24.
グロニアを出てアケミたちは西方、やや北寄りに進む。出立して一日目の夕刻、たどり着いた町で馬を止める。馬を休ませると同時に今後の方針を決めるのが目的だ。情報収集するラニエルを厩の近くで待つ間、通りがかった店からテイクアウトしたコーヒーを啜る。
「しかし、お前たちがミオを知っているとはな」
一服しながらアケミたちは雑談する。エイナたち三人を拾ったアケミはラニエルを介してライドル一門から馬を三頭借り(四頭は無理だったのでエイナとギャランは二人乗り)、そのまますぐに疾走したのだ。所属部隊を確認した他はまだ何も知らない。今しがたエイナに「妹さんと訓練ご一緒したことがあります」と言われて初めて関係性を知ったくらいだ。
「知っているかどうか、ということでは、ミオさんは有名人ですよ。ブラックダガーの隊長ですから」
「フ、王女直属部隊の隊長がちっこいガキだって悪口言われてるんだろ」
「いえ、別にそんなことは…」
「事実だろ。『生娘部隊』とは上手いこと言ったものだ。まああたしの妹だからって気にせず、コテンパンにしてやればいい。あ、もしかしてボコボコにした後か? 気に病む必要はないぞ」
「あ、いや……」
エイナは言葉を濁らせ、その後ろでギャランがプーッと吹き出す。
「コテンパンにされたのはエイナの方だよね! 一回も勝てなかったし!」
「うるさい!」
エイナの手がギャランの頭を叩き、カップからコーヒーがこぼれ落ちる。
「ふん? ミオは現役の戦士といい勝負するくらいに強くなってたのか」
「いえ、あの………たぶん、手加減されて負けました…」
目線を落とすエイナに対し、アケミは首を捻る。
「……人選間違ってたか?」
ギャランがまたクスクスと笑うが、今度はもうエイナの手は飛ばない。
「おっ…お言葉ですが! 別に自分だけが負けたわけではありません! それにブラックダガーはほとんどが素人でしたが、何人かはずば抜けた逸材もいます! 特にミオさんと盾兵のマユラ先輩、弓兵のソウカはそこらの兵士が束になっても敵わないと思います!!」
「まあマユラはそうかもしれんが……ソウカってよく知らないんだよな、あたしの手がブラックダガーから離れた後に入ってきたし。どんな女だ?」
「……見た目とか雰囲気は、シロモリ様に似てます」
「それは知ってる。目の前に現れたときは驚いて、悪酔いしてしまったくらいだ」
そしてその時アケミを指して「お姉ちゃんじゃない」と言い放って去っていったからなお頭が痛くなったのだ。後に遠い親戚だということを知ったが、自身をミオの姉と言い張るらしいその理由がわからない。だから「どんな女だ?」と為人を聞いたのだ。
対し―――エイナもギャランも眉根を寄せた。
「弓の腕はすごいです……超人的というか、神技なんですけど、…」
「なんというか……傍で聞いてるだけだけど、言動が怖いというかやばいというか……たまに、本気で人を射殺しそうな目をするし。いつも仲間内でトラブル起こしてるイメージ」
「…………」
…親戚だということは黙っておこう。あ、そういえば―――
「そっちのお前、まだ名前を聞いてなかったな。なんていうんだ?」
離れて馬に飼葉を与えている男に声をかける。確か槍兵だったこの男、兵歴からも見た目からもエイナとギャランより年上のはずだが、どうにも大人しい。得物は意外にも斧槍。背は高めだが線は細く、実際若いのか歳なのかわかりにくい。
男は深めに被っていた幅広のつばの帽子を脱ぐと、ちょこっと小さく頭を下げて一礼する。本当に数多くの戦士の中から選ばれた兵士(三年目)なのか?
「あの……自分は、ノーマン…」
「ノーマン!? ノーマンだと!? お前まさかっ…ノーマン一族か!?」
クーラさん―――クリスチーナ=ガーネットの本当の名前はクラリス=ノーマン。そのノーマン一族は軍の調査によりスパイの嫌疑がかけられている。なのに堂々と名乗るとは…!!
しかし当の「ノーマン」はポカンと、エイナは口元を押さえ、ギャランはゲラゲラ笑う。
「ノ、ノーマン一族っ……ノーマンの顔がいっぱい……は、腹が痛い…!!」
「クク…ノーマンはファーストネームで、ファミリーネームじゃないです…」
年下にこれだけ笑われるってどうなんだと思いつつ、「そうなのか?」と尋ねるとノーマンは頷く。
「正しくはヌゥルゥマンです。祖父が元いた国の言葉で『海の男」という意味で…」
「ふ、ふうん……すまん、勘違いしていたみたいだ、悪かった…で、どうしてノーマンなんだ?」
「発音がややこしいからと――」
「そうなの!? 俺は影が薄すぎているかいないかわからないから『ノーマン』って呼ばれてるって聞いたけど……う、海の男! 似合わない…!! しかもこの国に海軍ないし!」
ギャランはまだ笑いが収まらない……この辺はまだ子供か。まあ確かに、この国では海との縁は浅い。国土の南側は海に面しているが高い岸壁と岩礁ばかり。海流は急で港どころか船が停泊する場所を造ることそのものが難しい。それゆえ、海と海岸線は祖先の合意の元に漁港のあるイオンハブスの領土となっており、エレステルは「海が見えるのに内陸の国」となっている。そのため魚介類はイオンハブスからの輸入が専らであるのだが、生魚などは腐りやすく物理的に入手困難、特急便を使うと輸送費が嵩むために高級品になってしまい、庶民には手が出ない。つまりそれくらい海とは縁がなく、「海の男」と言われてもピンと来ないのだ。
「ええと……どう呼べばいい?」
「別にノーマンで…。変な響きの名前で目立ちたくないので」
「……あたしもそうなんだがな」
と、会話が切れそうになったちょうどいいタイミングでラニエルが戻ってきた。
「討伐隊の足取り、わかりました」
「よし」
念のため周りを見回し、近くに人がいないことを確認して地図を広げる。ベルマンが鉛筆で書き加えたアレだ。
「どこだ?」
「グロニアから、こう……昨日の朝の時点ではこの町です」
ラニエルが指でなぞる後を鉛筆で追っていく。
「え? シロモリ様…このルートだと、私たちズレてるんじゃ…」
「それは今から説明する。しかしバレーナめ、思ったよりちゃんと行軍してるじゃないか」
「…?」
首を傾げるエイナに、改めて地図上で討伐隊のルートをなぞってみせる。
「国境警備に就いているお前たちはわからんかもしれんが、本来軍には兵站が必要だ。国境の砦は基本的に地元の産業と一体化してるから補給部隊がそもそもない……訓練で砦までの簡単な荷運びをさせられることはあるがな。しかし防衛戦はそれでもいいが、攻める場合はそうはいかない。特に今回の場合、敵が潜伏している場所に到達するまで、どれくらい時間がかかるのかわからない。だから拠点を辿って補給しながら進む。まあ、この場合は町だな。町や村に寄って進んでいけば補給できるし、顔は売れるし、士気は上がるしでいい事づくめだ。バレーナの本意かどうかは別だが…」
バレーナの性格ならショートカットして一直線に進行するかと思っていたが……周りが上手くやっているのか。慎重に進んでいるようで良しとする。
「で、エイナがさっき言ったズレについてだが、我々の任務を説明する。シロモリ隊は討伐隊の側面から攻撃してくる第三の敵を叩く」
「「「??」」」
エイナたち三人は眉根を寄せた。
「まだ盗賊団が増えるってことですか?」
「というか、第二は? それに今叩くって……この人数で?」
「………」
三人が渋い顔をするのも当然だ。ここにいる人数は偵察に出る小隊と同じだからだ。
「言いたいことはわかるが、まず聞け。あたしらは戦力としては数に入っていない。敵からも味方からもな。いわば、盤上にない駒だ。だから動きを悟られない。隠密に行動し、盤外からくる敵の駒を抑える」
「その敵がわからないんですけど…」
「あたしもわからん」
「「は?」」
「所属、規模、そもそもいるかどうかも一切わからん」
「「はあぁ!?」」
「いちいち騒ぐな。要するにあたしらは予防線だ。だが見ろ、ブロッケン盗賊団が現れたポイントはジャファルスとの国境線だ。ジャファルスから追い立てられた奴らが村一つを焼き討ちにすると思うか? 占拠、略奪、人質とって金品の要求が普通だろ」
「……ブロッケン盗賊団は、ジャファルスの手先」
一人静かだったノーマンがポツリとつぶやく。物事を冷静に見る力があるようだ。
「そうだとした場合、狙うのは何だ?」
「え…」
「国境線の砦とか…?」
エイナとギャランはまだまだ経験が足りないな…。
「――ノーマン?」
「このタイミングなら、王女殿下」
「「あ」」
エイナとギャランが顔を見合わせて、アケミはため息を吐く。
「お前ら、王女の助けに行くんじゃなかったのか…。まあそういうことだ、今回のは単なる盗賊団の襲来じゃない。王の代換えに合わせた威力偵察だ。そこでエレステルがどう動くのか見るつもりだったが、思わぬカモがやってきた―――ならやらない手はないよな? ラニエル、バラリウスたちの最新の交戦ポイントもわかるか?」
「えっと……大雑把ですが、ここと、ここ」
ラニエルの指す場所に小さく×をつける。
「大まかな動きは変わらないな…。今、奴らの潜伏先と目される場所がここ―――」
交戦ポイントから北東……地方領主・モルゾート=ビンクの領内を鉛筆の先で叩く。
「バレーナたち討伐隊の進行ルートの先を考えると……決戦の場所はこの辺りだな」
交戦ポイントから南南東の平原部―――
「確認されている盗賊団の数はおよそ三百とされている。対し、このラニエルの所属するバラリウス中隊は精強ながらも約二十名―――」
「あ、盗賊団と戦うために少しずつ増強しているので、六十名ほどになってると思います」
ラニエルが注釈を入れてくる。
「そうなのか? じゃあ六十名……。で、討伐隊は貴族側の兵百五十名と、一般市民の有志にお前達みたいな休暇中の現役戦士を含めて二百五十名。合わせて四百の混成部隊だ」
「それ、まとめられる人いるの?」
ギャランの率直な質問にアケミは首を横に振った。
「いないだろうな。有志の兵と貴族が寄越してきた兵とではそもそも士気が違う。ベルマンの寄越した旧友というマクリール殿がどういう働きをするかによるな」
「ベルマンって、誰ですか?」
「ああ…ゴルドロン将軍な」
エイナとギャランは開いた口が塞がらなかった。仮にアケミがこの国一番の剣の使い手だったとして、それと将軍を呼び捨てにすることは別だ。
「話を戻すぞ。六十名のバラリウス隊に対し五倍の数の盗賊団がまともに戦わないのは、討伐隊の到着を待っているからだ。もちろんそれはバラリウス隊にも言えることで、数で劣る分決め手に欠ける。しかし討伐隊と合流すれば数は四百六十ほどになり、数的優位に立てる。もちろんそんなことは敵もわかっているから二番手に伏兵が現れる。十分に戦力があるのなら、ブロッケン盗賊団は討伐隊の倍近い数―――総勢で六百から八百くらいの戦士をぶつけてくるだろう。そしてたぶん………そのタイミングで戦場の外側から援軍がやってくるんだろ?」
わざとらしく目配せすると、ラニエルは慌てて顔を逸らした。
「さあ、どうなんですか、ね…?」
「――とまあ、そんな感じで対策しているわけだが、敵の目的は戦いでの勝利よりもあくまで王女だ。戦場が混乱している中で均衡を崩す存在は必ず現れる……それが『第三の敵』だ。理解したか?」
「「「…………」」」
エイナたち三人はしばし言葉もなく、地図を睨む…。
エイナが手を挙げた。
「あの……今の話だと、『第三の敵』は討伐隊と盗賊団が戦っている最中まで出てきませんよね? どうやって対処するんですか?」
「網を張る。『第三の敵』は奴らの潜伏先と目される方角から必ずくる。その中で奴らが通りそうなルートを絞って待ち伏せする」
「どうしてその方角からくると? 盗賊団の反対側から出て討伐隊を挟み撃ちにする方が効果的だと思いますが」
「バラリウス隊の動きを見ろ。平原の中央で戦ってもそれ以上押し込んでないだろ。奴らにそこで戦うように仕向けてるのさ。この辺りはあたしも通ったことがあるが、四方数キロは隠れる場所がないからな、どの方向から現れても丸見えだ。それなら味方である盗賊団の影に潜むのがベストだ」
「あ、なるほど…」
潜伏先の領主・モルゾートが加担している可能性があることは黙っておく。余計な情報は余計な先入観を与えてしまう。
「ルートを絞るっていうんなら、俺、地図描けます」
「何?」
ギャランの申し出は意外だった。
「俺の親父、地図を作るのを生業にしていて、ガキの頃は連れられてエレステル中を旅してました。その辺も、四年前のデータですけど描けます」
「本当か!? すごいな……まだ子供なのに軍に入れた理由はそれか」
「いやだから、ガキじゃないですって!」
「ああ、悪い」
アケミはギャランの頭にポンと手を乗せる。長身の女であるアケミとまだ少年の体格のギャランでは、それこそ大人と子供ほど目線に差がある。そのアケミの手に頭を撫でられ、うっかり満更でもない顔で照れてしまったギャラン。それを見たエイナがプッと、ノーマンも口元を手で隠して笑いを堪える。
「とりあえず熱意だけ買って連れてきたが、お前たちは案外拾い物だったな…。よし、これからよろしく頼む。多少無茶をすることもあるが付いてこいよ!」
「「「は!」」」
三人が背筋を正す。自分より年下ばかり(ノーマンは違うだろうが)を扱うと、こういうとき楽でいい。
「あと、あたしのことはアケミ隊長と呼ぶように。シロモリ様とか、呼びにくいしやりにくいだろ。あたしのことはいろいろ噂で聞いてるだろうしな」
「噂」と聞いてエイナとギャランは微妙な顔をする……追求しないでおこう。
「…では、僕は『シロモリ隊』の方針を隊長に伝えてきます」
ラニエルがバッグを肩に担ぐ。伝令役であるラニエルはバラリウスとベルマンの間を絶えず往復し、情報を繋いでいるのだ。
「この青い羽を付けておいて下さい。特務兵の証です。伝令兵が宿や村長に情報を言伝てている場合、これがあれば聞き出せます」
ラニエルが上着の下に付けているものとお揃いの羽飾りを渡される。
「いろいろ助かった。無茶してケガとかするなよ、奥さんに恨まれかねんからな。いざという時はバラリウスを見捨てて逃げろ」
「ハハハ、アケミさんが出ると聞いたら隊長はやる気になりますよ」
ラニエルは厩に繋いでいた愛馬に跨ると、暗くなりかけている道を風のように走り去っていった。
「さて……あたしらは宿をとるか。ギャラン、先に行ってツインで二部屋取ってきてくれ」
「――え!?」
詰まったような声を上げたのはエイナだ。
「どうした?」
「二部屋って、シロモ…アケミ隊長と、相部屋ですか?」
「そりゃそうだろう。任務の性質上、軍の施設は使えんし、宿代はあたしが出すんだぞ? 贅沢言うな」
「いえ、そういうのでは…」
声が小さくなっていくエイナ……あ、「噂」か。
「……期待させて悪いが、抱いてはやらんぞ」
「抱っ…期待なんて!!」
「それともギャランと一緒にするか」
「ありえない…!」
「じゃあ何も問題ないだろ。ほら、荷物持て」
赤くなっているエイナの尻を叩く。しかし自業自得とはいえ、一生付き纏うのかな、コレ……。
「あの…」
先に行けと命じたはずのギャランが立ち止まっている。
「なんだ?」
「俺……隊長と一緒の部屋でもいいです!」
「――マセガキが!!」
エイナの拳が飛んだ。ノーマンはその二人の横を通り過ぎていく……アケミは、多少、不安になった。
ぎゃあああぁぁ! 日曜にアップできなかったぁ! …それはともかく更新です。
プチ情報として。
「アルタナ」の序盤にある「エレステルでは珍しいカジキのステーキ」の補足になっています。だから?という話ですが(笑)




