09.
初の模擬戦から十日。第四回となる今日も変わらず苦戦しているものの、ブラックダガーは意気を上げていた。
そんな中、意気消沈する者が一人―――
「……はぁ…」
今日も王女役として馬に跨っているレビィである。
命令とはいえ、「二度と参加しない」と吐き捨てた手前、三日後に出会った時のブラックダガーの顔といったらなかった。こういう時、女だけの集団は死ぬほど面倒くさい。それにあれだけ冷たい評価を浴びせた小さなシロモリは文句も言わずに粛々と進め、なんだか自分ひとりが悪い奴みたいだ………好かれるような振る舞いはしてこなかったが。
隊長は一体どういうおつもりなのか…。もしかして自分をブラックダガーに加えようとしているのか………それなら嫌われてしまっているからもう失敗である。まさか親衛隊からお払い箱にされる予兆だろうか。ブラックダガー設立の余波を受けて減数された親衛隊に自分のような若輩の席があったのがそもそもおかしいのだから、追い出されるのは仕方がない。しかしそれなら軍に戻れればいいのに、どうしてよりにもよってこんな中途半端な部隊の協力をさせられているのだろうか。今、向こう側から攻めて来ている戦士団こそ自分がいるべき場所なのだ。
訓練とはいえ、棒立ちで(馬に跨っているが)じっとしているのはもはや拷問だ。レビィのストレスはピークに達しようとしていた。その捌け口は、相変わらず目の前で何もせずに立ったままのソウカに向けられる。
「いい加減にちゃんと参加したらどうだ。前に私を人形同然と罵ってくれたが、その言葉、そっくりそのまま返すぞ」
喧騒に紛れないはっきりした声で言葉を投げかけるがソウカは振り向きもしない。
「大体、こういった対人訓練で弓は使わないのに手にしているあたり、無能なのを誤魔化しているんじゃないのか? そんな飾りの弓、構えることすらできないんじゃないか?」
「………今、なんて言った!?」
ぐるりと振り返ると同時にソウカはレビィに向けて矢を番える。二人の間は五メートル強、飛びさえすればそうそう外さない距離だ。さすがにレビィも血の気が引いたが、矢が目に入った瞬間にフッと鼻で笑う。ソウカの矢は「一応射ることができるように」通常よりも細く軽い木で、先端は粘土玉を詰めた革袋がついている。一応、飛ばすことはできるだろうが、せいぜい飛距離は十数メートル、おもちゃの弓矢のように山なりに放物線を描くのが関の山だ。
だというのに―――弦を引くソウカは瞬きせず、視線はまったくブレない。眼光は獲物を射るそれだ。
「そ…そんなので一体なにができると―――」
レビィの左手が腰の剣に伸びかけたとき―――ソウカは構えたままぐるりと百八十度反転し、即座に矢を放った。
それはレビィの想像とは全く異なり、投石器で発射された弾丸のような勢いで空を裂き―――
「…うおぉっ!?」
敵の大将役であるジミル中隊長の頭に命中し、兜を飛ばした。
「なぁっ…!?」
レビィは開いた口が塞がらなかった。二百メートル近く飛ばしたことも驚異的だが、命中させたことが何より信じがたい! 剣を打ち合っていたブラックダガーや兵士たちも何が起こったのかと手を止めてしまった。
と、ミオが渋い顔で向かってくる。
「ソウカさん、訓練にならないから模擬戦ではやらないでって言いましたよね」
「さっきから戦闘に参加しろってうるさいのよ、この『女王様』が」
ソウカが指を差し、その先を追うようにミオの目がレビィに向けられる。レビィは息をつまらせた。
「レビィさん、毎回訓練に参加していただいて有難いのですが、場を混乱させるのは困ります」
「………」
今のはそういう話だろうか? やろうとしてできることではないはずだ。それを冗談を飛ばすように軽々と……!
ミオが戻っていき、他のメンバーもこのまま継続するか協議するために集まっていく。が、ソウカは変わらずレビィの前に留まり、冷笑する。
「今度ふざけたことを言ったらその中身のない頭を射抜くわよ。まあ、あなたが音より早く逃げられれば助かるかもしれないわね」
「く……」
この女、本気だ…。さっきの神業といい、一本ネジの外れた性格といい、本当にこの女は何なんだ……!?
アケミはベルマンの依頼を遂行するために第四大隊が現在守備についている北方の砦を目指していたが、その前にある場所に寄ることにした。この地方に居を構えるある貴族……母・ロマリーの実家。つまりアケミにとっては祖父母の家だ。
元から寄り道しようと考えていたわけではない。だが、分かれ道で立ち止まった時、なんとなく足を向ける気になったのだ。母が家を出てからもうかなりの月日が経つ……これ以上時間が過ぎれば帰りにくくなるだろう。自分が行っても上手くいかないであろうことはわかっていたが、うっかりでも気分が乗った時に行っておいた方がいい。
この地方は冷たい北風が吹く。北側には壁のように高い山々が連なり、領土も標高の高い場所にある。比較的国境付近にありながらこの土地が静かなのはこの山が自然の境界線となっているからだ。
この地方の主な産業は牧羊。農作物はあまり実らず、豊穣には恵まれない土地柄だが、エレステルは穀物の自給率が百パーセントを超えているため牛や羊などの餌は安価で手に入る。逆に羊毛や乳製品、食肉は価値が高く、金銭的にはそれで潤っている。しかし商人の少ないこの地方では欲しいものが何でも手に入るわけではなく、儲かろうが儲かるまいが、人々の慎ましやかな暮らしは変わらない……。
アケミはこの土地、この空気が好きだった。静かで、穏やかで、冷えた風が肺に入ればわずかな温もりにも慈しみを覚える。金属を氷のように冷たくしてしまう気候は、武器を握る愚かさを諭されているようにすら思える………そんな叙情的な感傷をもたらす自然を前に自らの小ささを感じるが、だからこそ一個の己を強くも感じ取れる――――十三歳のあの日の心情を今も覚えている。
十歳を過ぎ、いよいよ剣の才能が本物だと認められ始めたころから、母は自分のことを見なくなっていった。自分に向けられていた瞳と愛情は妹に向けられ、そんな母の気を引こうと剣の腕を磨いていったのが間違いだったのだが、シロモリが武家であることは周囲の認めるところであり、むしろなぜ母に無視されるのかわからなかったのだ。
そしてバレーナの腕を折った事故が決定的だった……。父に七十五日の自宅謹慎を命じられ、バレーナを見舞いに行くことも許されずに屋敷から一歩も出られない状況下で、母ははっきりと自分を拒絶し始めた。慰めをもらうどころか冷遇され、涙を流してできたのはやはり剣を振ることだけだった。悪循環ではあったが、無心で剣を振っている間だけは時間を忘れることができたのだ。
この頃から、母の嫌なところが目に付くようになった。極端な貴族主義、平和思想を謳ってのシロモリの否定、生まれや職種による差別……それらは街で出会う見知った人たちを、父の仕事を否定することだった。十三歳のとき、あまりに母の言い様があまりに酷いものだったので、初めて激しく口答えした。結果……母はすぐに泣き崩れ、ケンカにすらならなかったのだが、母のことがさらに理解できなくなった。
こんな心穏やかな土地で生まれ育って、どうしてああなのだろう………十三歳の子供の自分は深く傷つき、虚しく山を見つめながら黄昏ていた。だが――――今はそんな母のことも理解できる。
貴族の地位と誇りに固執するのはグロニアの華美な貴族に憧れがあったから。
平和を口にするのは暴力や争いと無縁な人生だったから。
出自の不明な人やアングラっぽい職業の人を避けるのは、これまで周りに見知った人以外いなかったから。
―――全て、この土地で生まれ育ったからだ。母にとって荒々しい戦士が闊歩するグロニアは怖かったことだろう。人との繋がりを避け、貴族という殻で自分を守り、さりとて都市部の貴族に対しては劣等感を持ち………最終的な安住の地はミオだったのだ。そのミオがブラックダガーの隊長になったことを受け止めるか、否定するか……それが今後の家族のあり方を決めるのかもしれない。
あたしのことはもういいが、ミオは褒めてやって欲しいものだ。家族の中で皮肉に聞こえずミオを褒められるのは、母さましかいないのだから……。
ソウカさんヤンデレ気味というかヤンデレです。ミストリアに指摘されてから隊員に対する接し方が変わったミオですが、ソウカに対しては何かを感じ取っているのか、さん付けです。この後の話である「女王への階」までずっとです(笑)。うっかり絡んでしまったレビィさん、かわいそう…。
そろそろPS4を買おうか悩み中……。新しいモデルがでるわけですが、一番安いものならPS3と五千円くらいしか変わらないんですね。でも買った分ほど遊ぶかというと……そんなことしたらまずこれの更新が止まりますね。ぬぅ……早く書ける手と集中力と頭が欲しい…あ、あとお金も。まずそこかー(苦笑)。




