57話 朝の訓練
早朝、5時に起きて庭に出ると、爺ちゃんがランニング姿で、光輝のことを待っていた。
「一人暮らしになって体は鈍っていないだろうな。今日は爺ちゃんが直々に光輝を見てやろう」
「高校に行ってからも早朝の修練だけはかかしたことはないよ。爺ちゃんには負けない」
2人はニヤリと笑うと、庭からダッシュで駆けていく。
その後ろ姿を婆ちゃんが楽しそうに眺めて、手を振っていた。
ひまりは、まだ朝が早いので、客間に寝かされている。
さすがは爺ちゃん、いくら光輝が頑張っても爺ちゃんを追い越すことはできない。
少しずつだが、爺ちゃんの背中が遠ざかっている。
もう爺ちゃんは60歳を優に超えているのに、この速さは何だ。
光輝よりも体力がありそうだ。
「光輝よ。これぐらいで弱音を吐いているのか。まだまだじゃのう」
「これくらいで負けない。絶対に追いつく」
時々、爺ちゃんに挑発されて光輝もがんばるが、まったく追いつける気配がない。
爺ちゃんの家からずいぶん離れたところに小さな公園がある。
そこが折り返し地点となっている。
爺ちゃんは先に公園へ着くと、鉄棒に捕まって懸垂を始める。
遅れて到着した光輝も懸垂をする。
爺ちゃんは細い体なのに、すいすいと軽い感じで懸垂を行っている。
光輝は爺ちゃんに追いついていくだけで必死だ。
懸垂が終わると、爺ちゃんは地面に寝転がり、腹筋を始める。
膝を軽く曲げて、軽い感じでスイスイと腹筋をこなしていく。
光輝も遅れながら、腹筋を始める。
既に体は悲鳴をあげ始めている。
腹筋がキツイ。
「やはり、高校に行ってから、鈍ってるじゃないか。毎朝、修練をしていても、気合が入ってなければ意味がないわい」
「これでも必死でやってるんだよ」
爺ちゃんは腹筋をしながら光輝を挑発する。
光輝は必死になって爺ちゃんに食い下がる。
爺ちゃんは腹筋が終わると、公園を出て家まで駆けていく。
光輝もなんとか腹筋を終わらせて、公園を出て、爺ちゃんの後を追う。
これで爺ちゃんは60歳代。
この元気なら後30年は生きるだろう。
爺ちゃんの後ろ姿を見ながら光輝は思う。
もう光輝の体力が尽きてきて、爺ちゃんの姿は豆粒ほどにしか見えない。
今までもそうだったが、朝の修練で爺ちゃんに勝てたことは1度もない。
光輝が家の裏庭に帰り着いた頃には、爺ちゃんは服をシャツ姿に着替えて、
居間で麦茶を飲んでいた。
「遅かったのう……帰りに歩いたりしていないだろうな」
「そんなことしてないよ……いつもの通りに走って帰ってきた」
「それではシャワーを浴びてから休むといい」
そう言って爺ちゃんは笑って光輝を見る。
爺ちゃんに全く疲れている様子はなかった。
光輝が家を出てからも、毎日のように修練を重ねていたのだろう。
光輝はシャワーを浴びて、シャツに着替えて、居間に入る。
すると婆ちゃんが冷たい麦茶を持ってきてくれた。
それを一気に飲んで、喉の渇きを癒す。
そして居間にゴロンと横になると、いつの間にか眠ってしまった。
ひまりが客間から起きて、着替えをすませて、居間へ行くと、光輝が寝息を立てて眠っている。
とても気持ちよさそうな寝顔だ。
「起こさんでいいよ。光輝は朝の5時から起きて、運動して帰ってきたばかりだからのう」
朱美婆ちゃんが麦茶を座卓の上に置いてくれる。
それを一口飲む。
身体の熱さが取れて、とても気持ちがいい。
「朝5時から……ここに来ても朝の訓練をしてたんですか?」
「爺ちゃんと2人で競争してたわ。結局、爺ちゃんには負けたけど」
そう言って婆ちゃんは笑う。
それを聞いたひまりは顔を引きつらせる。
「ひまりさんが、そう言うということは、光輝は高校に行って朝から修練をしていたんじゃな」
「はい……毎朝5時には起きて、朝の訓練に出かけていました」
「ほう……そのことを、なぜ、ひまりさんが知っておるのかのう? 光輝に聞くことが1つできたのう」
爺ちゃんは顔は笑っているが、目の奥が笑っていない。
「実はですね……」
「光輝から聞くからいい。光輝……起きろ!聞きたいことができた!」
寝ていた光輝は急に起こされて、まだ目をこすっている。
「ひまりさんと一緒に暮らしているみたいじゃのう。その話をわし等は聞いておらん。きちんと説明してもらおうか」
ヤバい……爺ちゃんが本気で怒ってる。
光輝は早口で、今までの経緯を説明する。
爺ちゃんは腕組をしたまま、目を伏せて、じっと聞いている。
「まだ、ひまりさんには手は出していないだろうな?」
「出してないよ。俺達、まだ高校生だよ。変な交際はしてない」
「とりあえず光輝を信じよう」
何とか爺ちゃんの誤解は解けたようだ。
「高校を卒業したら祝言はどうするつもりじゃ。ひまりさんのご両親にも挨拶にいかねばならん」
「爺ちゃん、ちょっと待ってくれ。高校を卒業したら、大学へ進学するつもりだよ。その間は結婚は考えてない」
「若い娘さんを泣かすというのか。それはイカン。一緒に暮らして、手を出している以上、男子として責任を取るのが筋じゃ」
こんな話がひまりのお父さんの伊集院秀樹に聞かれたら、爺ちゃんと2人がかりで、高校を卒業したと同時に結婚させられてしまう。
「とにかく、ひまりも俺も大学には進学するし、大学中に結婚するつもりは俺にはないから、ひまりには待ってもらう」
「光輝がそうしたいというなら、私に異論はありません。光輝についていきます」
ひまりが隣から援護射撃をしてくれる。
ひまり、ありがとう。
「光輝の気持ちはわかった。しかし男の責任は果たさんといかん。これからはひまりさんはうちの家族じゃ。ひまりさんも、ここが家だと思って気兼ねなく、いつでも来ていいからのう」
それを聞いたひまりは小さく手を叩いて、嬉しそうに微笑んでいる。
「私、実爺ちゃんとも朱美婆ちゃんとも家族になれて、とても幸せ。ありがとう光輝」
それを聞いた爺ちゃんも婆ちゃんも顔をほころばせて喜んでいる。




