22.
アケミはアレインをバレーナたちの討伐隊―――ではなく、ゴルドロン邸へと向かわせた。そこで降りてアレインは先にバレーナの元へ戻させ、アケミはゴルドロン邸の門を叩く。案の定というか予想通り、ベルマンは自宅にいた。
この非常時に―――それともこの非常時だからなのか―――。それは話を聞けばわかる。
ところがベルマンは、あろうことか寝巻きだった。
「お前……いくらなんでもふざけてんのか!? せめてすぐ出られる格好をしてるべきだろう!」
「ワシは仮病中じゃぞ!? ベッドから出るなどとんでもない」
そう言ってリビングで孫を「高い高い」する好々爺を、今すぐ長刀で殴ってやりたくなる…。
娘さんが紅茶を用意してくれて、アケミは仕方なくソファに腰を下ろした。
「情報は持っているんだろ。状況を教えろ、行く場所を決める」
「ほう……冷静だのう。まっすぐ殿下の元へ馳せ参じるかと思っておったが。しかし、人に物を頼む態度ではないのう」
「お前…………仮病をばらすぞ」
「まあそう毛を逆立てるものではない……今のところは」
孫たちは母親である娘さんに連れ去られ、静かになったリビングに地図が広げられる。
「ブロッケン盗賊団を知っておるか」
「小耳に挟んだ程度なら。国境を越えて暴れまわる、数百に及ぶ大盗賊団だろ。今来てるのがまさにそれだ」
「その頭目の名は?」
「…ブロッケン、じゃないのか?」
「うむ、通称ブロッケン。しかしブロッケンという名の男は存在せぬ」
「は? …襲名するのか? いやまて、それなら何代も続いているってことに…」
「――というよりも、盗賊団そのものが存在せんのかもしれん」
ベルマンが鉛筆で丸い印を付ける。東の国境線……ジャファルスとの境界線だ。
「あらゆる場所で無差別に暴れまわる……そんな奴らに一所に落ち着ける場所があるとは考えにくい。が、組織としてある以上、必ず拠点がなければならぬ」
「それがジャファルスにある…? なら奴らはジャファルスから追われてきたのか?」
「いや。ジャファルスから『出撃』してきたのじゃろう。とある筋の情報によれば、ブロッケン盗賊団はジャファルスの軍隊の一つであるらしい」
「…なんだと!?」
それが本当なら大スキャンダルだが…!
「とはいえ、あぶれ者の集まり……傭兵団のようなものかもしれんがな。任務はその性質上、強行偵察といったところじゃろう。犯罪者を装うがゆえに堂々と他国に侵入できる、考えたものじゃよ」
「悠長なこと言ってる場合か!? それが本当なら、飛び出したバレーナが狙われるんじゃないのか!?」
「手は打っておる。盗賊団にはバラリウスが襲撃を繰り返し、殿下の側にはマクリールがおる。比較的安全な場所で待ち構えるよう進言しておるじゃろう」
「だが、それなら奴らはバレーナを誘き出すために周辺を荒らし回るだろう。バラリウスの中隊を見たが、数は五十~六十。それで何倍もの数に突っ込むんだから強いんだろうが、逃げられたら追えない」
「相変わらずいいところに目をつけるのう。しかし、逃がすことも作戦のうちじゃ。さっきも言ったが、落ち着ける場所が必要じゃ。最初の村は見せしめに焼き払った――その後、どこで食料を調達する? 寝床を決める? 彼奴らにとっては初めての土地、地図を持っていたとしても周りは敵しかおらん。事実、追っているのはバラリウスだけじゃが、村や町には密かに部隊を派遣しておる。数十人ずつじゃが地の利がある。『ブロッケン』が無能でなければ罠には飛び込んでくるまい」
「本当に軍隊なら無計画すぎる……ように見える。玉砕覚悟なら別だが、それなら喉元に迫るまで身を隠すのが定石だ。今の動きはむしろ囮………なら、別働隊がいる? 違う…………協力者がいるのか!!」
地図からぱっと目線を上げると、「よくできた」と言わんばかりに満面の白髭爺……。イラっとしたが、今はそれどころではない。
「領地の境界線は書けるか?」
ベルマンの問いにアケミは首を振る。
「いや…町や村がどこの貴族の領地か確認するくらいだ」
―――ニガードの件があってからの習慣である。
「いかんのう、それでは。グロニアに住んでいる貴族は特にその辺が無関心じゃからいかん」
ベルマンが鉛筆で、今度は線を引いていく。略図だろうが、それなりに細かい。特に山や川など、目立つ境界点はきっちり分けている。分厚い手で器用なものだ。
「とりあえず西側がこんな具合よ」
「…そこに盗賊団の動きを書き加えるんだな」
「そうじゃ」
ベルマンがさらに線を加えていく。途切れ途切れで端に×がついているのは、見失ったということか。しかし流れを追っていくと、ある一点に目が行く。
「ここだな。どこの領地だ?」
「モルゾート=ビンク」
その名を聞いた瞬間、ピシリとピースがハマった様な気がした。
「なるほど……どうにも因縁があるみたいだな」
「お主……怖い顔になっておるぞ」
「それはそうだ。落とし前をつけるには十分な理由がある」
ゲイスたちが胡蝶館を襲撃し、ライラを攫った事件―――その背後にモルゾートがいたのだ。それが今またバレーナを狙っているのであれば、牙を向けるに十分な理由がある。今度こそこのモルゾートを――……
「……ん? …そうか、お前の狙いはモルゾートの排除か。だから軍が消極的に見えるようにブラフをかましたんだな」
「本当にお主は侮れんのう…。モルゾートというよりは、内通者をできるだけ引っ張り出すつもりじゃったがな」
「それで、どうしてバレーナに知らせなかった?」
「敵を騙すにはまず味方からというじゃろう。軍が機能していないと見せかけるにはバレーナ様に罵倒されるのが一番じゃ。しかし自ら出陣されるのはもっと間を置いてからだと見ておったのに、まさか三日後に出立されるとは思わなんだ。それもお主が余計な力を与えたせいじゃぞ」
「ブラックダガーが優秀だと証明されただろ。戦況は膠着しつつある……ブロッケン盗賊団をモルゾートの領へ追い込めばこれ以上民に被害が及ぶこともないということか。モルゾートが自分の領民を犠牲にするような下衆でなければな。しかしブロッケン盗賊団が囮ならバレーナを狙う別の一団が現れる、あたしはそれを潰せばいいんだな?」
「ご明察じゃ。暗躍する敵に対抗するにはこちらも盤外の駒で対抗するのが効果的よ。賊が襲来したときお主が行方不明だったのも、見方を変えればラッキーであった。しかしさすがに潰すのは無理じゃろう、探し出せればよい。準待機中の兵士を適当に連れていってよいぞ、正式な命令書も用意しておる」
状況は把握した。やることは決まった。だが――…
「………一つ、条件がある」
「うむ?」
「バレーナに一番手柄をやれ。お前の計画では今回の件でバラリウスを押し上げるつもりだろうが、討伐の功績でバレーナを女王にする。お前にも骨を折ってもらうぞ」
睨むようにベルマンを見据える。白き大熊は顎を撫で、ソファに深く身を沈めた。
「周りにも今回の出陣を殿下の点数稼ぎと見ておる者が多い…。未だに賛否両論あるが、王が空位になってから二年……お歳を考えても即位される時期としては頃合いではある。しかしバレーナ様の性格からして、二心を持って臨まれるとは思えん。最近聞こえる殿下の振る舞いは性急すぎるように見える。何か理由を知らぬか?」
「…………さあな」
病床に伏せているというガルノス王…………そして娘のアルタナディア姫こそがバレーナの気がかりであり、最大の目標だろう。ベルマンの言う通り、民が襲われたことを好機と捉えることなどバレーナにできるはずがない。自身もきっと良心の呵責、義務と己の望みを秤にかける罪悪感に苛まれているだろう。ただ、どうにしろ―――
「…あたしがやることはバレーナを助けること。アイツの代わりに刃を振ること。それだけがこの長刀に見合う、あたしの価値だ。そのためには、軍将第一位だって使ってみせる」
「頼りになるのう、ワハハハハ!」
本気でそう思っているのかいないのか、笑い飛ばされるのは癪だが、まだ自分も―――バレーナもその程度に見られるのは仕方がない。これから一つ一つ乗り越えていかなければならないのだ。
「とりあえず出る。命令書と地図……それと庭の馬を寄越せ」
「今はおらん。ライドルの厩舎に預けておる」
「何!? ここから統合本部まで走って行けっていうのか!? 四十分はかかるぞ…くそ!」
長刀とバッグを担いで立ち、リビングから出ると―――…思いもよらぬ光景が。
玄関口でベルマンの娘―――奥さんと、見覚えのある旦那さんが抱き合ってキスしている。
「エルマさん、今、急いでるから…」
「いいじゃん、久しぶりに帰ってきたんだから」
「いや、ホントに―――あ…」
目が合った。旦那さん―――ラニエルと。
「見せつけてくれるよね……アンタらの親父のせいであたしはずっと我慢してるのに」
「え? あ……すいません…?」
優男が素直に謝るのがまた腹が立つ…。とはいえ、渡りに船とはこのこと。手早くベルマンに報告させ、奥さんから引き剥がすようにしてラニエルに馬を走らせた。
「急げ! 今からでも追うぞ!」
半分つけた防具、雑に一括りに纏めた弓矢、剣、その他諸々の荷物をバッグに詰め込み、がシャガシャ音を立てながら走るのはエイナ。
「いや、もう、行っても間に合わない…!」
息を切らしながらその後を追う少年兵ギャラン。さらにもう一人、最後尾に男がついている。
三人は人が賑わう往来の中を抜けて走り続ける。目的地は、とりあえず西―――
「…って、どこ行ったかなんてもうわかんないよ! 討伐隊出たの三日前だよ!? なんならもう決着ついてるかもしれないじゃん!」
喚くギャラン。その言い分は正論だが、エイナはギャランの頭を殴った。
「イったッ…なんで叩く!?」
「お前、どうして付いていかなかった!? 王女様が現れた場にいたんだろう!」
「自由参加って言われたし! 大体、俺ら休暇中じゃん! 他の大隊の奴らに任せときゃいいだろ!」
「それができたらわざわざ王女様自ら出陣されるか!」
「知らないよ!」
「アイツらだっていたんだろ、ブラックダガー…!」
「ナンだ……気になってるのはそっち?」
「一緒に訓練した仲だ、もし死んだりしたら後味悪い…!」
「そんなの大隊の連中だって同じことじゃん! あーもー、だったらエイナがブラックダガーに入りゃいいじゃん!!」
「おまえ………どれだけ白状なんだ! 見損なったぞ!!」
ついにエイナはギャランの襟首を掴むが、ギャランも黙ってはいない。
「はあ!? そもそも俺らに非常召集とかかからなかったし! 別に必要ないってことじゃん! ちゃんと手を打ってるんだろ!」
「どんな!?」
「だから知らないよ! 何で俺に聞くの!?」
「知らないのに憶測で物を言うな!!」
「そっちが聞いてきたから答えたんだろ!! こっちだっていい加減怒るぞ!!」
人の賑わう街道のど真ん中でいよいよつかみ合いのケンカになろうかというとき、二人の肩を「三人目の男」が抑える。
「お前らやめろよぉ……とりあえず足動かさないと間に合わなくなるぞ…」
しかし男の仲裁など聞かず、二人は衆目の中で歯をむき出しにする。そこへ―――
「―――貴様ら、何やってる」
馬に乗って現れた男…ではなく、その後ろに跨った女が、馬上から三人を見下ろした。男の方は軍の兵士だろう、馬の首に青い羽の装飾がついている。これは軍の中でも特別に街中を走ることを許された証で、主に伝令兵か特務兵がつけるものだ。その馬を操る男も若いながらも軽鎧を身に付け、剣を下げて様になっている。一方、女の方は白地のコートを羽織り、スラックスにブーツと、背が高いことも相まってまるで貴族の若君のような格好をしている。しかし服のラインからは魅力的なプロポーションが見て取れ、流れるような黒い長髪は陽光を反射するように煌く。その顔もまた至極の美貌だったが、同時に重厚な存在感も併せ持つ。エイナとギャランはケンカしていたことも忘れ、どういう人物か判別しづらい女に目を奪われてしまった。
「…おい。ここで、そんな格好で何をしてるかと聞いてるんだ」
「あ…えっと…………この人、誰…?」
「知らないよ…!」
ヒソヒソと話しながら目線を交わす二人。その後ろからもう一人の男が答えた。
「あの……自分たちは、王女様の討伐隊に出遅れました…」
「あん?」
馬上の女が首を捻る。すかさずエイナとギャランは後ろの仲間の腹に肘打ちした。
「それじゃ私らが使えないやつみたいだろ…!」
「馬鹿じゃないの!? もっと言い方あるじゃん…!」
「………お前ら、訓練兵か?」
「「正規兵です!!」」
女の問いに間髪入れずエイナとギャランが声を揃える。
「所属は? 兵科は? 何年目だ?」
「全員第三大隊、私は弓兵で…二年目です」
「自分は主に斥候で、同じく二年目」
「あ……自分は、槍兵……三年目です…」
エイナ、ギャラン、後ろの男とそれぞれの回答を聞いて、女はふむと頷いた。
「よし……お前らを強制徴兵する」
「「は!!?」」
目を点にするエイナたちの前に、女はコートの内ポケットから紙を取り出してみせる。軍最高位・ベルマン=ゴルドロン将軍のサイン入りの命令書だ。
「今からお前たちはあたしの部下……シロモリ隊の一員だ」
短いですが更新です。さて、それぞれがどう動くか……考え中です(笑)
※10/28 後半部追記




