた行動を取れば『天職の栄養』である『神素』をもらえる。

 成長に必要な神素の量が他より多かった『見習い戦士』のローズでさえも、一年の冒険者活動でレベルは“3”になっていた。

 そしてランさんは治癒系統の天職で、治療院で十年も活動したとなればかなりの『神素』を得られたはず。

 それなのにどうして、彼女のレベルは最低値のままなのだろう?


「わたくしはこのようにずっとレベル1のままで、掠り傷を少し塞ぐ程度の治癒魔法しか使えません。セパル治療院には毎日大怪我をした人がたくさんいらっしゃるので、今のままではほとんど役に立てないのです」


「だから成長して、治療院に来る怪我人たちをきちんと治療できるようになりたいってことですか」


 ランさんは両手を膝の上で重ねたまま、麗しい所作でゆっくりと頷く。

 治癒師ランさんの依頼についてはよくわかった。

 治癒師としてなぜか成長できずに、務めている治療院で職務を果たせないから成長したいと。

 偽っている様子もなく、彼女は心から成長を望んでいる。

 邪な気持ちが一切ないことが確かめられたので、僕は育て屋としてランさんに返した。


「丁寧に事情を話していただいてありがとうございます。治癒師としての志や成長したい気持ちがすごく伝わってきましたので、僕でよければぜひ成長のお手伝いをさせてください」


「ほ、本当ですか……! 何卒よろしくお願いいたします」


 ランさんは再び頭を下げ、目の前で純白の長髪がふわっと舞った。

 今日もまた育て屋としてお客さんを獲得できた。

 次第に育て屋の名前が広まってきている実感が持てて嬉しい限りだけど、同時に期待に応えなければならないプレッシャーも感じてしまう。

 しかも今回は成長の糸口がまったく見つかっていない状況でのスタートだ。

 果たして上手く成長させられるかどうか。


 にしても、『大聖女』の天職か……

 ここまであからさまな“金の卵”は、育て屋を開いてから初めてやってきたな。

『聖女』と言えば、あの元勇者ダリアのパーティーで回復役を務めているアイリスが同じ天職だ。

 勇者パーティーの過酷な戦いを支えられるほどの治癒能力を有し、回復職の中では指折りの天職だと言う人も少なくない。

 しかもランさんの場合、ただの聖女ではなく『大聖女』。

 天職の名前は見せかけではなく、能力に基づいた命名になっていることが多いので、彼女の潜在能力の高さは約束されているようなものだ。

 治癒師としての将来性を期待されたのも頷けるな。

 

 ただそれにしては、『大聖女』のことがあまり話題になっていない気がする。

 これだけの天職を持った人物が生まれたのなら、王国側や冒険者たちにもっと囲われているような気もするけど。

 バークチップ王国の方から来たと言っていたけど、向こうでは『聖女』がそこまで重要な天職と見なされていないのかな?

 ともあれ先立って確認しておくべきことをランさんに聞いておこう。


「参考までに教えていただきたいんですけど、ランさんはこれまでどのような治療活動をしてきたんですか?」


「治療活動、ですか……?」


「治癒師として十年間活動してきたと仰っていましたけど、具体的に“どんな方たち”に対して、“どのような治療”を施してきたのか聞いておこうと思いまして」


 天職にはそれぞれ役割というものがある。

 その役割に準じたことをすれば成長できる仕組みになっていて、『大聖女』という名前からおそらく治療活動によって神素を多く取得できるはず。

 あの聖女アイリスも、仲間の治療をするだけでかなりの神素を取得できていた。

 であれば治癒師として活動してきたランさんだって相応に成長しているはずだが、レベルは初期値の“1”のまま。

 ならもしかしたら、治療方法や治癒対象が役割に沿ったものではなかったから、神素を得られなかったのではないだろうか。

 という可能性に思い至り、僕はより具体的にランさんに問いかける。


「治療院にやって来た怪我人たちには、ご自身の治癒魔法で治療を施していたんですか? それとも治療道具を用いて?」


「治癒魔法の方です。聖力がとても低いので小さな傷くらいしか治せませんでしたけど、高価な治療道具を消費するよりかは断然よかったので」


 治療方法は治癒魔法か……

 もしランさんが治癒能力の低さを懸念して、治療道具での治療しか行っていなかったのだとしたら、それが神素を得られていない理由かと思ったけど。

 どうやらきちんと『大聖女』の治癒魔法を活用していたらしい。

 であればもう一つの可能性だ。


「治療院にやって来るお客さんはどんな方が多いんですか?」


「セパル治療院には、よく冒険者の方がいらっしゃいますよ。治癒魔法を扱える冒険者はあまり多くないそうで、パーティーに回復役がいない方々が、どうしても治療が必要な時にやって来ています」


 お客さんは冒険者か……

 もし一般的な人たちばかりを相手にしていたのなら、聖女アイリスと違って“魔獣による傷”に触れた経験がないはず。

 もしかしたら魔獣に傷付けられた人を治療しないと神素を得られないという条件があるのかと思ったが、それもどうやら違うようだ。

 これはいい線いってると思ったんだけどなぁ。


 大聖女という仰々しい天職ゆえに、やっぱりかなり複雑な役割を与えられているのだろうか?

 あの『姫騎士』ネモフィラさんも、魔獣を討伐するのではなく魔獣から攻撃を受けることでしか神素を得られなかったので、同じく特殊な成長方法に限定されている可能性は高い。

 あるいは『見習い戦士』だったローズ以上に、成長に必要な神素の量が膨大とか?

 と、考えにふけっていると、難しい顔をしていたからかランさんが不安げな表情でこちらの顔を覗き込んできた。


「あ、あの、わたくしの話は参考になったでしょうか?」


「あっ、はい、話していただいてありがとうございます。やっぱりランさんの天職は少し特殊なようで、成長速度や成長方法が他の天職と違う可能性が高いです。でも違うというだけで成長できないわけではないと思うので、その方法を探っていきましょう」


「速度や方法……? そのご様子ですと、ロゼ様がこれまでお助けした方の中で、わたくしのようにまったく成長できなかった方がいらっしゃったのでしょうか?」


「えぇ、まあ。一年間でレベルが3までしか上がらなかった子がいたり、魔獣を倒すのではなく魔獣に傷付けられることでレベルが上がる人がいたり……中には天職すら持ってない問題児だっていましたから」


「まぁ……」


 思い返してみれば難儀な天職を持った人たちばかりを相手にしてきたものだ。

 だからこそ成長させてあげられた時の達成感と、送ってもらえる感謝の言葉がより身に染みてきた。

 今回も他のみんなと同じように無事に成長させてあげられたらいいな。

 僕は育て屋として気持ちをみなぎらせて、勢いよく椅子から立ち上がった。


「では、さっそく今から色々と試しに行きましょうか」


「えっ、本日から対応していただけるのですか?」


「えぇ、大丈夫ですよ。まあ時間が遅いので遠出などはできませんが、町中で済ませられることもありますから」


 戦闘職だったら森や遺跡地帯などに行って魔獣と戦ったりしなければいけないけど、回復職の場合は遠出せずとも試せることはある。

 シンプルに誰かの傷を癒すことだ。

 ランさんは今までその方法で成長ができなかったらしいけど、『育成師』の『応援』スキルの影響下ならレベルの変動があるかもしれない。

 それを効率的に試行できる場所となれば、まあ“あそこ”になるだろう。


「というわけで、ひとまずはギルドに行きましょう。そこで一度ランさんの治癒魔法を実際に見せてください」


「は、はい。わかりました」


 ここは駆け出し冒険者の町。

 回復役がいなくてお金の手持ちも少なく、気軽に怪我を治せない駆け出したちが毎日ギルドへやってくる。

 回復職の成長を試みるなら最適な場所だと言えるだろう。


 そうして僕は彼女と一緒にギルドへ向かうことになり、大聖女ラン・ラヴィさんの手助けが本格的に始まったのだった。

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