31.
ロナから連絡があり、ゲイスたちに援助していた人物がわかった。主犯は商人のガルキーマ=ゼラだ。過去に詐欺まがいの商売をしており、ブラックマーケットとも繋がりがある。評判は良くない。一度繁華街に手を出そうとしてグレイズと対立し、ブラックリスト入り。以来、何かとグレイズにちょっかいを出している。グレイズを戦士崩れのチンピラに襲わせたのも一度や二度ではない―――もっとも、ロディに撃退されたのだが。しかしそんな人物がなぜ今まで捕まっていないのかというと……
「…後ろ盾があるからだ」
「そうじゃろうな」
ゴルドロン邸にて、ベルマンとアケミは向かい合って座っていた。今日はリビングではない。ベルマンの私室で、可愛い孫には……可愛い孫を溺愛するベルマンには自粛していただいている。
「後ろにいるのは貴族のモルゾート=ビンク。北西部の地方領主で、最高評議員だったこともある……とはいっても、最高評議員は地方領主の枠があって、それを領主たちが順番に回していると耳にしたが、本当なのか?」
「どこで聞いたんじゃ、そんなデマ……と言いたいが、正解じゃ。誰でもというわけではないが、中央の貴族たちの席に比べれば圧倒的に簡単じゃ」
「アンタも評議院議員だろ。おかしいと思わないのか?」
「思わんのう。地方領主の枠はグロニアに地方の声を届かせるために設置されたものじゃ。グロニアとてエレステル全体で見れば一都市に過ぎぬ……エレステルの国境を守り、エレステルの食料を賄う地方の課題を解決することは急務よ……」
一理ある―――アケミは納得しかけたのだが、
「――と、いうのは建前でな。そういう形をとることで地方領主たちの捌け口としているわけよ。たった二席では議決権もないしのう。それにすでに無条件の席を用意しておる手前、拡大せよとも言えぬ。上手く地方の手綱を引くための策ということよ、ワハハハハ!」
「非道い話だ…」
「そのように申すものでない。あくまでそのような側面もあるということよ。地方の声を汲み取るという意味合いは正当なものじゃ。それに考えてみよ、もし議会が地方出身者一色に染まればバレーナ様はどうなる? グロニアが王都である前提から崩れかねん」
「………まあな」
卓上に用意されたビスケットを摘みながらアケミはベルマンを注意深く観察する。
(コイツ、本当に軍人か?)
最高評議院十三席の一つにベルマンがいるのは第一位の将軍が必ず座る椅子だからだ。しかしベルマンはそこに居るべくしている――――そんな、政治家としての雰囲気を持っているのだ。
「……話を戻すが、さっきのモルゾートをどうするか、そのことで相談に来た」
「どうとはなんじゃ?」
「地方領主が犯罪を犯しているなら最終的には君主が、つまりバレーナが制裁することになる。バレーナに伝えて、正式な手続きを取るべきだ」
「モルゾートと……なんじゃ、ナントカという商人との繋がりを示す、確固たる証拠があるのか?」
「ガルキーマを自白させる。他に証人、状況証拠を積み重ねていけば……」
「それじゃダメじゃ。今回は見逃す」
「は?―――何だと!!!?」
見逃す!? しかもそんなあっさりと!?
「ちょっと待て……ちょっと待て!! どういうことだ……収容所に、軍の機関にスパイを送り込んだ奴に厳罰を与えるように言ったのはバレーナとお前じゃないのか!?」
「ホ、よく知っておるのう」
「だったら何で放置なんだ!? 納得できるか!!」
「そう騒ぐな、昼寝をしておる孫たちが起きてしまうじゃろうが……。有無を言わせぬほどの証拠はないのじゃろう? それではいくらでも言い逃れができるわい。もし捕り損なうとワシらの立場だけではすまんかもしれぬ」
「バレーナも…?」
「そういうことではない。ここまで調べたのはメガネの娘っこじゃろ? あの娘の評判は徐々に広まっておる。目立つ場所にもおるでな」
「……まさか…」
「モルゾートが手段を選ばんのなら、今度は娘っこが狙われるのう。あの娘の周りは安全か? 守れるようになっておるのか? お主の肝入りじゃろう」
「………だから、見逃せと?」
ベルマンは大きな手でビスケットを三枚摘み、まるごと口に入れて紅茶を啜った。アケミは知らないが、ロナが広めている茶葉である。
「お主は一人で動いていることが多いせいか、一点突破でことを済ませようとするきらいがあるのう。しかしな、罪人を捕らえるときは一点の漏れもなく、根こそぎ掬いとり―――……一度に潰さねばならん。今回はそこに至れなかったお主の落ち度よ」
「だけど、それだと……!」
ガルキーマを捕まえてもモルゾートはまた別の手を使ってくるだろう。もしまた胡蝶館が狙われることがあったら……!!
そのことにはベルマンも気づき、アケミの気持ちを汲み取っていた。
「お気に入りの娼婦が心配か。ふむ………ならばこういう手はどうじゃ―――」
ベルマンの策とは、アケミが予想もしていないものだった。
こちら側で繁華街に対する政策を作り、グレイズを繁華街の代表に据える―――国策に関わる重要人物に仕立てることで間接的に国の庇護下に置くのだ。名分だけでもバレーナ主導の政策となれば、グレイズへの攻撃≒バレーナへの攻撃となる――――
「嫌だよ。お断りだね」
「ッ……」
アケミが真っ赤な私室を訪ねて話してみれば、グレイズは煙草をふかしてにべもなく断る。ぶん殴ってやろうかと思った。
「アンタなぁ……また襲われるようなことがあったらどうするんだよ!」
「そんときはそんときさ。ま……少しは警備も考えなきゃならんとは思ってるよ。アンタのとこにでっかい子がいたね。よこしな」
「ふざけんな!! マユラは王女付きの護衛だぞ! やれるか!」
「どうにしろ、その話は受ける気はないよ。要するに国の下につけってことだろう? 現し世を忘れて夢を見せるのが娼館なのに、国や役所の手が入っちゃ窮屈でかなわないよ。出直しておいで」
頑固なグレイズに歯噛みするも、言うことも正論だと今のアケミは理解してしまう。実際に娼館の中に入ってみなければこうはならなかっただろう。それは別に間違ったことではないのだが……さて、どうする?
「今度は何で揉めたのかしらぁ?」
廊下から階段の踊り場へ出たところで甘い声が降ってくる……さっさと通り過ぎようと歩速を上げると、声の主は慌てたようにアケミの服の裾を掴む。
「ちょっと! 無視しないでよ!」
「嫌だ! 周りに誰もいない時にアンタに近づきたくない!」
―――カーチェだ。絶妙のタイミングで現れるあたり、狙ってやってきたとしか思えない。
「そんなに毛嫌いされたらいくらなんでも傷つくわ。あなたと私の仲なのに――」
「そういうのが嫌なんだよ!」
「冗談でしょ。ああ―――冗談で済まなくなりそうで怖いんだ?」
――無視して踵を返すと今度は腕に絡みついてきた。
「待ちなさいよ! まったく、アンタとライラはホントに似たもの同士だわ…。困ってるんでしょ? 二人きりだからこそ話せることもあるんじゃないの?」
「…今度は何を企んでる」
「まだ何も? 聞いてから考える。私に利用価値があるのは実証済みだと思うけど?」
「………」
で、結局カーチェの部屋に引き込まれる……。どうにもカーチェに迫られると弱い……声色? 口調? 迫り方? どこかクーラさんに似てるのだ。そのことを考えるたびに抗い難くなるのは刷り込まれた習性か、あるいは贖罪の意識か…。クーラさんの影を感じると本当に「冗談で済まなくなりそう」で怖い…。
カーチェの部屋は前の時に比べ、いくらか片付いていた。
「綺麗になったでしょう? 覗いてたあの三人にやらせたのよ」
――フラウたちか。
「ひどいな。いくら先輩でもそれはないんじゃないか?」
「あなたのためでもあるのよ? 何もなかったって証明したんだから」
クスリと意味深に笑うのがまた……あーもう…!
「…やっぱりこうして話すのは嫌だ。何もなくてもライラさんに怪しまれる。こんなことでライラさんと気まずくなりたくない」
「はあ? 子供ね……これから先だってライラ以外のいろんな人と二人きりで話すでしょうに。まして、あなたの場合は相手が女でも安心できないんだから、こんなことでイチイチケンカするようならそのうち別れることになるわよ」
「えっ…そう!?」
「そうよ。もっとどっしり構えなさい。それでも揉めるようならさっさと別れるか、ケンカする体力がなくなるまでヤっちゃいなさい。そういうの得意でしょう?」
ぐうのねも出ない……。
「さあ……アドバイスしてあげたんだから、今度はあなたが話す番じゃない?」
「………」
止むなくカーチェに事情を話した。元々カーチェの協力があったからゲイスの向こう側にいる男達にが見えたのだ、無関係とは言えない。
「……なるほど。で、グレイズがごねているわけ……わかった、五日ちょうだい。五日後にここに来て。その時には政策が実行できるように調整しておいてね」
五日あればどうなるというのか? しかし何一つ説明のないまま、ライラさんに会う前に帰された……。
―――そして五日後。
真っ赤な血の池のような部屋で、再びグレイズと相対していた。ただし、今度は隣にカーチェがいる。
カーチェは厚みのある紙の束をグレイズの机に投げ置いた。
「東西南北の繁華街で働く労働者を会員にした青年会を作ったわ。会員数は約一〇〇〇人」
「一〇〇〇人!?」
声を上げたのはアケミだ。しかし五日で一千人とは……!!
「これがその会員リスト……そしてこの青年会は各繁華街の代表に監督役をやってもらうことにした。他は名前をもらったからあとはウチだけ。サインをもらえるかしら?」
しかしグレイズは火を着ける前の煙草を囓ったまま口をへの字に曲げる。
「フン……勝手に作っておいてケツを持ってくれ? 笑わせるね。甘ったれるんじゃないよ」
グレイズはペンを取ろうとしない。するとカーチェが机に身を乗り出して、グレイズに迫る―――
「別にいいわよ……じゃあ私の名前を書くからとっととその席譲んなさいよババア…!」
ギシリ…と、ガラスが擦り合わされる音が聞こえたような気がした。
(オイオイ、そんなこと言って大丈夫なのか…!?)
極度に緊迫した空気が……真剣勝負でもこれほど鳥肌が立ったことがない…!
恐ろしい形相で二人は睨み合い―――…
「……あんたがウチの看板背負うなんざ百年早いよ、小娘が」
乱雑にペンが走る。折れたのはグレイズだった。カーチェはニヤリと笑い、グレイズの咥える煙草にマッチで火を着ける。
「さすが女将。器が大きいわ」
「図に乗るんじゃないよ……アンタらが仕切る分の責任なんて取らないからね! 勝手にやりな!」
「ハイハイ、もちろんそうさせてもらうわよ」
会員リストを取り、さっさと部屋を出て行くカーチェをアケミは追う。部屋のドアを閉める前にグレイズをチラリと見たが、いつもと変わらない……いつも通りの不機嫌そうな顔だった。
先を歩いていたカーチェが手招きし、裏庭に出る―――。
「ほら、これでいい? 名前だけでもこれだけあれば国も無視できないでしょ」
「驚いた…! よくもこんなことができたな!」
「元々こういう話はあったのよ。だけどグレイズみたいな色街の古株たちは互いのやり方に文句をつけない、不可侵を信条にしてるから上手くできなかったのよ。今回のがきっかけで風通しがよくなったし、ガルキーマみたいな奴らを堂々と突っぱねられるし、一石二鳥ね。青年会の規模が大きくなりすぎたのはあるけど」
「具体的には何かするのか? これだけの人数だと何でもできそうだが」
「この中に書いてあるけど、具体的な案は定期的な祭りの開催ね。繁華街持ち回りで主催するのよ。国には協賛してもらって、祭りの警備の協力、場合によっては用地の貸出をお願いする……ここのところは今後の話し合い次第かしらね」
「おお…! なんか……なんかすごいな! 胡蝶館を守ることしか考えてなかったのに、こんな大きなことになるなんて思ってもみなかった!!」
「見直した?」
「見直した!」
「じゃあ―――」
カーチェが渡そうとした会員リストを引っ込める。アケミは高揚した顔のまま固まった。
「今後は私のことをカーチェ姐さんって呼びなさい」
「………なんで」
「気になっていたのよね……胡蝶館でトップの娼婦である私が呼び捨てで、雑用のライラがさん付けなんておかしくない? そもそもあなたより年上なのよ? 然るべき敬意というものがあるんじゃないかしら?」
「それは………そうだけど……」
そうだけど嫌なのだ。またクーラさんに近くなるから…
「ほら、呼んでみなさい。『カーチェ姐さん』」
「………」
「『カーチェ姐さん』」
「………」
「……強情ねぇ。少し解さないとダメかしら」
と、カーチェに襟首を掴まれてぐいと引き寄せられる。吐息を感じるほどに顔が近づいて……!
「ちょっ、ここ、外…!」
しかしカーチェの親指が唇を押さえつけて文句は封殺された。そして囁くように、
「『カ・ア・チェ・ね・え・さ・ん』」
「………カーチェ…姐さん…」
「よく出来ました」
カーチェは目を細めながら唇に当てていた親指にキスをする。それを見た途端、カッと燃え上がるように顔が熱くなった。
「だから嫌なんだよそういうのが! 絶対に呼ばないからな!」
「いいわよ? 二人の時だけで」
意地悪く笑うカーチェからリストを奪い、逃げるように胡蝶館を出た。
またライラさんに会えなかった……。
更新です。もうすぐ第二部大詰めでしょうか。なのにメインキャラであるライラさん出てきません(笑)。
ポケモンGO、いつ配信? 興味ありませんが…。でもアメリカの映像すごいですね。もし現実にポケモンがいたとして、あんなふうに追い立てられたらあっというまに絶滅しそうですね(笑)




