17.
雨の上がり、空は快晴だが、城中は混乱の様相を呈していた。
会議室には重要ポストに着く官僚や大臣が集まり、ロナだけでなくミオ、マユラまで参席している。事態は急を要していた。
「全員集まったか!?」
バレーナが声を上げると、オーギン議長が答える
「地方貴族の最高評議院議員の方々はまだ、連絡がついたかどうかすらもわかっていません」
「…それは仕方あるまい」
「それと、ゴルドロン将軍のお姿が……」
「何…!?」
言われればそうだ。あの目立つ巨体が影も形もない。
「なぜ来ない!? 一番必要だろう、あの男が!!」
「病気療養中だと伺っていますが…」
「知っている! ならなぜ代理の人間が来ない……ふざけているのか!!」
「どうされますか? 会議を始めますか?」
「……始める。もはや一刻の猶予もない―――」
――そのとき、会議室のドアが大きく開かれた。その大きく逞しい体躯、まさしくベルマン=ゴルドロンかと思ったのだが―――違う。ベルマンにしては若々しく、白髪でもない。見る者にとっては、まるで若き日の全盛期の将軍を思い起こさせた。
「…誰だ、貴様は」
バレーナの鋭い目を前にしても男は快活に笑う。
「王女殿下におかれましてはお初にお目にかかる。第四大隊中隊長、バラリウス=ゲンベルト申す。療養中のベルマン御大の名代として参上仕った次第」
大きな体で仰々しく礼をするが、どこか飄々としていて、それでいて中隊長とは思えない貫禄がある。この闖入者の登場に混乱した。
「ゴルドロン将軍の代わりだと? なぜ中隊長の貴様が? そもそも、第四大隊は防衛任務中のはずだ」
「招集があり、御大を訪ねていた最中に一報を受け申した」
「招集…? 貴様が何の用で呼ばれていた?」
「軍機に関わる事ゆえ、将軍の許可無くばお話できませんな」
ロナの眉がピクリと動く。今、このバラリウスはちらりと議場を見渡してから言った。機密であるゆえにこの場では明かせない―――というポーズをしたように見えた。この男、見た目は生え抜きの猛者といった風体だが、駆け引きもできる。ロナがベルマンと対面したのは数回だけだが、なるほど……似た感触がある。代理というのもありえる話だと思う。そしてバレーナもそう感じ取っていた。
「一応、委任状も持って参った。もっとも我には議決権などあるはずもなく、あくまで代弁者である点、ご確認いただきたい」
「……了解した。席に付け」
バラリウスが会議室の注目を一身に浴びながらバレーナの前を横切る。剣こそ下げていないが、革の胸当てに篭手と軽鎧を身に付け、堂々とマントをなびかせる姿には風格すらある。さらに本来ベルマンが座るはずだった椅子に着席すると、まるで自らが将軍と言わんばかりだ。
「では、緊急会議を始める! 諸君らもすでに聞いているかもしれないが、我らが国土の防衛線を破り、賊が侵入した。通常ならば防衛線を張っている大隊が討伐するところだが、今回襲来した賊は規模が違う。正確な規模は確認されていないが、数百に及ぶ一大集団であり、かなりの武装をしている! そして最新の情報では、この賊らはこともあろうに近隣の村を略奪し、焼き払った…!!」
バレーナの報告にざわめきが起こり、噂程度にしか聞いていなかった大半はようやく事態をのみ込めた。中隊規模以上の武装勢力が国に戦争を仕掛けてきたといっても過言ではないのだ…!
「早急にこの事態に対処し、賊どもを討伐しなければならない! 皆に集まってもらったのはその為だ! すでに民の命が奪われている……一丸となって臨んでもらいたい!! まず現在準待機中となっている第二・第三大隊から討伐隊を編成し、各担当大臣には物資の供給と民の避難の誘導を―――…」
「殿下、しばし」
バラリウスが挙手する。バレーナの顔に苛立ちが滲み出る―――。
「何だ?」
「今回の一件、大隊で隊を編成することはできませぬ」
「なんだと!?」
会議室は騒然となる―――…!
「どういうことだ!? 理由を言え!」
「まず、準待機中の兵が本来対応するのは外国の侵略に備えてのこと。しかし今回相手は盗賊、よって軍警察が対応するのが妥当」
「そんなことを言っている場合か! 相手の規模を考えれば軍警察では―――」
「もう一つ。御大には敵の予測がついておりまする」
「何…!?」
「おそらくは、ブロッケン盗賊団ではないかと」
ブロッケン盗賊団――――。
名前を聞いても誰もわからない。唯一、外務大臣が手を上げた。
「き、聞いたことがあります……諸外国を荒らして回り、元軍隊の屈強な集団だとか。言ってはなんですが、大隊でなければ太刀打ちできないのではないですか……?」
外務大臣の一言に皆総毛立つ。しかしバラリウスはふむ、と腕を組むだけだった。
「報告によれば足跡などから予想される数はおよそ三百から四百。少なくはないながらも恐れるほどではありますまい。中央から軍警察の増援を送ればよろしいかと存ずる」
「そ、それでいけるのか……なら安心だ…」
会議室が安堵の空気に包まれるが、それを破るようにバレーナが卓を叩く。ティーカップが浮いた―――。
「何を悠長なことを言っている! 手をこまねいている間にまた犠牲者が出てしまうぞ! すぐに部隊を編成し、派兵させろ! これは命令だ!!」
バレーナの怒声が飛ぶが、バラリウスは意に介さないといった風だ。
「では申し上げるが……戦費はどこから出るのですかな? 賊が逃げ回ればいたずらに時を浪費し、長引くことも十分にありえまする。戦闘の期間が不確定な中、『とりあえず後払い』というわけにはいきますまい。それに準待機中とはいえ実際は休暇中、装備もすぐには整えられませぬ。さらにはグロニア方々に帰省している者も多数……とてもすぐに戦える状態ではありませぬな」
「ならば、なんのための準待機なのだッ!!」
バレーナの怒りが爆発する…!! それも仕方のない言い訳だったが、バラリウスの言う通りならすぐに戦える状態ではないのだ。大体、防衛任務から戻ってきた兵が酒場で飲んだくれているというのは誰もが知っている話だ。
「…現状、すぐに講じられる策は先に申し上げた通り、軍警察の補強。そして防衛任務に当たっている大隊から一部を賊の討伐に向かわせ、準待機中の兵士を追って派兵。囲い込みをかけるしかありますまい……というのが、ベルマン=ゴルドロン将軍のお考えであります。無論、より良き案があればそれに従いまする」
「…………」
誰も発言しない。バレーナさえも………。
会議が終わり、本来の持ち場へと戻る親衛隊長の前にバラリウスが現れる。
「いやぁ、噂以上に激しいお方ですな、王女殿下は」
「…何の用だ」
親衛隊長はバラリウスを睨む。会議での人を食ったような態度は、バレーナでなくとも気分のいいものではない。
バラリウスは腰のポケットから手紙を出した。
「これを。将軍から親衛隊長どのに言伝を預かって参った」
「………」
大きな手に比べるとまるでメモ用紙に見える便箋を受け取り、親衛隊長は開いて読む………そして目を見開いた。
「これは………越権行為ではないか! それに、これでは我々の意義が問われることになる…!」
「しかし、ご理解は頂けたはず」
「むうぅ…」
「将軍は協力を望んでおられる。いかがされるかな?」
親衛隊長はしばらく黙考し………手紙を握りつぶした。
今回はタイマー更新です。ろくに見直しできてないので不安ですが、たぶん大丈夫だと思います…。
この外伝は「アルタナ」の過去の話なのでゴールが決まっているわけですが、いよいよ最大のイベント「ブロッケン盗賊団討伐」のイベントを回収するときがやってきました(笑)。しかしゴールが決まっている故にどうやってそこに持っていくように調整するか、非常に頭を悩ませています(苦笑)。辻褄が合うように気をつけますが、「ここ変じゃね?」と気づいた方がいらっしゃれば教えていただけると後でこっそり直します…。




