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アルタナ外伝  ―朱に染まる―  作者: 夢見無終(ムッシュ)
剣を鍛えるは、炎
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16.

「身代金を要求してきた!?」

 家から道すがら聞き込みをし、胡蝶館にたどり着いたときには遅かった。ゲイスという男にライラさんが攫われたことが明確になった。しかも身代金の受け渡し要求の時刻まではあと一時間しかない…!

「グレイズ女将は…?」

「女将は今出かけてて、呼びに言ってるんですけど…!」

 胡蝶館にいる娘たちはただオロオロするばかりだ。仕方がない、グレイズと付き人のロディを除けば、住み込みで働いている者の中ではライラさんが最年長になる。家から通いで来ている娼婦やスタッフはまだ出勤する時間ではない。

「……お金はなんとかする」

 寝起きだったのか、緩く浴衣を羽織り、乱れた髪を掻き上げてカーチェが現れる。

「カーチェ姐さん、出せるんですか!? 結構すごい額ですよ!?」

「持ってるわけないでしょ、どんだけ稼いでようが女将に上前撥ねられるんだから。こういう時にお得意様を使わなくてどうするの。いくらかずつでもカンパしてもらうのよ」

 カーチェの提案を聞いて皆の目が光を取り戻す。まだ、望みはある…!

「あたしも出す……とにかく交渉に持ち込まなければ話にならない。旅から帰ったばかりだからあまり手持ちが多くはないが…」

 要求金額は五百万。対し、自分が今持っているのは二十万ちょっとだ。かなり足りない……。いくら当主を譲り受けたとはいえ、家の金は家主である父が管理していて、その父は自分の代理で出張している。いますぐどうにかなる問題ではない。あとは借りるか……一番借りられる可能性があるのはロナだが―――…‥

「も、戻りました…」

 息を切らして勝手口から入ってきたフラウだ。ちょうどいいタイミング…!

「どうだったフラウ、返事は?」

「今、いらっしゃらないということで、メモだけ渡して……えほッ、げほっ…!」

「そうか……やっぱり城にいるか」

「し、城!? どういう方なんですか、一体…!?」

 バーグ商会の情報網を利用させてもらおうと思っていたが、難しいか…。

 城……。

 バレーナなら事情を話せば金を出してくれるだろうが、しかし、そんなことをすればバレーナの立場が……

「…ちょっと」

 カーチェに肩を叩かれ、そのまま部屋に連れられる。

「なに…?」

 カーチェと直接話したことはほとんどない。わざわざ二人きりで、何の用なのか。

 カーチェの部屋はカーテンを閉めたままで暗い。そこに一歩踏み入った途端、カーチェに体当たりするように迫られ、閉じたばかりのドアに押し付けられる。

 静寂とともに訪れる呼吸音……そして、体温……。

 擦り寄る上目遣いのカーチェ……その首から鎖骨、そしてズレた襟元から覗き見える胸の膨らみが、同じ女から見ても艶かしい。

「なっ…なに…?」

「あなたの力で、軍とか呼べないの?」

 吐息が首筋をくすぐる…。

「シロモリに軍をどうこうできる力はない……だから協力してくれそうな人間と連絡を…っ!?」

 言葉が途切れる。密着するカーチェが脇腹をなぞり上げたのだ。

「……あなたに依頼するわ。ライラを助け出して」

「そんなの、頼まれなくてももちろん―――」

「――ゲイスを殺して」

「………!?」

 いくら犯罪者といっても、ライラさんの顔に傷を付けた憎い相手といっても、殺害を依頼するなんて余程のことだ。だがカーチェの視線は驚く程冷たく燃えていた。

「成功報酬で百万出すわ」

「いくらなんでもそれは…」

「じゃあ、これなら…?」

 あたしの左手を取って、浴衣の隙間に潜り込ませる…。凍りつく掌が、柔らかな膨らみを捉えた。小柄な体格同様やや小ぶりだが、吸い付くような手触り……

「何をして――!? 誤解してる、あたしは誰とでも寝るような女じゃない…!」

「わかってるわよ、舌先三寸で見栄を張ってるかどうかんなんて経験ですぐにわかる……わかんないのは初心な乙女か、アンタと同じで一途なあいつくらいよ。でも……」

 自らの胸に押し当てているあたしの手をさらに回すように押し付け、生々しい感触が…!

「ん…っ、フフ、まんざらでもないんでしょう? 手つきが慣れてる…」

「だから違うって、いい加減に――…!」

 カーチェが後ろ手に帯を取ると結び目が解け、浴衣の前がはだけた。薄暗がりの部屋の中で、絹のように美しい肌がさらけ出される。少女のように華奢な体躯ながら、悩ましい腰つきが絶妙な妖しさを醸し出す。

「興味がないこともないのよね、女も……キャリアアップのためにはあなたはちょうどいい相手だわ。私もあなたを夢中にさせてあげる……どう?」

「………」

 ごくりと喉を鳴らす……鼓動はすでに高鳴ってしまっている。それほどまでにカーチェは魅惑的で、欲望を刺激する。

 別に自分は女好きのつもりはない。だが、クーラさんとの過去が―――あの夜の熱が身体に染み付いていて、目の前のカーチェに反応してしまう……。

 これは罰なのか……それとも呪いなのか。

(いや……そうじゃなかったはずだ)

 気が付けばカーチェを押し返し、自らの身は拒絶の意思を示していた。

「切っ掛けはなんであれ……結末はどうであれ……あたしはクーラさんを愛した。クーラさんに愛された。本当の愛を教えてもらったんだ。だからこれからも、あの時の気持ちに嘘はつきたくない。だから……これからも一番の人と、愛し合いたい……」

「…………」

 しばらく呆然としていたカーチェは―――無表情であたしの頬を平手打ちし、自分でもよくわからないというふうに困惑していた。

「え…と…」

「なにか……別に本気で誘ったわけじゃなかったけど、なにか、いろいろムカつくわ」

「ええ…!?」

「……とりあえず、娼館の中で今みたいなのを言わないことね。娼婦そのものを否定するから」

「あ! ……すまない」

 生きるために娼館で働いている人だっている。その人たちからすれば、わかりきった正論でも苛立ちを生むだけだ。

「まあ、アンタの気持ちはわかったわ。で、ライラに対してそうだと解釈していいのね?」

「………」

 重く、頷く。

「……ゲイスの件はアンタに任せる。ただし、ライラは絶対助けて。できなかったら百万使ってアンタを殺すわよ」

 恐ろしいセリフを吐くと、カーチェは後ろを向いて浴衣を直す。部屋から出ようとドアノブに手をかけると、カーチェが振り向くことなく話し始めた。

「ゲイスって男は筋金入りの変態よ。暴力ふるってレイプまがいのことを要求してきて、他所の歓楽街から締め出し食らってた奴だった。当時、酷い目に合わされて逃げ出したコを庇って、ゲイスに食ってかかったのがライラだった。あれもバカだから殴りかかって行って、挙句ビンで殴られて顔にあんな傷作っちゃったわけ。だからライラは今、すでにヤられてるかもしれないわね」

「なっ……それじゃ、こんなことしてる場合じゃっ…!」

「―――というのは冗談……とも言えない。ただ、それならわざわざ脅迫文なんて寄越さないはず。なにか狙いがあるのかもしれない……」

 キュッと帯を締め、ばさりと髪を跳ね上げる。内心どうかはわからないが、その目は冷たすぎるくらい冷静だ。とても肝が据わっている…。

 と、ドアの向こうでどたどたと廊下を走る音が聞こえてくる。

「シロモリさぁん、カーチェ姐さぁん、どこに行ったんですかぁ!?」

 フラウだ。

「どうした?」

「あ、いた――……何してたんです…?」

 あ、しまった……暗いカーチェの部屋から二人揃って顔を出せば、そりゃ怪しいに決まっている。

 しかしカーチェは取り繕うことなどせず、

「何があったの? さっさと言いなさい」

 まるでお構いなし……ライラさんと違う意味で男前だ。

「あの、また手紙が届いたんですが、シロモリさん宛で…」

「あたし…!?」

 無記名の真っ白な封筒は糊付けもされておらず、中から紙を抜き出し、すばやく目を通す――…

「え…!? なんで…」

 横で覗き見ていたカーチェはその内容を確認すると手紙を取り上げた。

「さっさと行って。行かないと誘惑に負けて私に手を出したって言いふらす」

 いきなり何を!? ぎょっとしてカーチェを見返すが、横にいたフラウは同じ顔であたしを見ていた……。








 深夜ですが更新します。

 もう寝て明日からまた一週間ガンバリマスー…。

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