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桜下奇譚  作者: 森 彩子
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八話

「そう……か」

今日も今日とて、楽しい隠居生活を送っていた雄飛(日中から飲酒)のもとに芙蓉がやってくると、桜花の身に起こったことを静かに告げてきた。

雄飛は酒を飲む手を止めて、芙蓉の顔を見つめながら頷く。

どうしたらいいかわからないという顔をした雄飛を責めるように、芙蓉がきゅっと眉をひそめる。

「だから最初に言いましたでしょう。人間の子の成長は早いと」

「確かに、そうだな――」

額に手をあてる。女とはそういうものだということはちゃんと解ってはいたが、実際のところちゃんと理解しきれてはいなかったらしい。動揺を隠しきれない自分を笑いながら、雄飛は空きっぱらに更に酒を重ねる。

「やはり、こういった場合成長の証に祝い事をするものですよね」

「……たぶん」

雄飛も芙蓉も隠居生活をはじめてから長いので、そういった祝い事の時の華やかな席のことは久しぶりだった。少しづつウキウキしだした芙蓉とは対照的に雄飛は虚ろな目になっていく。

「こういうのをちゃんとやらないと、桜花様が可哀そうですわ」

「そうだな、わかる。わかってはいる」

「ならちゃんとやりましょうね」

にっこりとほほ笑んで押し通してくる芙蓉に何も返せずに、雄飛頷いて了承することしかできない。

雄飛の了承をとりあえずは得た芙蓉は満足げに微笑んでから、思案にふける雄飛を見つめた。

「………だから、言いましたでしょう。人間の、特に女子の成長は早いと」

ぼうっとしたままだった雄飛は、芙蓉の言葉に突き動かされるようにしてゆっくりと視線を向ける。

「子供だ、子供だと言っていてもあっという間ですわ。……言いにくいことですけど、そろそろ限界なのかもしれませんね」

先ほどとは打って変わって悲しげにいう芙蓉に、雄飛は何も言葉が出てこなかった。でも芙蓉の言わんとしていることは理解できる。

桜花と我らに流れる時間の流れは、残酷なまでに違う。これからも桜花は、こちらにとっては凄まじいとしか言えない早さで成長し、老いていくだろう。

「先に逝かれるのは、悲しいものです」

正座をしたままの芙蓉が、外の青々とした木々を見ながら静かに口を開く。猫が長く生きることにより変じる妖怪である芙蓉にとって人間の姿は近かったのだろう。これまでの長い生の中で、自分を愛しんでくれた人間たちのことを思い出しているのか、その瞳はどこか遠くを見つめている。

雄飛は芙蓉の瞳の先を辿りながら思う。

桜花はこれからも成長を続け、そして大人の女となるだろう。

一番綺麗に咲き誇った時に、彼女をここに置いておくことが許されるのだろうか。確かに、幼い時から桜花の成長を見ているこちらとしてはそれも一興なのだが、それは彼女をある意味真の孤独に陥れていることになるのではないだろうか。

雄飛ははじめ、桜花を飼うといった。

愛玩物のように、ようは飽きればすぐに捨ててしまえばいい。言ってしまうと最低だが、桜花を連れてきたのはただのノリだった。

夜中に一人、今にも死にそうな姿で佇んでいる子を拾わずに帰ってこられるほど雄飛は薄情な鬼ではなかった。哀れな、ただその想いとここで見捨てて死なれたら夢見が悪いという、実に自分勝手な想いで連れ帰ってきたのだ。

そして桜花をこれまで育ててきた。気まぐれだとすますには、桜花は優しい子だった。気まぐれで彼女の生を弄ぶ気にはもう雄飛にはなれなかった。

それは芙蓉も一緒らしく、辛そうに眉をひそめている。

雄飛はふと先日桜花が会った少年のことを思い出す。

そう、桜花はもう誰かに嫁いでもいい年頃なのだ。ああいった人間の男と結婚し、そして子孫をつくる。それが桜花にとっての幸福。

雄飛は杯を再び傾けながら、少し前から思っていたことを芙蓉に語り始めた。



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