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アルタナ外伝  ―朱に染まる―  作者: 夢見無終(ムッシュ)
剣を鍛えるは、炎
64/124

30.

 ロナと落ち合う。場所はアケミの自宅、シロモリ邸―――。よくよく考えれば、ここが一番気楽でいい。ミオが学校でガンジョウが道場で稽古となれば、家の中には誰もいない。

「しかし毎回すまないな、本当に」

「いえ、バレーナ様の公務引き継ぎ作業もほぼ終わりましたし、一段落着いたところです。今のバレーナ様ならいつ戴冠式を迎えられても問題ないかと。ただ、議会で未だに王位に関する具体的な話がないのが気掛かりです。そもそもヴァルメア様がお亡くなりになる前に王権移譲の手筈を整えていたはずなのに」

「それは懸念していたことだが……バレーナが一人で女王になるのは難しいかもな。単独で女王になってしまえば、後から王を迎えたその先もバレーナ主導で物事が決まる可能性が高い。バレーナは明眸皓歯、博覧強記……で、性格は秋霜烈日だろう? 釣り合う男を用意するのも難しい。自分に近い奴を王に仕立てたい野心家共は頭を悩ませているんだろうさ」

「それが理由で水面下でバレーナ様が女王になるのを妨害している…?」

「どうだろうな。だがそう考えている奴らと顔を合わせているのはむしろロナの方だろう。ロナがそう感じないのであればまだ明確な形になっていないんじゃないか。おそらく王と女王が揃って戴冠式を迎えるのが理想的だというのが全体の考え方、暗黙の了解なんだろう」

「野望を覗かせてくるのは具体的に候補者が出てきてから、ということですか」

「と、思う…。だが……」

「? 何か気になることでも…?」

「…いや」

 そういう状況になったとき、バレーナはアルタナディアへの想いを断ち切れるのだろうか。いや……そもそも今のバレーナは彼女のことをどう思っているのだろうか? 公務でもヴァルメア様の葬儀以後は会っていないはずだ。あの時、確かにバレーナとアルタナはキスをしたはず……それが寂しさからなのか慰めだったのかわからないが……あの時は間違いなく相互に想い合っていたはずだ。二人のあの表情は今でも忘れられない……。

「アケミ様…?」

「……今考えても仕方ないな、まずは目前の事だ。手紙で伝えていたように、グレイズを狙っている可能性がある者たちのリストが手に入った。あくまでグレイズ主観で作成したものだが、調べる価値はある」

 リストを渡すと、受け取ったロナは眉を顰めた。紙の束はシワシワ、ヨレヨレだったからだ。これはカーチェと「あの事」があった時、密着する肌の隙間で汗を吸ってもみくちゃになった結果である。つまり、無意識とはいえ、いかに身を委ねてしまったかを示す証拠であるわけで………

「……それは燃やしてくれ…」

「は?」

「あ、いやっ……一応、グレイズ本人の承諾を得ないでもらったものなんだ。だから最終的に処分を……そうだな、適当に形式を換えて書き直して、オリジナルは処分してくれ。あ、それだと忙しいロナに面倒をかけるか……誰か口が固い人間一人までなら手伝わせていい」

「はぁ……わかりました、そういうことでしたらハイラ様にお手伝いしていただきます」

「ああ、そうだな、それがいい…」

 アケミは紅茶のカップに口を付ける。今、変に思われなかっただろうか? 絶対思われたよな……。

 ロナはちらりとアケミの様子を伺ったが、それよりもリストに興味をそそられたようですぐに手元に目線を落とした。

「いつ、誰に、具体的にどんなことをされたか事細かに書いてありますね……見方によっては報復リストにも見えますが。しかし貴族ではなく、商人や傭兵の暴力団が主ですね…」

「だが、辿っていけば貴族に行き着くかもしれない」

「もしアケミ様の推測通り地方領主がゲイスたち襲撃犯の黒幕なら、グロニアで資金や物資を提供する仲介役が必要です。このリストの人物がその仲介役なら辻褄が合います。わかりました、物資と金の流れを追ってみることにします」

「頼む…ロナがいてくれて本当に助かる。当たりを引いて証拠が出揃ったら、軍警察に情報を渡してやれ」

「…私たちの手で解決した方がシロモリ隊の実力を示せると思いますが」

「シロモリ隊に警察権はない。それに今後連携することを考えると仲良くやっておいた方がいい。まあ……あたしが悪いんだが」

「?」

 先日アケミが軍警察と少し揉めたことはロナの耳に入っていないらしい。

「ともかく、シロモリ隊のメンバーが決定したら本格的にあらゆる訓練を始めることになる。その中で対集団戦の模擬戦も行いたい。それには相手がいるだろう? 軍から人員を貸してもらえればそれに越したことはない。目先の実績より確かな実力だ。バレーナが女王になるとき、足元を掬われないようにするためにもな」

「そういうことでしたら、ご指示の通りに進めます。やはりアケミ様は視点が違いますね。私は商人として様々な人の見方や考え方を学んできたつもりでしたが……」

「ただの受け売りだ、クーラさんの……」

「あ…」

 ロナが口を閉ざしかけるが、大丈夫だと微笑んで見せる―――。

「もう前ほどに落ち込んではいない。過ぎたことだ……だが、ミリムもクーラさんも失ったのはやはり大きいな…。あたしはもう、あんな後悔はしたくない……だから親衛隊を作るんだ。力を貸してほしい」

「心得ています。私もマユラさんも同じ気持ちです」

「そうだな…」

 アケミは立てかけてある長刀に目を向ける……。

 いつの間にか、二人のことを思い出しても涙を流さなくなった。だが、平気になったわけではない……同じことが起これば、また傷は開く。さらに広く、さらに深く…。だが、それでももう剣を捨てることはできないのだろう……。







 第一大隊駐屯地は最低限の守兵を残してほぼ空である。第一大隊は国境警備に出動していて、残っているのは大隊長・ベルマン=ゴルドロンのみ…。体調不良を言い訳に実は軍の再編成の準備をしているようで孫と遊びまくっているようにしか見えないベルマンだが、正直アケミにとってはどうでもいい……現状ではベルマンの繋がりを使えるだけ使わせてもらう。

 ――というわけで、この空いた駐屯地の養成所でシロモリ隊候補生たちの訓練、及びテストをさせてもらっている。

 人がいなければこれだけ広いのかと関心してしまう演習場では少女たちがランニングしていた。バラバラに走っているように見え、ペースもまばら。おそらくもうかなりの距離を走っており、差が開いているようだ。周回遅れもあるだろうがトップは……スピードからしてイザベラか。特別速いわけではないが、ペースを乱さず走っているようだ。その少し後ろをハイラが走る。追うというより付いていっている感じだろうか、元々親友だった二人の間柄が見て取れる。その後ろをアレイン―――想像していたより体力があるし、体幹もしっかりしている。乗馬はただ乗るだけならそれほどでもないが、馬を疾走させるときは前傾姿勢、中腰状態になる。揺れる鐙の上で馬から振り落とされないようにするためにはかなりのバランス感覚と全身の筋力が必要になってくる。アレインはライドル一門で基礎体力や筋力をつけていたのだ。

 そして三人の後ろ、かなり距離を置いてミストリア……ゼーゼー息を切らしているのを見てやっぱりか、とアケミは苦笑する。瞬発力とパワーは抜群のミストリアだが、本人がそれに頼りすぎていて体力のペース配分がまるでわかっていない。それは以前勝負したときにわかっていたことだったが、相変わらずか。

 他のメンバーもバラツキはあるが、まあこんなものだろう。止まったり歩いたりせず、一応は前を見て走ろうという意思があるだけ見込みはある。

「あ、アケミ隊長…」

 マユラがアケミに気付いて頭を下げる。マユラは監督役だ。

「どうだ? モノになりそうか?」

「一般的な戦士のレベルには程遠い……一番いいのはイザベラとハイラ。イザベラは剣の筋もいいけれど、ストイックで妥協しないから精神的に強い…。ハイラは周りをよく見ていてフォローも上手い……一歩引いた性格だけど、イザベラにもついて行ってるし、頼りになりそう…。他に見込みがありそうなのはアレイン、飲み込みが早い…」

「ふむ。ミストリアは?」

「剣を握ると強いけど、あまり周りが見えてない…」

「剣士としてはいいが、軍人としては難有りか」

「あと、皆からちょっと浮いてる…」

「あの性格だからなぁ。周りの候補者も比較的貴族のお嬢様育ちが多いし」

 …と、そのミストリアがアケミの姿に気付いてまっすぐ向かってきた。バカだな、それがマイナス点だというのに……。

「はーっ、はーっ…てめっ、シロモリっ……エホッ、ケホッ…てめぇっ……オレを送り込んどいて、テメェは面見せねぇって、どういうことだ…! オレはお前と勝負するために来たんだぞ…!」

「違うだろ、まともに相手になれるだけの力をつけるためにここに来たんだろ。そんなヘロヘロで生意気言うな」

「んだとテメェ…!!」

 目を血走らせるミストリアだが、その前にマユラがずいっと立ち塞がる。

「ミスト、まだ途中……コースに戻って…」

「あぁ!? んなのよりコイツと―――」

「ダッシュ…」

「……くそっ!!」

 ミストリアは全速力で戻っていく……またペースを無視している…。

 マユラは普段大人しいが、こういう時は迫力ある……性格上、監督役は少し不安だったが、心配する必要はなかったか。

「…そういえばロナはどうだ? 今日は参加していないが」

「前に体力強化訓練に参加したとき、筋肉痛で二日間動けなくなったから別メニュー…」

「何!? そうだったのか。それは……あたしの前でよく恨み節をこぼさなかったな…」

 アケミは感心すると同時に少し反省した。バレーナの補佐に事件の捜査までさせているのだ、訓練参加は少々やりすぎだったか…。

 ランニングが終わったあとも木剣を使っての乱取りを見る。バレーナの警護も任務だと事前に話しているから全くの初心者もいないようだ。しかし剣の形は様になっていても、怪我を恐れてなかなかまともに打ち合えない。実際、勝負の中で寸止めができるのは一定以上の実力を持っていないと難しい。そういう意味でイザベラとハイラは抜きん出ているが二人はこれまで何度も対戦しているようで、技が噛み合い過ぎている。これでは訓練にならないが、他の人間では実力差がありすぎてこれもアウト…。

 そしてもう一つ問題が。ミストリアの相手がいない。全力でぶつかるからみんな嫌がっているのだろう、容易に想像できてアケミは笑ってしまった。

「仕方のない奴だな。ミストリア、相手をしてやるぞ」

 苛立ちが爆発しそうになっていた顔が一変、目が爛々と輝き、鼻息荒く、専用の長槍型木剣を担いでやってくる。アケミは適当な木剣を手に取ると、くるくると回して軽く構えた。

「いいぞ、かかってこい」

「ようやく借りを返せるな……もちろん、ボコボコにされても文句は言わねぇよなぁ…!」

「どっからくるんだその自信は……とりあえず見てやるからさっさとこい」

「うおおおあああぁ―――!!!」

 木剣を頭上で回し、おおきく振りかぶって渾身の力で叩きつける! ほとんどの親衛隊候補生たちは萎縮して固まってしまい、木剣ごと弾き飛ばされて痛い目を見るのだが――――当然アケミは違う。振り下ろされた剣筋に木剣を斬り上げて合わせる。ほんの少しだけ角度を変えて刀身を擦り上げるように振り切ると、削り出しの甘いミストリアの木剣の角が少し丸くなる。

「なるほど……こんな感じか」

 今のはロディの真似だ。やってみるとなかなか面白い。ミストリアは何をされたのか理解できず、とにかくガムシャラに振り回してくる。しかしどの攻撃もアケミを捉えることはできない……。

「相手の剣ばかり目で追うな、間合いは感覚で掴め! 視界はもっと広く、全体を見ろ。注意するのは相手の目線、重心の位置、足の運びだ。よく観察していれば相手の次の出方が読める……だからといって釣られるな! 博打で剣を振るな、一発逆転なんてのはただの偶然だ、もっと正確に、コンパクトに―――誰が振りを小さくしろと言った! 無駄な動きをするなって言ってんだよ! 相手の動きに呑まれるな、相手が速かろうが上手かろうが自分のペースを乱すな! 戦い方を変える時ははっきり目的を持て! ほら、動きが鈍ってきてるぞ……お前は器用じゃないんだから、まずは確実に素早く打ち込め! ってまた力入れすぎだ、無駄に大振りするなって何度行ったらわかる――!!」

 この間、アケミにひたすら叱咤されながら小突かれ、叩かれること二十六発―――。誰の目にも手加減されていたのはわかったが、それでもミストリアの手足は赤くなっていく。

「くそぉ……テメェシロモリ、真面目にやりやがれ!!」

「…真面目?」

 槍を紙一重で見切りながら踏み込み、アケミはミストリアの首を横薙ぎで「斬る」―――殺気の込められた一閃は喉元を掠めるだけでミストリアの身体を強ばらせ、意識を切り裂いた。

「あ、あ…!?」

「真面目にやるのはお前だ、ミスト……この数分で何度死ねば気が済む? いい加減に理解しろ、お前はまだ弱い。ちゃんと学べ。必死で考えろ、何が足りないのか。お前には見込みがある、だからスカウトした。化けて見せろ……悔しいのなら」

「………くっ、…!」

 ミストリアは立ち尽くし、俯いて涙を……いや、

「…どうしたら、強くなれる…!」

 歯を食いしばって顔を上げた。まるでケンカに負けたガキ大将のようだが、これこそアケミが買っているところだ。この女だけの部隊で、男と正面からぶつかれるだけの負けん気は貴重だ。だからこそ、ミストリアにはこの親衛隊の中で最も尖った強さを身につけて欲しい―――。

「一日で大成するわけないだろ………と言いたいが、強さを得るための近道が一つある。強い奴の真似をすることだ。もちろんあたしみたいな天才じゃない限り、全ての技を自分のものにできるわけじゃない。肝心なのは強さの秘密を知ることだ。その技はどうやってできるのか、いつ、何のために使うのか。理解と経験が戦いに幅を生む。これから先、お前はありとあらゆる槍使いの技を盗め。そして自分にできるもの、必要なものを取捨選択しろ。そのために……まずは相手をしてもらえるように、基礎となる力を身につけろ。それができたら武者修行に送り出してやる」

「………わかった…」

「フッ……ようやく素直になったな。言っておくが、あたしはこの国の現役戦士の中でトップテンに入る実力だぞ? そしてお前たちが護るべき王女は剣の技ならあたしと実力伯仲……」

「は…!?」

「冗談に聞こえるだろう? 残念ながら、この中でバレーナの相手がまともにできるのはマユラだけだ。そしてそれがどういうものか教えてやる――――マユラ、相手をしてくれ」

 マユラは少し驚いたが、すぐにそわそわし始める。

「えっと……今から…?」

「ああ、だめか?」

「準備する…」

 訓練をしていた候補生たちもアケミとまゆらが対戦するらしいと知って手を止める。いつしか二人を囲んで候補生たちが集まってきた。

 マユラは木剣と盾を運んできて準備運動を、そしてアケミも何やらバッグを持ってくる。

「すまないな。いろいろ頼んでいたから、最近なかなか満足に剣が振れなかっただろう?」

「まあ…それはそれで…」

「とはいえ、今日もあたしの都合に付き合わせてしまうがな。少し試してみたいことがあってな」

 アケミは持ち込んできたバッグから木剣を―――いや、シロモリの象徴である刀を模した反りのあるそれは木刀だ。それも右手、左手に一本ずつの二刀流……!

「長刀斬鬼の名もそこそこ広まってきたみたいだが、この間普通の長さの剣を持ったら気づかれなくてちょっとショックだったんだ。だから自力を証明できるようにやってみようと思ってな」

「…へえ…」

 ギャラリーは向かい合う二人を期待と羨望の眼差しで見ている。男と並んでも見劣りしないくらい背の高いマユラと異名を持つほどの名門剣士であるアケミは、少女たちの憧れの的である。しかしそんな中、イザベラは不安に感じていた。

「大丈夫かしら……大人しいマユラさんの目が輝いているように見えますけれど…」

「…たぶん、隊長は考えあってのことじゃないかな」

「?」

 何を?とハイラに聞く前に勝負が始まった。

 合図はなかった。予備動作なくマユラを襲う右の木刀は今日の訓練場で初めて見せる超スピードだった。しかし乾いた炸裂音の直後、弾かれていたのはアケミの木刀だった。突き出されたマユラの盾は剣閃に合わせるようにまっすぐ伸びたゆえに、後出しながらスピードに乗り切る前の木刀を弾き飛ばすことができたのだ。そして返す刀でマユラの木剣がアケミに迫るが、アケミは左の木刀で受け止めて押さえ込む……!

「くっ…おやおやぁ? これはちょっと油断しすぎてたかな…?」

「そっちこそ……利き腕じゃないほうで止められるとは思わなかった…」

 二人は揃って唇を歪めると、そこからは怒涛の斬り合いだった。

 一撃一撃が重く、速く、途切れることがない。

 派手な音が広い演習場に響く度に、ぶつかり合う武器が砕けるんじゃないかと思うほど強烈。

 ―――そこに、一切の手加減はない。真剣ではないが、当たれば大怪我……いや、当たり所が悪ければ間違いなく死ぬだろう、そういう戦いをしている。優雅ではなく、野蛮でもないが………一般の戦士よりも格上の二人の剣技は、素人に毛が生えた程度の候補生たちには別次元の光景だ。それでもまだ余力を残しているのは表情を見れば誰の目にも明らかだった。

 ミストリアは二人の剣が乱舞するのをただじっと、瞬きせずに見つめていた―――……。




 

 その後、候補生の半分近くが辞退した。マユラとアケミの立ち合いを見て恐れをなしたのだ。

「ハイラが言っていた隊長のお考えとは、篩にかけることだったのね」

「ん…そこまで考えてなかったんだけど」

「何ですの…。ですが模擬戦をやったのは正解だったのかもしれませんわね。私たちに真に必要なのは剣技そのものよりも剣を持つ覚悟、バレーナ様の盾となる覚悟。我が身可愛さに傷つくことを恐れる者に隊が務まるはずもありませんわ」

 こうして、シロモリ隊のメンバー選定は終了したのだった―――。











 深夜ですが更新します…。


 ようやく久方ぶりの連休です。もう夏バテ気味なのか、この二週間辛かったであります。とりあえず今日はお休むます……。

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