09.
行軍は順調だった。そもそも荷物の移送である。途中、盗賊からの襲撃に注意と言われたが、それも杞憂だったようだ。この国では兵士は尊敬に値する存在である。もちろん全員が規律正しい戦士というわけではなく……どちらかといえば荒々しい者が多いが、それでも子供にとっては憧れのヒーローなのだ。普通にしていれば、粗雑に扱われることはない。
しかし、やはり例外もある―――。
「ワシが誰か知らんのか!? さっさと命令に従え!!」
あと二日で砦に到着するというところで、ウェルバー隊は地方領主のニガード=サマラウンドに呼び止められ、無理難題を押し付けられていた。
「ええ、しかしですね、我々には任務がありまして、一刻も早く物資を届けなければ砦の士気が下がりまして、そうすると国境の守りが危うくなりましてですね…」
さすが下級貴族と自称するだけのことはある、ウェルバーは目上の貴族に対してめっぽう弱い。仕方ないといえば仕方ないのだが……。
ブルドックのようにほほ肉の垂れたニガードの要求は二つ。税の取り立ての手伝いと、別荘から強奪されたという銀食器と宝石類の探索だった。しかし強盗はすでに依頼を受けた砦の兵士が捜索しているし、税の取り立てなど以ての外、軍属の仕事ではない。
だがニガードによれば、
「貴様らが盗人の捜索に手間取っているから、こちらも私兵を使わねばならん。するとどうだ、取り立てが進まんだろうが! 貴様らの怠慢のせいなのだから、責任をとるのは当然だろう!! 部下は女ばかりで隊長は軟弱な若造で、軍は何をやっておる!!」
――これが言い分である。開いた口が塞がらず、さすがのクーラさんも珍しく呆れ顔をそのまま出していた。
と、ぎょろりとした目がこちらを向く。
「貴様はなんだ? 格好が違うが、兵士ではないのか?」
「シロモリの長女、アケミと申します」
「シロモリ…っ!?」
ニガードが動揺する。そこに重ねて言ってやった。
「ごあいさつ申し上げますニガード卿。城中ではお見かけしませんでしたね」
これはウェルバーの失笑を誘った。暗に田舎者と罵られたニガードは今にも爆発しそうに目を見開いて言った。
「シロモリといえばこの国の武芸を支える、戦士の模範となる存在だろう!? 女に務まるのか!!?」
「さて? 修行中の身ですので、まだ何とも」
「なんだその態度は! そもそもシロモリは、前戦にも出ないくせに剣を振りまわして見せているだけではないか!!」
「技術の研鑽と向上が仕事ですから。ご依頼とあらば、そちらの脆弱な警備強化のためにご教授差し上げてもよろしいですが」
「なっ、何ぃ!?」
「それでは、我々には我々の任務がありますので。行きましょうか隊長、副隊長」
「小娘がぁ~っ!!」と背中に罵声が飛んできたが、無視して屋敷を出た。
「意外ね。あんな態度がとれるなんて」
クーラさんが薄く笑う。
「すみません、まずかったですか?」
「ううん、褒めてるの。内心では、いつ剣を抜こうとするのかとハラハラしてたわ」
「さすがにそこまでバカじゃないですよ、ムカつきましたけど。だからいじわるするときのクーラさんをイメージして言い返してみました」
「私!? 私はあんな陰険な言い回ししないわよ! でも、見直したわ」
頭を撫でられて、照れてしまう。
「それにしても隊長は頼りにならないわよね、同じ貴族で年上なのに」
クリスチーナに嘲笑を浴びせられてウェルバーは動揺する。
「き、貴族としての格はシロモリの方が上なんだから仕方ない……向こうもシロモリって聞いてビビってたろ!? 歳っていわれてもな…」
ウェルバーの言いたいことはわかる。あちらから見れば三つ四つの差などあってないようなものだ。
「しかしそれにしても、どうしてあんなに態度大きいんですか? 軍にどうこう口出しできる立場の人間じゃないんでしょう?」
「ああ、あれなぁ……ほら、ここって国境付近だから一応危険度が高いわけじゃん? 加えて砦への生活物資の供給は付近の土地からになる。だから……つまりあれでも守るべき対象であって生命線でもあるから、邪険にできないわけ。悔しいけどな」
「へぇ…」
第五大隊の一隊が駐留するキーム砦は堀が深く塀が高く、まさしく城塞と呼べるものであった。グロニアの城に比べればコンパクトではあるが、その理由はすぐにわかる。余分な生活空間がないのだ。兵舎、武器庫、食糧庫、厩の他には指令室くらいしかない。しかしなるほど、養成所はこういった実際の現場の雰囲気に近づけているのが良くわかる。
入口である桟橋前で認証を受けた後、物資の引き渡しを済ませる。今さらだが、運んできた物資は全て武器と鎧だ。軍事に使用するものは軍が管理ということか。しかしエレステルの兵士は上級者になればなるほど武器をカスタマイズしているため、なかなか使い回しができない。必要ならば補修のためのパーツにするのだろう。
ともあれ、これで仕事は一段落……と思ったのだが。
「何? シロモリの後継者だと?」
「女だとよ、いい女!」
噂を聞きつけた第五大隊の兵が早速集まってきた………クーラさんの元に。
「おお! 第二大隊にゃこんな美人がいるのかよ!」
「転属させてくれぇ!」
第五大隊もバカばっかりだ…。
「私じゃないわ。彼女はあっち」
クーラさんはご丁寧に指さしてくれた。一斉に注目されることになる。
「おお…? こっちか…」
「こっちもイイ女だ!」
「まだガキっぽくも見えるが、よく育ってやがる…」
「俺、シロモリ師範見た事あるけどさ、あの人の娘にしちゃあ奇跡のルックスだよ!」
ここまで好き放題言われるのも久々だ。目尻がピクピクと震えてしまう。
と、一人の大柄な男が無遠慮に迫ってきた。圧倒的な威圧感は、敵意ともとれるほどに挑戦的だった。隣にいたミリムはそれとなく自分の後ろに隠れてしまった。
「なあ、シロモリの姐さん――」
「アケミだ」
実年齢を知らないからなのか、それとも皮肉なのか。姐さんと呼ばれたのは初めてで、少しむっとした。
「すまねえ、アケミさん。その長ぇ剣、よく似合ってんな」
「そりゃどうも」
「飾りってわけじゃねぇんだろ?」
「飾りかな」
「ほほぉ…そうかもな。いくら折れそうな細身の刀身だからって、そんだけ長きゃ結構な重量だ。とてもじゃねぇが振りまわせねぇだろ。そもそも抜けるのか? ちょっとそれ、抜いて見せてくれよ」
「断る。長旅してきた女に絡むなんて、節操がないな。でも私もシロモリだ、一本くらいなら『指導』してやってもいいが」
男の眉がピクンと動いたのがわかった。周りも剣呑な空気が濃くなっていく。
と―――
「貴様ら、何をやっているかぁッ!!」
頭上から怒声が降ってきた。顔を上げれば、砦の上から見下ろす髭ヅラのうるさそうな中年男と、対照的に落ち着いて構えた若い精悍な男が見下ろしている。叫んでいたのはもちろんヒゲのほうだ。
「チッ…あのクソどもが。おいシロモリのお嬢ちゃん」
「アケミだ。何度も言わせるな」
「シロモリのお嬢ちゃんよ、勝負の約束は覚えておけよ」
「約束なんかしてない。気が向いたら相手してやる」
「全く御大層な剣だな、シロモリってのは」
各々視線やら捨て台詞やらくれて、第五大隊の荒くれ兵どもは散っていく。
「…せ、先輩っ、何やってるんスかー!?」
「何が?」
半ベソをかきながら肩を揺すってくるミリムの手を払いのける。
「何がじゃないスよ! どうしてケンカ売ってんですか!?」
「売ってない。からかってきたからちょっと相手してやっただけだろ」
「もうちょっと言い方ってのが…」
「あのな。あたしは舐められるわけにはいかないの、立場上。挑戦なら受け、勝ち続けなければならない。でもケンカにまで付き合う必要ないし…そこら辺が微妙なとこなんだけど。だから早く実績作って、文句を言われないようにしないと」
「大変なんスね…」
ちょっと間が開いちゃったスね…(笑)
できれば次は明日には上げたいですが…。




