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アルタナ外伝  ―朱に染まる―  作者: 夢見無終(ムッシュ)
剣を鍛えるは、炎
55/124

21.

 チューバ砦は、現在このグロニア北西部を守護する第三大隊管轄のエリアの中で、中規模な砦である。

 エリアによるが、総勢一千名の大隊も砦ごとに分配すれば、要所を守る本隊が三百~五百名、中小がそれぞれ数十~二百名程度に振り分けられる。当然ながら二十四時間体制で警戒に当たるため、基本は三交代制―――つまり、平時は配備された人員の三分の一ずつしか守備に当たらない。最小規模の砦では哨戒任務に二名ずつ二組、砦の防衛十名というケースもあり、ニガードはこの兵力の脆弱なポイントを狙ったのだ。もちろんこのような砦は実質的に見張り台程度でしかないと軍上層部も認識しており、最悪の場合は敵襲の知らせを狼煙によって行った後、中隊長の判断で撤退することを許可されている。ただし戦士の国と自負するエレステルでは敵前逃亡をよしとしないため、撤退命令が出されたケースはない。また、そのような事態に陥ったときは大々的な戦闘―――そして戦争へと発展しかねない時だ。周辺の砦、大隊の本隊はもちろん、グロニアで待機中の残り二つの大隊が出張ることになる。一つ一つの砦が小さくとも、抜け道がないからこそグロニアまでの守りは強固なのだ。

 さて、話を戻し―――チューバ砦では、百二十五名の兵士が配備されていたが、現在八名が任務に就けない状況に陥っている。これは大きな損失だ。原因は訓練中の怪我であるのだが、この怪我は全て、一人の兵によるものだった。

「おおお、お、オ―――ラアアァァ!!」

 身の丈を越える長槍型の木剣を頭上で大きく振り回し、その遠心力に気合が乗って、相手の防御を粉砕する。さらに力任せに武器を叩き落とすと、おおきく振りかぶって大上段から一撃! 相手はなんとか身を捩って頭への直撃は避けたものの、打たれた上腕は骨折したかもしれない。痛みに悶えて座り込んでしまった。

「ちっ…なんだよ情けねぇなぁ! ずっと見張りで怠けてんじゃねぇのアンタら! 本気が見えねぇよ本気が!!」

 木剣を振り回して喚き散らすのは女だ―――しかも、かなり若い。それなりに整った顔立ちなのに気性の粗さがにじみ出て、いろいろ台無しな感じだ。

 と、突然手を叩く音が聞こえる。賞賛の拍手ではない。「止め」の合図だ。

「なるほど……一目置かれる女だな。良くも悪くも」

 どこか挑戦的な笑みを浮かべるのもまた女――――。

「誰だお前…」

「アケミという。アケミ=シロモリだ」

 シロモリ―――その名を聞いて訓練中の兵士たちは現れた女剣士に注目する。第三大隊はアケミがシロモリ当主を継承してからまだ一度もグロニアに帰還していないが、

「アイツが…」

「例の事件の…」

 既に噂は広まっているようだ。

 目の前の女はニヤリと口元を歪め、木剣を肩に担ぐ。

「へぇ、アンタが長刀斬鬼か。思ったより柔そうな女だな……とても鬼には見えねぇよ」

「そうか? お前は暴れ牛と呼ばれるのがピッタリだな。尻がデカい」

「なっ…!? テメェ…!」

 女は顔を赤くして、木剣を持っていない左手で隠すように尻を押さえる。意外なその可愛い仕草にアケミは思わず噴き出してしまった。

「ふざけやがってっ……おい長刀斬鬼! 勝負しろ! 噂を聞いた時からずっと戦ってみたいと思ってたんだ。アンタからはオレと同じ匂いがするからな…!」

「同じ匂い…? 面白いことを言う奴だな。いいだろう、お前の程度を測るには手っ取り早い」

 アケミは担いでいた荷物を下ろす―――

「アンタの得物はその長い剣か? 木剣じゃそんな形のないだろ。なんだったら真剣でやってやってもいいぞ。武器を負けの言い訳にされても……っておい?」

 ―――荷物を下ろし、愛刀もその場に置いた。そして指抜きのグローブを着けて軽く準備運動をすると、拳を握って構えた。

「よし、いいぞ。かかってこい」

「なんのつもりだ……ハンデのつもりか!?」

「武器を負けの言い訳にされても面倒だしな」

「…………!」

 女は木剣を投げ捨て、アケミと同じように拳を握る。

「上等だ……顔面ヘコまして、一目見たら忘れられない有名人にしてやるよ―――!!」

 怒り狂った女は暴れ牛のようにアケミに突進する――――!!!

 


 十分後……。


「あグッ…!」

 アケミのカウンターを受けてよろよろと後ろへ下がるも、なんとか踏ん張る女――。

「どうした? 口数が減ったな。顔はそんなに殴ってないはずだけどな」

 アケミは対照的に、軽やかにリズムを取っている。

 二人共息が上がっているが、差は歴然としていた。まわりに集まってきたギャラリーも想像以上のガチンコ勝負ぶりに目を見張っていたが、それでもアケミにはまだまだ余裕がある。

 開始直後はそうでもなかった。アケミは様子見、「暴れ牛」は初めから全開だったが、当たらずとも鋭い攻防が続いた。変化があったのは三十秒を過ぎてからだ。途端にアケミの攻撃が一方的に当たり始めた。しかもアケミの打撃はどんどん重くなっていく。最初はキャットファイトかと面白半分で見物していたギャラリーも、三分を過ぎたあたりから笑えなくなってきていた。

「しかしタフな奴だ、まだ一度も膝を付かないとはな。これだけは予想外だった。評価してやる」

「はぁっ、はぁっ、ハハ、笑わせんな……そんなチャチな攻撃が効くかよぉ…!」

 蛇行しながらもアケミに突撃し、振りかぶって拳を突き出す。まともに当たれば鍛え上げた男の兵士でもひとたまりもない、その凶暴性だけは第三大隊の皆が認めるところであるのだが―――

 拳は、アケミの顔面にまともに当たった。ギャラリーが―――攻撃した女さえぎょっと驚く。かわせないはずはない、なのにどうして―――

「……下手くそ」

「あっ…!?」

 効いていない!? まともに当たったのに!?

 直後、女の右脇腹に刺さるような激痛が奔る。アケミの拳がめり込み、一瞬宙に浮いたのではないかと思えるほど女の身体はくの字に折れ曲がった。そしてついに膝をつき、地面に崩れてしまった。

 女を見下ろすアケミの顔は長い髪に隠れ、その隙間から見えた双眸は少しも揺らぎはせず、冷徹…。

 まさに―――鬼。

「くそっ………」

 女の視界は闇に飲まれるように翳り、意識を失った………。







「……う!?」

 ひどい臭いで目が覚めた。

 ベッドの上……医務室、ではない。自室だ。四人一組の女子部屋の一室……二段ベッドの下の段だ。

 臭いの正体は湿布だ。おそらくかなり古い湿布薬をこれ幸いと使い切るつもりで全身に貼っているのだろう。その上からテープと包帯で身体をぐるぐる巻かれ、まるで拘束されているようだ。

 動こうとすると、一際痛むところがある。最後の一撃をもらった右脇腹だ。今思えば、あのパンチ以外は手加減されていたのかもしれない……。

「くそ………長刀斬鬼、殺す…!」

「――あ?」

 女はぎょっとして声のした方へ視線を下げる。そこにはナイフを持ったアケミが…!

「―――……」

 女はさっと血の気が引いて固まる。アケミは肩を揺らして一笑し、リンゴの皮むきを再開する。

「頭は大丈夫か? 意識は? 自分の名前はわかるか?」

「…………」

「返事をしろ、牛女」

「牛女じゃない……ミストリア…」

「そうだ、ミストリア。早速だがな、ミストリア………お前、バカだろ。どうして訓練で相手を潰すんだよ。隊の行動に差し障るだろうが」

「あんなやる気のない奴ら、いてもいなくても変わらない…」

「第三大隊は次の輪番でグロニアに戻るだろ。疲れはピークで、ようやく家に帰れるんだ。みんな怪我しないように適当に手を抜いてんのさ。そもそも、戦線を離脱すると次回の隊編成の試験でペナルティがつくんだぞ。兵士一年目のお前は知らんかもしれんが。要するにお前のやったことは、ただただ恨みを買っただけだ」

 思いもよらなかった事実を突きつけられ、猪突猛進のミストリアも押し黙ってしまう。

「……まあ、ここまでボコボコにされた女相手に仕返しするような奴はエレステルの戦士にはいないがな……」

 ほれ、と動けないミストリアの口にリンゴの切れ端を押し込む。いやいやながらも噛み砕くと、少し血の味がする…。

「さて……本題だ。あたしは今、十代から二十代前半くらいで実力のある女を探している。お前には足りない部分が多いにあるが、やる気があるのならスカウトしようと思っている。どうだ? やるか?」

「スカウト…? どこに転属するんだ…?」

「扱いは軍属ではなくなるな。女王専属の護衛部隊だから」

「女王専属…!?」

「正確には、未来の女王様の親衛隊『候補』だがな。お前は牧羊を営む農村出身ながら、盗賊が裸足で逃げ出すほど暴れまわる乱暴者で、村から追放同然で軍の養成所に入れられたそうだな。女でいないぞ、そんな奴……。とはいえ、かわいそうでもあるがな……男にも女にも煙たがられて、ろくに相手してくれる奴がいなかっただろ」

「…!」

 図星だ。ある程度調べているのだろうが、それでもここまで理解してくれる人間は、軍に入隊して初めて会った。ミストリアは涙腺が緩みそうになるのをぐっと堪える。

「礼儀作法は知らないし、武術を教えてくれる師もいない。力があっても持て余すわな。だが―――そんなお前が欲しい。お前には親衛隊の中核を担える才能がある。顔も悪くないしな」

「顔……?」

「女王の周りに侍るなら、華やかであるに越したことはないだろう?」

 アケミの手が伸びてきて、指先がミストリアの頬を撫でる…。

「お前は、綺麗だ」

「っ…!?」

 ドクン、と心臓が跳ねたのをミストリアは自覚した。

 なんだ、この動悸は…??

「じっくり考える時間をやりたいところだが、あたしにも都合がある。今夜中に決めろ」

「――入る。親衛隊に入る」

「そうか? そんな即決でいいのか? ある意味、今より厳しいぞ?」

「どうせ行くところなんてない……それに」

「それに…?」

「強くなって、お前を倒す」

「………」

 看病されながら、なんとも間抜けな宣戦布告ではあった。所詮負け犬の遠吠えだと、鼻で笑って聞き流されても仕方ないだろう。アケミも苦笑したが、

「いいだろう。マシになったら、また相手をしてやる」

 ポンと肩を叩くとミストリアが痛みに顔を歪め、それを見てアケミがまた笑う。

 部屋を去ろうと立ち上がったアケミだが―――ふと足を止めて、振り返った。

「そうだ、一つ確認しておくが………お前、自分と同じ匂いがするってあたしに言ったな。あたしは今、女好きとして世間に認知されつつあるわけだが………お前もそうなのか?」

「なっ、なにッ!? バッ……そんなわけあるか!!」

「そうか。ならいいが……気をつけろよ、お前は誤解されやすそうだからな」

 アケミは何事もなかったように出て行く。が、ミストリアはバクバクと大きな鼓動が鳴り止まなかった。

 女好き!? アイツが!? じゃあさっき綺麗だって言ったのは、そういう意味だったのか!? そしてそれに反応してしまったオレは……!??

「くそっ……なんなんだアイツ…!!」

 孤独な部屋で、ミストリアは初めての感覚に一人悶々とし続けたのだった―――。









 なんか色々やろうと思っていた週末、何もしないままダラダラと、気づいたら書いていたので二日続けて更新です。やろうと思えばできるもんですね(苦笑)

 未来のブラックダガー戦闘部隊、ミストラル登場回です。「女王の階」での暴れん坊っぷりはこのころからですが、なんともまあケチョンケチョンにやられましたね。そしてマユラと同じく乙女要員であるという(笑)。


 そういえば最近微妙にアクセス数が増えているのですが、読者数もブックマーク数も変わっていないという…。更新しているか、なんとなく覗いてもらってるんでしょうか? パワーのある限り書き続けます。年内には終わらせたいですが…。今年はかき氷機が欲しい‥…。

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