80話 2人の引っ越し
光輝とひまりが仮婚約をした後に、伊集院秀樹が、密かに光輝とひまりが婚約したことを芸能プロダクションへ通達したようだ。
それ以降、マスコミの数は減っていき、三雲高校でひまりのことを見張っているマスコミは1人もいなくなった。
伊集院秀樹は三雲高校の校長へも連絡し、ひまりと光輝が極秘で婚約したことを伝える。
その情報は教師の間には伏せられ、担任の小室先生にだけ伝えられた。
「お前達は何を考えているんだ。私でさえ、婚約などしたことはないぞ」
小室先生は美女だが、男性との浮いた話を聞いたことがない。
男勝りな性格が原因だと思うが、それは光輝の胸の内に仕舞っておく。
「婚約者だからと言って、不純異性交遊をしてもいいということはない。絶対に不純異性交遊だけはするな」
これから、小室先生の監視の目も厳しくなるだろう。
別に不純なことはしていないので、堂々とひまりと付き合っていくだけだ。
伊集院秀樹の提案で、光輝は住み慣れたアパートを引っ越しすることになった。
伊集院秀樹が用意した家は、高層マンションの12階にある1LDKの部屋で、隣の家にひまりが住んでいる。
同棲はダメだが、ご近所として、2人で付き合っていきなさいという伊集院秀樹の配慮だ。
その高層マンションの持ち主は伊集院秀樹である。
マンションの玄関にもオートロックがあり、部屋にもオートロックがついている。
オーナーが伊集院秀樹なので家賃は無料となった。
あまりにも破格な条件に、光輝は断ったが、これからは父親になるかもしれないと言って伊集院秀樹は引かなかった。
引っ越し業者に頼んで、高層マンションへ引っ越しする。
高層マンションの部屋は新品の匂いがした。
そして、1LDKなのに、部屋に妙なドアが1つある。
このドアは何だろうと開けてみると、となりのひまりの家につながっていた。
表向きは2つの別々の家だが、1つの扉で2つの家がつながっている構造だ。
ひまりの要望で、業者に頼んで壁を改造したらしい。
光輝が引っ越しした、その日にひまりも隣の家に引っ越してきた。
内側のドアが開いて、ひまりが光輝の胸の中へ飛び込んでくる。
ひまりが光輝の腰に手を回してギュッと抱き着く。
光輝は優しく、ひまりの髪をなでる。
「このドアいいでしょう。外から見れば別々の家だから、先生達も文句は言えないわ。でもドアを開けると光輝の部屋につながっているなんて最高」
「そうだな……先生達もこんな仕組みになっているとは思っていないだろうな」
ひまりが部屋の中へ入ってきただけで、部屋が明るくなる。
部屋に活き活きと鮮明に見えてくる。
ひまりがいるだけで、元気と明るさが光輝に戻ってくる。
「ひまりは俺の元気の源だな。いつも元気と明るさをもらっていることに気づいたよ」
「私はいつでも元気で明るいし……光輝と一緒にいると、いつでも幸せだし」
そう言って、ひまりが光輝の手を持って、クルクルと体を回転させる。
ひまりの笑顔がはじける。
それだけで、光輝も幸せな気分になる。
「せっかく高層マンションに移ってきたんだから、景色を見に行きたい」
「そうだな。景色を見に行こう」
2人はベランダに出て、景色を見わたす。
この高層マンションのある位置は、三雲高校から歩いて20分の場所にある。
西の空には大きな太陽が沈みかけている。
「あの赤い瓦のアパートって、光輝のアパートじゃない?」
「本当だ。ここから、あのアパートが見えるんだ。ひまりと一緒に暮らした思い出のアパートだからな」
「うん……絶対に忘れられない思い出のアパート……大切な思い出」
そして違う方向を見ると三雲高校が見える。
まだ学校から帰っている生徒達もいる。
「三雲高校も見えるんだな。なんだか色々な景色が見えて楽しいな」
「うん……三雲高校も忘れられない高校。私達の大事な高校だね」
ひまりがにっこりと微笑む。
そして光輝の腕を持って、体を寄り添わせる。
段々と太陽が沈み、夜空には星が瞬き始める。
高層マンションの風は強く、少し肌寒いが、それが気持ちいい。
「これから、ここが俺達の家なんだな。また、ひまりと一緒に暮らせる。本当に嬉しい」
「私も光輝と一緒に暮らせて嬉しい。お父様に感謝しなくっちゃ」
ひまりが光輝の両腕の中へ体を滑り込ませる。
そして上目遣いで目を潤ませて、光輝を見る。
ひまりは手を伸ばして、光輝の首に手を回す。
光輝はひまりの腰に手を回してギュッと抱き寄せる。
そして、2人で長いキスを交わした。




