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アルタナ外伝  ―朱に染まる―  作者: 夢見無終(ムッシュ)
朱に染まる――。
82/124

11.

 第十回となる模擬戦――――その三戦目。

 模擬戦十日目といっても、昼食を跨いで一日三回戦行うので戦闘そのものは三十戦目だ。しかし模擬戦を試みて二十五日になるというのにブラックダガーはまだ一度も勝利を得ていない。今日もすでに二敗……しかも今朝方まで降り続いた雨のせいでコンディションは最悪だ。しかしぬかるんだ地面に足を取られ、叩きつけられてなお、少女達は盛況だった。蒸すような空気の中、汗と泥に塗れても誰一人として下を向くことはない。戦いの実力はまだまだでも、意識は当初からかなり変化している。それは一人一人の動きを見れば明らかだった。

「だああぁ!!」

「くっ…!」

 相変わらずギリギリの戦いだが、押しているのはブラックダガーである。模擬戦部隊はあくまで混成、半ば強制的に参加させられた者もいる。まして場がこのコンディションでは士気も上がらない。

 一方で、気を吐く者もいる。ほとんど毎回参加している若い戦士たちだ。ブラックダガーと顔なじみになりつつある彼らは、ブラックダガーの少女たちがメキメキと力をつけてきたのを感じ取っていた。

 差し当たって、この連携―――

「おわっ!?」

 味方が一人やられ、模擬戦部隊の女剣士・エイナは舌打ちした。ほぼ全ての模擬戦に参加している彼女はブラックダガーの変化を目の当たりにしているが、今回のが一番ハマっている。

 まず基本的に相手一人に対して二人一組で当たり、実力差を埋める。並みの兵士相手ならこれでまあまあ戦えるようになった。しかしそれでも力不足なら応援がやってきてスイッチする。現れるのは元盾兵のマユラと隊長であるミオ。おそらく軍の中にあっても飛び抜けた実力者の二人が強敵を掃討することで、陣形が崩れるのを防いでいる。特にミオは驚異的で、全体を見渡す視野の広さと圧倒的なスピードで戦場を走り回り、一度目を離すともう別の場所にいる。しかもそれだけの運動量でパフォーマンスが落ちず、おまけに腰にもう一本木剣を差している。おそらくは二刀流なのだ。短剣使いでは珍しいことではないが、切り札というよりは単に手加減しているのだろう。何とも腹立たしいが、それはまあいい、そのことすら気付かずにあっさり負ける軟弱者が悪い。

 対策はある。マユラとミオを封じ込めればいい。ブラックダガーと同じように、二人に対して複数で当たり、動きを抑える。下手に勝負を仕掛けなければそうそう突破されることはない……そしてその間にその他のメンバーを掃討する。たとえ一対二でもその気になればまだまだ勝てない相手ではないし、最低限の守りの人員だけ残して二対二の状況に持ち込めば一人にかかる時間はわずか。一時的に人数差は生まれるが、その隙を突かれる前に大勢は決するだろう。最終的に敵の大将を落とすのがルールなのだから強敵は避けるに限る……この駆け引きの妙は、まだ経験の浅いブラックダガーでは理解できないだろう。

 ただ、エイナには誤算があった。一つ目は模擬戦部隊が急造チームゆえにイマイチ連携が取れていないこと。二つ目はそもそもやる気のない人間がいること。そして三つ目は――――

 ガキッ…!

「チッ……くそ!」

 これが最大の誤算………第三の敵がいることだ。

 目の前には、槍使いがいる。長い獲物を使うのは一人だけだったのでよく覚えているのだが、初回でいなくなって、最近久しぶりに顔を見せた。初戦でバカどもに囲まれてタコ殴りにされていたから心が折れて辞めたのかと思っていたが、そうではないらしい。むしろ、そんな出来事などなかったように強くなっていた。

 強くなったといっても、何か特別な技を身につけたとか、そういうわけではない。戦い方を覚えたらしいのだ。エイナの記憶では、四人がかりとはいえ素手で殴られるほど隙だらけだったのに、今は一対一で近づけない。槍をこちらに真っ直ぐ構え、回り込もうとするときっちり穂先を向けてくる。無駄な力が抜け、自然体であり………理想的な構えだ。先程から何度も仕掛けるが、切り崩すことができない。

(あれだけお粗末にボコボコ殴られてた奴が、どんな訓練をしたんだ……)

 顔を見せなかった間は秘密の特訓をしていたのだろう。おそらく基礎からだったと思うが、ここまでの形になるにはそれなりの時間を要する。それをすっとばしたとするなら、量だ。一日一日、人の何倍も練習を繰り返したのだろう。戦士としてはそれだけで才能があると言える。しかしそれでも所詮一年未満で軍を辞めた奴だ。所属して二年を超える自分が負けるなど、沽券に関わる…!

 上を狙う―――と見せかけて素早く身を沈める。槍女の反応が遅れた! 予想通り……身に染み込ませるほど反復練習したのだろうが、特急仕上げのせいで身に馴染んではいない。基本的に槍で狙うのは胸から上―――基本に忠実ゆえに、足元に意識がいっていないのは挙動でわかっていた。要するに、まだ応用するだけの余裕はないのだ。

 素早く踏み込み、槍女に肉薄する。穂先の部分から内側に入ってしまえば、もう槍のゾーンではない。後はお好みのままに叩き伏せればいい―――そう思っても迅速に打破することを選択する。戦士として完成された思考回路を持つ、それがエイナの強さの秘密なのだ。

 エイナが突き出した木剣は槍女ことミストリアの胴まで最短距離。瞬きする間に決着するはずだったが、もたつきながらもミストリアは槍の持ち手近くの柄で弾く。驚いたが、その程度の偶然はよくあることだ。さらに踏み込み……左の拳を握るが、右手の剣の柄尻で腹を狙う。ミストリアは身体を捩り、それも防いだ! だがここまで、その体勢で次はない。よくぞここまで持ちこたえたものだ、ここまで――――…。

「は…っ!?」

 背後に小さな影が見えた時にはもう遅かった。ミオの木剣にノックするように背中を叩かれる。エイナは唐突に理解した――――封じ込め策を狙っていたのは、自分だけではなかったのだ…!

「っ……ああもう!」

 ――――今日のエイナの役割は終了した。

 中央を固めていたエイナたちを切り崩したブラックダガーは一気に敵陣深くに侵入する。模擬戦部隊は大将役であるジミルを含めて三人、対しブラックダガーはミオやメア、ミストリアにイザベラなど多くの主力を残して半分近く残っている。もはや決着かと思われたが―――

「きゃっ!!」

 一番前にいた二人が跳ね飛ばされた。ジミルの前に仁王立ちする男は、これまでの兵士とは明らかに違う。がっしりした骨格――隆起した筋肉――少女たちに比べればまるで別の生き物。そして左手に持つウッドシールドが、ブラックダガーのメンバーに驚異を感じさせる……そう、この男はマユラと同じ盾兵なのだ! 飛び入りで最終戦に参加したこの男は正規兵の中でトップクラスの力を持つ。

「おいおい、女子供がどれだけ束になろうとも敵うはずがないだろ? しかしそっちには第五大隊出身の女盾兵がいるらしいってな。俺とそこそこ戦えるのはそいつくらいだろう。他の奴らはリタイアしちまいな、怪我するぜ?」

 そんな、何度も浴びせられた通り一遍のセリフで今更立ち止まるブラックダガーではない。第二波として突貫していたミストリアとイザベラは正面から立ち向かう―――。

「まあどうしてもって言うんなら相手してやるが……あとで怒るなよ?」

 イザベラが先に仕掛け、その間隙を縫うようにミストリアが連続で突く。以前ならできなかったパターンだ。だが男は大雑把そうな見た目と裏腹に、二人の猛攻を丁寧に捌く。

「ほ、なかなかやる…! 若い奴らにも見習わせたいもンだ―――…?」

 突如、攻撃が止んで空白の間が空く。ミストリアが構えを変え―――大きく振りかぶっている…!

 男はにやりと唇を釣り上げた。

「俺は盾兵だぜぇ? 来いよ…!」

「おああ―――であぁっ!!!」

 次の瞬間、派手な炸裂音とともに訪れた衝撃に男は目を剥いた。

「なにいいぃっ!?」

 満を持して構えた盾が、割れたのだ…!!

 ――決して、脆い盾だったわけではない。日頃から激しい訓練に耐えられるように二重の板張りで、持ち手、腕を通す革ベルト、縁も補強してあり、少し手を加えれば実戦でも使えるものだ。それがまさか、女の一撃で二つに割れるとは……!

 さらに動揺の隙をイザベラが狙う! 身体を捻って一瞬の溜めの後、弾かれたバネのように鋭い横一閃!! 男は身を逸らしてギリギリで避けるのだが、空振りしたイザベラの剣は見えない壁に反射したように、斜めに角度を変えて再び男に迫る―――!!

「うおおおおっ!!!?」

 男の木剣は泥の中に叩き落とされた。そして無防備になった男に、二人の少女は躊躇しない―――

「おっ、ちょっ、まっ…ぐふぅ!!」

 自慢の腹筋を叩かれて、男は膝をついた。

 ミストリアとイザベラは即座に男の横を通過し、次いで現れたマユラは悶絶する男を見下ろした。

「…相手はまた今度、お願いします…」

「おっ……おぅ…」

 余裕見せて構えておいて絶叫して終わり、いいとこなしである……。

 ミストリアとイザベラが盾兵と交戦している間、先にハイラ・メアのコンビがもう一人の兵士を倒し、ついに模擬戦部隊の兵は誰もいなくなった。残りは馬に乗った大将、ジミルただひとり。勝利は目前……!

 この時、ハイラは木剣を握って突進しながらも、ジミルが戦う気がないであろうことはわかっていた。基本的にジミルは模擬戦の監督役であるし、ブラックダガー側の王女役であるレビィは戦闘に手出ししない(ついでに口出しも禁止)ため、相手側の大将に到達したら決まりになる――――少なくとも、これまで散々負けてきたときはそうだったのだ。だから、残り三メートルでジミルが右手に木剣を構えてぎょっとした。

「カああああ―――ッ!!!!」

 馬上で高々と剣を振り上げるジミルは本気なのかと疑う迫力だ…!! 

 が―――

「うが―――っ!!」

 メアが吠え返す。これにはハイラもジミルも目を丸くした。二人が固まっている隙にメアは小さくジャンプし、「えい」とジミルの脇腹を木剣の先で突いた。

「フム……よし」

 ジミルは木剣を下ろし、笛を口にくわえた。

 ピー…。

「チッ…ついに負けか」

 エイナが肩を落とす。笛の合図が、ついにブラックダガーの勝利を讃えたのだ!!

 しかし……少女たちは勝利を喜ばない。その場でぐるりと周囲を見回し、何かを探しているような素振りを見せる……ジミルを初めとする模擬戦部隊が何事かと首を傾げていると、

「左側面、クリア!」

「右翼後方問題なし!」

「重傷者なし!」

 ブラックダガーの面々が次々と報告する先は、ミオだ。そして声がなくなったとき、ミオの手が挙がる。はるか後方からソウカが高々と鏑矢を放ち、鳥の音にも似た甲高い音が頭上を通過し、最前線のメアたちの足元に落ちた。

「…私たちの、勝ちだ!」

 ミオの勝利宣言が響き……

「やった…やった!」

「勝ったぁ!!」

 少女たちは喜びを爆発させた。泥だらけで飛び跳ね、抱き合い、涙ぐむ者もいる…。その様子を外側から見ていたエイナは、知らず知らずのうちに拍手していた……。




「いやー、まあ勝ててよかったよね、あの人たち……あだっ!?」

 泥に落ちた木剣やらを拾い集めながらしみじみと言うギャランの頭をエイナは殴った。

「なんで叩くの!?」

「お前、手を抜いて早々に退場しただろ」

「だって泥だらけになるの嫌じゃんー…。まあそれが負けた原因だって言われても仕方ないけどさ」

「……そんなだったら、次も負けるぞ」

「えぇ? 何…エイナ、向こうの熱気にあてられた? 根が真面目だからねぇ」

 カラカラと笑うギャランをもう一度殴る。

「いったいなぁ! いちいち殴んなよ…!」

「そんなんじゃすぐに追い抜かれるぞお前……一見いい勝負してたように見えるけど、実戦だと想定してみろ。あの弓持って立ってるだけの女が射かけてくるんだぞ!? 足を止められた時点で終わりだ」

「そんなの、こっちだって条件は同じじゃん。エイナだって弓持てば―――」

「射ち合いになる前に射抜かれてるだろ、たぶん」

「………」

「飛び抜けて強い戦士が何人かいる。周りが追いつけるかがあの部隊のキモだ。トップの妹シロモリは雲上の強さだけど、そこに向かって一致団結してるのがよくわかる……最後の見ただろ? 限りなく実戦を想定してやってる……場馴れした気になって適当にやってるだけの軍人とは見てるところが違う」

「でもそれって最初だけでしょ。強くなったって手応えを感じたら、それなりで済ますようになってくと思うなぁ。だって実際に戦う機会なんてないじゃん、どう考えても」

「そうかな…。だったら最初から訓練なんてしないし、そもそも部隊を新設しないだろ」

「じゃあ何と戦うのさ?」

「………」

 エイナも答えは出ない。まるでスポーツの大会で優勝したような喜び様を見せた彼女たちが殺し合いをする場面など想像できない……。

「そんなに気になるんだったらさぁ、エイナはあっちに入れてもらったら? 歳頃も同じくらいだし、実力的にはあの中で上の方じゃん。容姿は基準値に達してないかもしれないけど」

「黙れ。まあ……でも行かない。あの弓の女と仲良くなれそうにない」

「なんで?」

「立てたポールに矢を当てて見せた時があっただろう? あれを褒めたら『できないの? 下手くそね』ってさ。性格悪い」

「えー? でもあんな美人が言うとすごくハマって見えるけどなぁ」

「……そういうところ、お前も男だよな」

「無理して男っぽい態度をとってるエイナも、十分女らしいと思うけど」

 もう一度殴る前に、ギャランは逃げた。







 前回のあとがきは予告だったのか、やはり戦闘シーンに苦戦しました。うがー!(笑)


 急にアクセス数が増えてる時間があると「一気読みしてくれてる?」と思うのですが、書いている部数より中途半端に多いと「見直してる? ひょっとして辻褄合わないとこある?」と不安になります。いえ、実際あったりするのですが(ごめんなさい)。書いた直後に見直してもなかなか間違いに気づかないんですよね。で、時間を置いて後から見ると……おやおやァ?と。実は、というか読者の方は気づいていらっしゃるかとも思いますが、名前が変わっている人物がチラホラいて、こっそり修正しています。ホントヤバイと思うんですが、寝ながら書いてしまっているときもあるのでどうかご勘弁ください。今後ももしそういうのがあれば「コイツ誰?」と、ストレートでいいので教えていただけると助かります……。

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