第百十八話 「仲間集め」
コスモスを探すべく、今度は図書館を目指す。
時間的にもう少しで閉館してしまうので、僕とローズは足早に図書館にやって来た。
「私、図書館って初めて来ました。こんな場所にあったんですね」
「まあ、冒険者は基本的に用事がない場所だからね」
僕も読書の趣味がなければ利用する機会はほとんどなかっただろうな。
新鮮な反応を見せるローズを連れて、さっそく図書館の中に入って行く。
するとローズは、本が並んでいる景色を見てさらに驚いた表情をした。
気持ちが落ち着かないところ申し訳ないけれど、時間に余裕もないのでどんどん図書館の奥へと進ませてもらう。
そして以前にコスモスを見た場所まで急ぐと、そこには予想の通り黒ローブ姿の小さな魔法使いがいた。
「……いてよかったぁ」
密かに安堵しながら歩み寄り、本を読んでいるコスモスに声を掛けようとする。
その時……
「……?」
不意にコスモスが、手にしていた本を棚に戻して、次に読む本を探し始めた。
棚に目を走らせて、一番上の段にある一冊に視線を留める。
明らかにコスモスの上背では届かないその本を、彼女は無理につま先を伸ばして取ろうとした。
なんとか目当ての本に指が掛かるが、その直後――
「――っ!」
本を抜き出そうとした瞬間、左右にあった本も同時に出てきてしまった。
重厚感のある分厚い本が、完全に無防備なコスモスの顔面に降り注ぐ。
刹那、赤い影が視界の端を横切り、一瞬にしてコスモスの背後に辿り着いた。
見ると、彼女の顔に落ちるはずだった本は、寸前のところでローズが掴み取っていた。
「大丈夫ですか、コスモスさん?」
「ロ、ローズ……? どうしてあなたがここに……?」
目を丸くしながら振り返ったコスモスが、ローズの後ろに僕を見つけてさらに瞳を見開く。
僕も今のローズの動きに驚いて、口をぽかんと開けていたが、すぐに気を取り直して挨拶を送った。
「や、やあコスモス。またここで会ったな」
「……なるほど、二人で来てたのね」
何やら意味ありげな視線を僕とローズの間で行き来させたコスモスは、直後にハッとした様子で僕に言った。
「ていうか、今のはあんたが助けなさいよ!」
「今の?」
「本が落ちてきて危なかったところよ! そこはあんたが颯爽と駆けつけて取るべきだったんじゃないの?」
「いや、常人に反応できるわけないでしょ。あんなの取れるのローズくらいだって」
体感としては、二、三秒くらいしか猶予がなかったと思う。
そんな中、あれほどまでに素早く、かつ静かに本を掴み取れる人類なんてローズくらいしか知らない。
“えへへ”と照れているローズを傍らに見ながら、僕は思わず首を捻った。
「そもそも、なんで僕が助けるべきだったんだよ? 別にローズが助けてもいいでしょ」
「なんでって、それは……」
コスモスは突然、顔をほのかに染めて、僕から目を逸らしてしまった。
「…………別に、なんでもないわよ」
彼女はそう続けた後、本を片付けてくれたローズに『ありがとう』と告げてから、手にしていた本を読み始める。
いったい何が言いたかったのだろうか?
ともあれ無事にコスモスを見つけられてよかったと思う。
さっそく僕は、気になっていたことについて彼女に聞いてみることにした。
「最近は図書館に入り浸ってるみたいだけど、コスモスはいったい何を調べてるんだ?」
するとコスモスは手に持っていた本を掲げて、端的に答えてくれる。
「屋敷探しよ」
「屋敷?」
「ほら、私いつか屋敷建てるって言ったじゃない。だから今のうちからどういう屋敷にするか、参考になる図面を探してたのよ」
……なんとも気が早いことで。
四級冒険者のコスモスからしたら、まだ随分と先の話だろうに。
いやしかし、コスモスの成長具合を見るに、それほど遠い話でもないのか。
順当に昇級試験を重ねていけば、一年後か二年後には屋敷を建てられるほどの経済力を身に付けているに違いない。
「で、参考になりそうな図面とかあったのか?」
「いいえ、どの屋敷も全然ダメね。私に相応しい優雅な屋敷はどこにも載ってなかったわ」
これもダメね、とコスモスは得意げに言って、手にしていた本を棚に戻した(届かなかったからローズに戻してもらった)。
コスモスがいったいどんな屋敷を望んでいるのかは定かではないが、完璧に納得できる図面が出来上がるまで建築に取りかかることはないだろう。
彼女の屋敷が拝める日は、まだまだ先になりそうだ。
「ところで、二人はどうして図書館に来たのよ? もしかして、まだスイセンの手伝いしてるって言うの?」
「いいや、それはもう無事に終わったよ。そういえばコスモスにも話しておきたいって思ってたから、そのことは後で話すよ」
「じゃあ、どうしてここに……?」
改めてここに来たことを問われた僕は、コスモスを手で指し示しながら答えた。
「コスモスを探しに来たんだ」
「私を?」
「ちょっとコスモスにお願いしたいことがあってさ」
いや、“ちょっと”じゃないか。
だいぶ大きなお願いである。
大きくて、重要で、とても危険なお願い。
「だから、この後とか話せる時間あるかな?」
「ええ、今日はもう特に予定はないわよ」
「じゃあ、そろそろここも閉館時間だし、話は外で……」
「あっ、どうせなら三人でご飯でも行きましょうよ。私、朝から図書館にこもってたから、お腹ぺこぺこになっちゃって」
というわけで、僕たちは夕ご飯をつつきながら話をすることになった。
図書館近くに食堂があったため、三人でそこに入ることにした。
そして注文した料理が届くのを待つ間に、今日聞いたことについて話をする。
勇者ダリアが呪いを受けて弱体化したこと。
この大陸の人々に危機が迫っていること。
森王軍と霊王軍の情勢のこと。
そしてついでに、僕が勇者パーティーに所属していた育成師アロゼだということも、この際にコスモスに明かしておいた。
「ふーん、なるほどねぇ。私が図書館にこもってる間に、そんな大変なことになってたのね」
「……」
話を聞いたコスモスは、先に届いたジュースをストローで啜りながら頷く。
次いで自分のことを指で差しながら、確認を取るように聞いてきた。
「で、戦力がほしくて、私のところに来たってわけね」
「う、うん。そうなんだけど……」
平然とした様子のコスモスを見据えて、僕は複雑な気持ちになった。
「んっ、何よ? 私の顔になんか付いてる?」
「あ、あの、なんとも思わないの? 僕が勇者パーティーの元メンバーだったこと。町だと、色々と変な噂が流れてるし、もっと驚かれると思ってたんだけど……」
育成師アロゼは、実力不足で勇者パーティーを追い出された。
その事実に紛れて、別の噂も随所で流れていたと聞いている。
仲間内で不祥事があって脱退を余儀なくされたとか、犯罪に加担していて追い出されたとか。
育成師アロゼの噂が流れたのは本当に一瞬だけだったけど、町の人たちにはそれだけで充分に悪い印象を植えつけたと思う。
だから時が経つにつれて、僕はますますこの事実を明かすことに抵抗を覚えるようになっていた。
それなのにコスモスは、まるで動揺した様子もなく、のんびりとジュースを啜っている。
「別に、町の噂なんてどうだっていいわよ。あんたが勇者パーティーを追い出された育成師アロゼだってことも、正直興味ない」
「きょ、興味ないって……」
「だって、私はもうあんたのことを、困ってる人がいたら誰だって助けちゃうお人好しで、人を育てるのが大好きな育て屋ロゼって知ってるんだから。過去の事情とか周りの噂なんて知ったことじゃないのよ。だから今さら見る目を変えることだってしないわ。見縊らないで頂戴」
「……ご、ごめん」
コスモスにそう言ってもらえて、僕は改めて胸を撫で下ろす。
そうだった。コスモスはこういう奴だったな。
何事も自分の目で見たものしか信じない人間。
育て屋に初めて来た時も、僕の実力を疑ってきて模擬戦までやることになったくらいだから。
まあ僕としては、かなり勇気を振り絞って明かしたことなので、もう少し驚いた反応が見れるかと期待したんだけど。
「そ、それで、どうかな? もしよかったらコスモスに、今回の旅に同行してもらいたいって思ってるんだけど」
僕は今一度、緊張しながらコスモスに問いかける。
どれだけ親しい間柄とはいえ、これは簡単に決められる話ではないから。
今回の旅の目的は、森王軍と霊王軍の計画を阻止すること。
となると自ずと、連中と戦わざるを得なくなる。
険しい旅になることは想像に容易く、最悪返り討ちにあって死ぬことだって考えられる。
そんな危険がある以上、無理強いはできないし、頼まれた方だってすぐには頷けないはずだ。
だから僕は、コスモスが少しでも躊躇った様子を見せたら、すぐに話を取り下げようと決意を固めていた。
すると、コスモスは……
驚いたことに、タイミング悪く“欠伸”を漏らしながら、むにゃむにゃと返事をしてきた。
「いいわよ別にぃ」
「えっ、そんな軽い感じ? そんなんで決めちゃっていいの?」
「あんたとローズについて行って、魔獣倒すだけでしょ? 簡単な話じゃない」
魔獣倒すだけって……
突き詰めてしまえばそうだけど、相手にする魔獣は森王軍と霊王軍の幹部とかなんだぞ。
もう少し慎重に考えるべきなんじゃないかな。
いや、協力を仰いでいる僕が言うのもおかしな話だけど。
「ほ、本当にそんな簡単に決めちゃってもいいの? 今回の旅はかなり危険なものになるし、それにコスモスには……言っちゃなんだけど、ほとんど得だってないんだぞ」
「得、ねぇ……」
図書館で本を読みすぎたのか、ぼんやりとした目をしながらコスモスは言う。
「確かに私には得がない話かもしれないわね。二人みたいに魔王軍と戦う大きな理由だってないし、守りたい家族だっているわけでもない。危険と見返りがまったく釣り合ってないわね」
そう。
今回の旅でコスモスが得られるものは、正直何もないに等しい。
僕やローズみたいに魔王軍に思うところがあるわけでもないし、特別この国に思い入れがあるわけでもない。
言ってしまえばこれは、見知らぬ誰かを助けるためだけに動いてくれ、と頼んでいるようなものなのだ。
だから頼んだ方の僕は、罪悪感に苛まれて思わず不利な問いかけをしてしまった。
しかしコスモスは、すぐに断ることをせず少し悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「なら、あんたが用意しなさいよ」
「えっ、僕?」
「私が旅に同行したくなるような魅力的な“見返り”を、ロゼが用意すればいいでしょ。それならあんたが抱いてる罪悪感だって、少しは拭えるんじゃないの?」
「……」
見返り、か。
確かにそれを用意すれば、僕に染みついている罪悪感も多少は振り払えるかもしれない。
しかしそう言われても、見返りなんてパッと思いつくものでもない。
何をあげたらコスモスは喜んでついて来てくれるのだろうか?
「ま、別にそんなもの無くたって、これまでのよしみで協力くらい全然してあげるけどね。遠慮なんかせずに私に頼ってくれれば……」
僕は、本当にパッと思いついたことを、コスモスに提案した。
「じゃあ、今回の旅が上手くいったら、僕が“なんでも”言うこと聞く……ってどうかな?」
「「な、なんでも!?」」
コスモスは、思っている十倍くらい過剰な反応を見せてくれた。
……っていうか、なんでローズまで?
「い、いい、今! あんた“なんでも”って言ったわよね……!」
「い、言ったけど、何その反応……? めちゃくちゃ怖いんだけど」
正直、これはかなり魅力のない提案だと思った。
今回の危険な旅に同行した見返りが、僕一人を自由にできるだけでは歪んだ天秤にしかならないだろう。
と、思っていたのに、なんだこの食いつき?
「ロ、ロゼに、なんでも、言うことを……!」
「い、言っておくけど、僕にできる範囲のことだけだぞ。それと“一つだけ”だからね。なんでも一つだけ、僕にできる範囲のことだったら言うことを聞くから。そんな見返りでよかったらだけど……」
「…………わ、わかったわ。仕方ないから、それで協力してあげてもいいわよ」
コスモスは変に動揺しているのか、すでに空になっているジュースをスカスカと吸い上げようとしていた。
本当にこんな見返りでよかったのだろうか?
特に何も思いつかなかったから、テキトーに言ってみただけなんだけど。
まあ、それで協力してくれると言ってくれたし、今回は遠慮なく頼りにさせてもらうとしよう。
でも、いったい何をお願いされるのだろう? 裸で町を踊り回れとか言われたらどうしようかな。
いやいや、それは僕が言い出したことだし、コスモスの協力が得られるのなら安いものだ。
密かに決意を抱いていると、視界の端にパクパクと口を開け閉めしているローズが映った。
「なんでも……言うことを……」
「ど、どうしたのローズ?」
「い、いえ、なんでもありません……」
ともあれ、こうして僕たちは、星屑師コスモスを仲間に加えることができた。




