58話 墓参りと川釣り
爺ちゃんの家から30分ほど歩いたところに墓所がある。
そこには、他界した光輝の両親が眠っている。
ひまりの希望で、昼から墓所へ向かうことになった。
ひまりは白のフワッとしたシャツにデニムという、カジュアルな服装で、頭に幅広の帽子を被っている。
真昼の日差しの中、30分も歩くと、汗が首から流れ落ちてくる。
今年の夏も暑さが続きそうだ。
墓所に入ってすぐの場所に水道の蛇口があり、バケツと柄杓が置かれている。
蛇口をひねって水道の水でバケツをいっぱいにして、柄杓を1つバケツの中に入れる。
そして、両親の眠る墓へ行くと、雑草が少し生えていた。
ひまりと2人で雑草を抜いて取り除く。
それだけの作業で汗だくになる。
墓の周りを綺麗にしたところで、バケツの水を墓の頭からかけていく。
するとバケツの水のおかげで、少しだけ風が涼しくなった。
墓花を交換して、線香をつける。
そしてひまりと2人で墓の前に屈んで手を合わせる。
「お二人には命を助けていただき、本当にありがとうございます。これからは光輝と2人で一緒に生きていきます。どうかそのことを許してください」
ひまりが拝んでいる声が小さく聞こえる。
光輝も手を合わせて、心の中で拝む。
『どういう運命かはわからないけど……ひまりと俺は出会った。そして今は恋人同士だ。父さんと母さんが守った命。これからは俺がしっかりと守っていく。父さんと母さんもあの世からひまりと俺を見守っていてくれ』
拝み終わって、ひまりを見ると、まだ手を合わせたまま、目をつむっている。
あの世にいる父さんと母さんに、色々と話しかけているだろう。
ひまりが動き始めるまで、光輝は隣で待つことにした。
ひまりは合わせていた手を離して、光輝のほうへ向きをかえる。
「最近の光輝との生活のことまで、話しちゃった。きちんと私は幸せですって言っておいたし」
「そうか……俺の両親もひまりに拝んでもらって、喜んでいると思うよ」
バケツと柄杓、替えた後に墓花を持って、両親の墓の前から立ち上がる。
バケツと柄杓は元の場所へ戻して、墓花は捨て場所へきちんと捨てる。
墓所から家に戻ると、婆ちゃんが居間で麦茶を用意して待っていてくれた。
ひまりと2人で麦茶を飲む。
カラカラだった喉が潤い、もうろうとしていた視界がしっかりと見える。
居間のエアコンが涼しくて気持ちがいい。
「あれ? 爺ちゃんは?」
「小川へ行って、川魚を釣ってくるって……出かけたわよ」
「光輝……この辺りの川って魚が釣れるの?」
「ああ……小さな小川が流れていて、時々、川魚が釣れるんだ。爺ちゃんは釣りの名人なんだ」
「私も行ってみたい。今から小川へ見に行っていい?」
爺ちゃんがどこで釣りをしているのか、小さい頃から見てきているので、大体の場所はわかる。
ひまりを連れて、爺ちゃんのいる小川へ向かう。
川幅が5mほどの小さな小川だ。
「川の近くでは、音をさせないようにしてくれよ。川魚は音に敏感なんだ。それに人の影にも敏感に反応するから、あまり小川の近くへ行かないほうがいい。川辺は足場も見えにくいし、小川に落ちる可能性もあるからね」
そう言って、ひまりと手をつないで慎重に小川を上流へ向かって歩いていく。
すると爺ちゃんを発見した。
爺ちゃんは真剣な眼差しで、川の表面の動きを見ている。
爺ちゃんは川の流れが少し緩やかになっていて、日影になっている場所へ毛バリを投げ込んでは、川下へと流している。
「あれは餌をつけていないけど……餌もないのに釣れるの?」
「あれは毛バリと言って、疑似餌の一種なんだ。魚から見ると、弱った虫に見えるんだよ」
「へえ……すごい」
爺ちゃんは何回も同じポイントへ毛バリを投げ込む。
すると川魚が毛バリにヒットした。
けっこう大きなサイズだ。
すぐに竿を縦に引き上げて、タモの中へ魚を入れる。
たぶん色と形から見て、ニジマスだろう。
爺ちゃんはやっと、ひまりと光輝に気づいたらしく、釣った魚を見せて笑っている。
「やっと形のよいニジマスが取れた。これで晩飯が美味くなるぞ」
爺ちゃんが腰にぶら下げている魚籠には既に4匹のニジマスが入っている。
「私も釣りをやってみたい」
「毛バリ釣りは難しいぞ。それに川魚は敏感だから、物音もダメだし、少しでも動くと逃げる。ひまりには無理だと思うぞ。俺だって難しい」
「せっかく小川まで来たんだから、少しぐらいやりたいし」
「ひまりがやりたいと言っておるんじゃ。今日の晩御飯分はもう釣れておる。ひまりの好きにさせてやれ」
そう言って、爺ちゃんはひまりに竿を渡す。
ひまりは先ほど爺ちゃんが狙っていたポイントへ毛バリを投げ込んで、下流へ流す。
そして、また毛バリを投げ込む。
全く何の反応もない。
ひまりはそれでも真剣に毛バリを投げ込む。
川の表面に少しだけ波紋ができた。
魚が狙っている証拠だ。
ひまりは根気よく、粘り強く毛バリを投げ続ける。
下流に流された毛バリを引き戻そうとした瞬間に、魚がヒットした。
慌てるひまり。
「竿を立てて、魚を手元まで寄せてくるんじゃ。後はタモですくってやる」
爺ちゃんの指示通りに竿を立てて、魚を手元まで引き寄せ、爺ちゃんが持っているタモで魚をすくう。
とても小さなニジマスが釣れた。
しかし、食べられるサイズではない。
「ひまり、見事じゃった。光輝が初めて毛バリ釣りをした時は全く釣れなかったからのう。それと比べれば上出来じゃ」
「ありがとう……お爺ちゃん」
「でものう……食べるには小さすぎる。まだ子供の魚じゃ。だから川へ返さんといけん。可哀そうじゃからのう」
そう言って、タモから川魚を手に取って、爺ちゃんは魚を川へと返した。
「ああ……戻っていっちゃった……」
「仕方ないよ……小さな魚は川へ戻すのがルールだし」
「うん……今度、来た時は、お爺ちゃんが釣ったぐらいの大きさの魚を釣る」
ひまりは、嬉しそうに笑顔で光輝に宣言する。
そして釣竿を爺ちゃんに返した。
「これで今日も美味しい川魚が食べられるぞ。家に帰ってから婆さんに塩焼きにしてもらう」
大きな夕陽が3人を照らす。小川の獣道を戻って、ひまりを中心にして、3人で手をつないで家まで帰った。




