24.
アケミが軍警察本部に出向くと、本部長と、この間取り調べをした取調官が並んで待っていた。取調官は不満顔だが、こっちに請求書が回ってきたということで水に流さざるをえなくなったようだ。正直つまらない出費だったが、今だけは気分がいい。
軍警察は軍のトップであるベルマンの直属という扱いになるが、同じ軍属でありながら五大隊の国境警備組とは完全に別だ。主に国の内事に関わる警察組織であり、その活動範囲はほとんどがグロニアだ。戦闘力よりも事務能力が求められるため、比較的剣技の不得手なも者でも就くことのできる職業である。それゆえに戦士の中で落ちこぼれと評価されがちで、軍警察に務める軍人たちもコンプレックスを持っていて、アケミのような腕自慢代表みたいな戦士は気に食わないのである。もっとも、アケミは軍属ではないのでとばっちりなのだが……。
一方、本部長はそうでもない。前線から退いた元中隊長で、自身の扱いに満足しているようだ。表情は柔和で、比較的協力的に見える。そしてその二人の脇に―――ロナがいる。それが一番不可解だった。
「どうした? なぜロナがここにいる?」
「バレーナ様のご命令で捜査に協力することになりました。主にゲイスたちの武器や馬車などの入手経路、その裏付けと情報提供です」
「ふうん…?」
そんなことでわざわざバレーナがロナを寄越す? いまいち合点がいかないが…。
四人で集まった捜査会議でゲイスたちの自白の裏付け、及び速やかなる動機の解明が命題となった。アケミはゲイスたちが徒党を組んだ経緯について捜査することになったのだが―――
「おいおい……こんなのあたしの仕事じゃないぞ」
ロナと一緒に軍警察を出たアケミは頭を抱えた。
「大体、事件が起こったのはもう一ヶ月も前だぞ。まだ裏付け捜査ってどんだけ時間かかってるんだよ。軍警察はそんなに人手が足りないのか!?」
まだ聞こえるかも、とわざと大きめの声で文句を言うが、
「……アケミ隊長、少しお時間よろしいですか」
角を曲がって軍警察の建物が見えなくなったところでロナが袖を引いてきた。
連れてこられたのはバーグ商会の系列のレストランだった。その店の奥の個室に案内され、やや広い部屋に二人きりになる。
丸いテーブルで右隣に座ったロナは、紅茶が運ばれてきたタイミングでアケミに尋ねる。
「何か召し上がりますか? 私が持ちますので」
「いや、いい……それよりも何かあるのか、今回のこと」
アケミの問いにロナは「はい」と答える。そして給仕が去った後、小声で話し始めた。
「先日の一件、少し気になったので私の方で調べてみたのですが、ゲイスたちの背後にはどうも大物が絡んでいるようです」
「大物? 誰だ?」
「まだわかりません。ただ、辿っていくと、金だけでなく権力を感じる部分が出てくるんです」
「というと?」
「たとえばゲイスたちが装備を整えた資金ですが、自供によれば娑婆に隠しておいた金ということですが、どうにも解せないのです。逮捕されたゲイスたちの持ち金はほとんどゼロ。しかも前日までの行動を追っていくと、ほとんど店で飲み明かしています。つまり資金提供者がいて、こまめにゲイスたちに渡していたと思われます。ゲイスたちは同じ監獄に収監されていた繋がりで集まったと自供していますが、ゲイスが出所してから事件の日までおよそ三週間……。ゲイスたちが出所したのが同時期と言っても出所日はバラバラ、最後のメンバーが出たのは事件から三日前です。あらかじめ監獄内で示し合わせていなければ合流は難しいのでは? だとすると、出所前にすでに資金提供者と接触していた可能性もあります」
「ゲイスたちは獄中で知り合ったと自白してるんだろ? だったらすでに軍警察が調べてるんじゃないか?」
「そうなんです。ところがゲイスたちの看守だった人物は絶妙のタイミングで退職していて、その後の足取りが掴めなくなっています。軍警察は自供に特に疑い無しとして、監獄内での裏付けは終了としています」
「……現時点では推測としか言えないな。その看守は限りなく怪しいが……」
「金の出処も不審ではあるものの、それを裏付ける証拠は出てきません。結局、自供した内容そのままとなっているのです」
「動機にしては行動が大掛かりすぎるのもおかしいしな…」
頷きながらロナは紅茶を一口啜り、続ける。
「…実はこの捜査、バレーナ様からゴルドロン将軍を通じて再捜査の指令を出しているんです」
「何!? だからロナが出張ってきたのか!」
「アケミ隊長に協力を仰ぐよう指示なされたのもバレーナ様です。そしてバレーナ様、及びゴルドロン将軍の密命をお伝えするのが私の役目です」
二人しかいない広い空間で、さらにロナはアケミの方に身を乗り出してくる。さすがに気にしすぎじゃないかと思いつつ、アケミは耳を寄せた。
「監獄は軍警察、つまり軍の管轄です。軍に干渉してくる者がいるのならあぶりだせ、と。」
「なるほど……。しかしバレーナが言うのはわかるが、これはベルマンの仕事だろう」
「将軍は、その……現在療養中のために動けないと……」
「ああ、そうだったな…」
アケミは小さく舌打ちする。
人を上手く使っておいて、自分の仮病が裏目に出たことの尻拭いじゃないか。あのジジイ、いつか殴る。
「それで、あたしはどうすればいい? 割り振られた担当は監獄内での調査だが」
「軍警察内部にまだスパイがいるかもしれませんので、適当にこなしてください。それよりもアケミ隊長にしかできないことをやっていただきたいのです」
「あたしにしか…?」
「射かけられた場所がわからないなら的の位置から逆算すればよいと、マユラさんから聞きました」
「……?」
何を言っているのかわからないが……ロナは自分と縁のない武術の知識を得意げに披露していた。
――最近、罪人を処刑した日は胡蝶館に通いがちだ。クーラさんの事件の直後ほどではないが、人を斬る事に慣れても人を殺す事には慣れない。それは人生に喜びと重みを感じ始めたからかもしれない。相手が悪であれば容赦はしないが、命を絶つことそのものはやはり別である。それに……自分は殺しが得意すぎる。花を摘むように殺せてしまうのは、やはり何か違う……。そうした精神のズレを埋めるために人肌を求めているのかもしれない。触れ合う感触と体温が、自分を真っ当な「人」へと戻してくれるのだ―――……みたいなことを、オブラートに包みはしたものの、割と真剣に言ったら、「そうやって部屋に上がり込む口実をつくるの? ホントにガキ…」とライラさんに一蹴された。ああ、だからライラさんは好きだ。今晩も行こう。
ライラさんは現実を忘れさせてくれるのではない。大切な日常に戻してくれる。ケンカするのも楽しい……本人が知ったらマジギレされそうなので絶対に言わないが。
…そんなことをぼうっと考えながら、時間を潰していた。
ここはゲイスが投獄されていた収容所である。アケミは早朝の死刑執行を済ませ、そのまま事情聴取をしようと思ったのだが、さすがに囚人をたたき起こすわけにもいかず、かといって家に戻るのも面倒だったので、一室借りて待たせてもらうことにした。通された部屋は官職専用の応接室といった雰囲気だったが、ベルマンの署名入りの指令書が効いた。こういう時権力は便利だが、羨んだりはしない。権力を持つ者がどれほど忙殺されるかはバレーナを見て知っている。
パンを用意していたのでコーヒーだけもらい、暇つぶしの話し相手にミーシャにも勧めたが「お前、よく食えるな…」と相変わらずで、さっさと逃げられてしまった。
そうして朝食を済ませ、ウトウトしながらライラのことを想ったりして………時刻は午前十時。五時間も待たされてしまった。
ようやく所員が呼びにやってきて、欠伸を噛み殺して返事する。帯刀はご遠慮願いますと釘を刺されたが、それはそうだ。
ちなみに今持っているのは代刀だ。いつもの長刀より短い―――標準サイズの刀。刀身はおよそ七十センチ。ミーシャがやっとこさ完成させたらしい……切れ味にいささか不安が残るが、見た感じは悪くない。親方が打った長刀と違って波紋が乱れているのは鋼の重ね打ちが甘かったからだろうが、まあそこはご愛嬌。これでも机は叩き斬れるだろう。
ゲイスと同じ房にいたという五人の囚人たちは人相も悪かったが、それ以上に機嫌が悪かった。悪態を付けば懲罰の対象になりかねないことをわかっているから口には出さないが、一様に面倒そうな顔付きではあった。
「どうして何度も答えなきゃならないんスか。もう全部話しましたぜ」
繰り返し盗みを働いて懲役十三年という三十代の男はだらりと背もたれに寄りかかって唸った。
「そう言うな。あたしも面倒なんだがな、お偉方は美人が行けば心を開くんじゃないかと期待してるのさ」
「ククク、面白いこと言うねぇ姐さん。確かに姐さんは極上の美女だが……軍人じゃないだろ。どうしてアンタみたいなのが取り調べをする?」
「だから面倒だって言ってるだろ。正直、あたし自身も今言った理由くらいしか思いつかん。全部話したって言うんならそうだろう。じゃあ、あたしには話してないことを話してくれ」
「あん?」
「近々、知っている奴がここに入るかもしれん。監獄の中がどういうものか知りたい。ま、時間つぶしの雑談だ。一応、仕事したように見せないとうるさいからな。金も寄越さないくせに」
「タダ働き!?」
「いや。払わされた」
「はははは、なんだそれオモシレぇ!」
掴みは上々。「知っている奴」とはつまりゲイスのことだが―――。
そして五人の囚人たちと雑談し、いろんな裏事情や不正に繋がることも聞いたのだが、肝心のゲイスのいた房の看守については何もわからなかった。
調子がいいのかそうでもないのか、とにかく更新です。書けるときガンガン書いておかないと。
あ、でも今週はスパロボが…。水谷さんのエクセ姉さんが聞けるのも最後かもしれませんねぇ…。




